第146話 お見舞い―直哉の病室―

「石田君に会ってきたよ」

 真一が直哉の病室で様子を報告すると、てっきり話せるようになったのかとたいそう驚かれた。

「違うんだ、容体が安定して一般病棟に来ただけ。意識もないし顔も見られない。包帯ぐるぐるで、おばさんいたけどすっごい痩せてた。不健康だったよ。怖いくらい」

 そうか、と直哉もがっかりした。自分の方はまあまあ順調に回復はしている。それもこれも志保のおかげだ。彼女がいなければ自分も石田のようになっていたはずだからだ。

 もう退院したい、みんなの様子が知りたいとこぼす直哉に、まだ無理だよと諭した。トイレに行くだけだってやっとじゃないかと指摘されると何も返せない。



「昨日、美穂とカスミちゃんが来てくれたんだ。菊本先生が心労でちょっと倒れちゃったらしい」

「え……」

 美穂の情報はいつだって残酷なくらいに正確だった。いいニュースも頑張って拾ってきてくれてはいるものの、やはり今の状況では辛いことしか仕入れられないようだ。


 石田を半殺しにした生徒の個人情報はあっという間に広がって、嫌がらせの電話やメールが後を絶たない。死んで償えとか、お前の家族を同じ目に遭わせてやるとか、立派な脅迫行為が連日のように当人たちの家や親の会社に来るらしい。

 後は教育委員長や校長が会見を開いたとか、ニュースはそのテレビ局の考えが混ぜられて報道されているから、あまり見ない方がいいとか、経過と忠告を彼女たちから聞かされたと話した。

 真一も、面白がってインタビューに答える生徒もいるし、コメンテーターも好き勝手言うし……と彼女らの意見に同意し不満を漏らした。



 菊本の話が出たので、担任の黒崎は大丈夫なのかと聞いてみた。しかし生徒たちには全く情報が入ってこないのだそうだ。聞く先生は皆一様に知らない知らないというが、こんなに休んでいるんだから何かしら知っているだろうと食い下がっても、無断欠勤なので知らないの一点張りだという。

「むだんけっきん、て何? ってきいたら、何も連絡なしで勝手に学校を休むことだって。先生の仕事を放棄したんだってカスミちゃんが言ってたよ。俺やっぱり、先生に謝りたい」

「そんな、直哉が謝ったところでどうにかなるものじゃないよ……」

 真一はそう言い終わってはっとした。そうか、吉岡や安藤を介抱していたし、真っ先にベランダに出たのも先生だ。真一あるいは、偽志保の血に触れた可能性だって捨てきれない。

 いくら人間にその気がなくても、悪魔の血は真一以外の存在にとっても目印になる。謝りたいなんて言ってるけど、本心は知らない悪魔に隙をつかれて憑かれていないかを確認しに行きたいのに違いない……。



「ねえ」

 直哉の目をじっと見て問いかける。ん? と直哉も見つめ返してきた。

「ここ抜け出そうとか考えてないよね」

「そんなこと思ってるわけないじゃん」

 即答しているが目をそらした。不穏な雰囲気を感じ取った。誰にも何も言わずに1人でまた背負おうとしてるのか?

「ここ出たところで、先生の家なんか知らないもん」

 少し不満げにこぼす。確かに、そういわれればそうだなとも納得した。行く宛ても分からず飛び出すような無謀なことはさすがにしないだろう。だが今の反応では油断できないな、と警戒した。



「なあ、なんで俺たち、ここに来たんだと思う?」

 直哉がぽつりとそんなことを口にした。なんで、と言われても理由など分かる筈もない。

「こんな平和な国で、争いもなくて、人間はみんなびっくりするくらい規律正しくて何の問題もないのに、俺が争いの種を作ってる。俺が、人間の生活をめちゃくちゃにしてる……」

「また、そんなこと言ってるの……」

「俺が消えたところで解決にならないとこまで来ちゃってんだよ。俺はどうしたらいいんだよ、どうしたらみんな元に戻ってくれるんだよ……俺が来る前の生活に、みんなを戻さなきゃ……」

 直哉が頭を抱えた。涙声で心の内を吐き出す。

「風の子園を責めてる奴らだって、どうしたら納得してくれるんだ、どうしたら許してくれるんだよ。石田だってそうだ。もともと俺らと関わったからあんな目に逢って……許してもらえない……。不良グループだって、やったことは犯罪だけど……嫌がらせの度を越してるじゃないか……あいつらももしかしてどっかで取り憑かれて……」

「直哉!」

 真一が直哉の左腕を掴むようにして無理に自分の方に向かせた。

「直哉が弱くなっちゃだめだよ! もし悪魔が……死神が、直哉の前にきたら、直哉しか相手できないんだ。それを狙ってるんだよ。精神的に弱くして、少しずつ味方を無くして、こっちにつかせようって! 直哉の嫌がること向こうは全部分かってやってんだ。そんなのに負けちゃだめだよ!」

「だけど……だけど……!」

 直哉が声を上げて泣き出した。これに同じ部屋にいた誰もが何事かとカーテンの中を気にした。

 こんな事は初めてだ。泣いたことはあっても、子供のように大声を上げるなんて。



 一体どこまでを自分のせいだと思っているのか……呆れるくらいのお人よしだ。天使としての血がそう思わせるのか、今までの自分の行いの贖罪がそう思わせるのか。

 泣きながらあまりに苦しそうにむせ出したので、真一はとうとう、直哉の肩に抱き着いた。そしてその額にキスをした。

 スイッチの切れたように、すん、とおとなしくなる直哉。くたくたと力の抜けた上体をなんとか寝かせ、毛布を掛ける。

 できればやりたくなかった。こんな方法で慰めるなんて。彼が次に起きたときは自分を責める気持ちは消えているはずだ。……まあ、また他人から話を聞けばすぐに湧き上がってしまうのだが……。

 今は一時だけでも落ち着かせることを優先した。


 真一は大きくため息をついた。ちらっと聞いた菊本の様子も気になる。帰ったら美穂に聞いてみよう。気を使ってくれたのかもしれないが、僕にも教えてくれればいいのに、と少し残念に思った。

 部屋を出る際、お騒がせしました、と一応周囲に謝って帰ってきた。

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