第144話 11月22日 夢でもいいから
今日も1本栄養ドリンクだけを腹に流し込み病院へ向かう。
義勝の仕事が早く終わり夕方病院にやってきた。それと入れ違いで加奈子が家に帰る。大地が学校から帰っていた。
「ねえ」
大地の方から加奈子に声をかけた。
「いつまでも、こうしててもあいつ何にも治らないんじゃない?」
「あんた、何てこと言うの……?」
認めたくない事だが、万一の奇跡を加奈子は信じ続けていた。どれだけ時間がかかってもいい。
「あのままじゃアイツ可哀そうだよ……その……脳死とか……そういう場合の事も少し考え……」
「バカなこと言わないでよ!!」
甲高い声で叫ぶ。大地はたじろいだ。
「ごめん、ごめんて。ただ、もしそんな状況が突然起こったらさ、こっちは心の準備も出来てないんだよ。いざってことも考えておいた方が……」
「翔が……自分の弟が死んでいいの!?」
ヒステリックに叫ぶ。泣きながら、唇を震わせて。
もちろん、大地はこんな事を言うのは母親に酷だというのは重々承知していた。だが現実にも目を向けなければ。万に一つの奇跡ばかりを信じていても、本当に大事な時に判断ができない。さらに家族が疲弊してしまうだけだ。ここは現実的にならなければ。
「死んでいいなんて思う訳ないじゃんか。俺だって本当は治ってほしいよ。元通りになってほしいよ。でももうあの状況じゃ難しいよ」
「見捨てるっていうの!? もし移植が必要だったら私の体いくらだってあげるわよ! 親の気持なんかあんたにはわかんないんだよ! どうしてそういう事平気で言えンの!」
とうとう机に突っ伏して大泣きし始めた。大地はただただ、ごめん、もう言わないよ、と肩をさするしかできなかった。一向に収まらないので、うなだれながら母の元を離れた。
まだこういった話は母には無理だ。父親とだけ話そう。大地はそう決めた。
夕食も食べる気も失せ、加奈子は机に突っ伏したままだった。
そうだ、食べられないならドリンクでも飲もう……。
中毒気味に瓶の蓋を開ける。そして少しずつ飲んだ。義勝は帰ってくるなりそれを咎めた。そんなもの飲むんじゃなくてちゃんと食事をとれ、と。インスタントラーメンでもいいから、何か腹にたまるものでなければお前が倒れてしまう。
加奈子は心の中で「もう倒れてる」と反論したが、言い返す気力もなく黙って寝室へ行ってしまった。
何もせずに着替えて眠る。
「に……たい……よ……」
何か聞こえる。時たま聞き取れる発音。
「翔、体治ったの?」
声をかける。
「もと……に……た……よ……」
「え、何? なんて言ったの?」
聞き漏らすまいと必死で耳をそばだてる。
「……と……にも…………よ……」
ぱっとまた目が覚めた。しばらく現実と混同し、周りをきょろきょろしてしまった。しかし病院のベッドではなく、自分のベッドの上だ、あれはまた昨日と同じ夢だとわかった瞬間、一気に体の力が抜けた。
だが、こうも連日同じ夢を見るなんて。あの子が、起きて喋っていた。きっと何か伝えようとしているに違いない……。それに、なんとなく昨日よりも言葉がはっきり聞こえた気がした。気のせいかもしれないが、栄養ドリンクを飲み始めてからその夢を見るようになったし、連日飲み続けていたら最初より言葉が聞こえてきた気がする。
「翔……」
まさかとは思ったが、急いで台所に向かう。そして真夜中にかかわらず5本目の瓶を開けた。そして一気に飲み干した。
案の定、寝つきがとても悪くなった。元気になるためのドリンクなのだから、寝ようとする前に飲むなんてやっぱり間違いだったかと反省したものの、夢の言葉をもう少しはっきり聞き取れるならとずっと目をつぶりじっとしていた。再び寝就けたのは朝方3時。
「翔!」
ベッドの脇に駆け寄る。身動きはまだとれないようだが、こちらを見て涙を貯めてまた口を動かす。
「も……の……だに……どい……よ……」
「え、何? もう一度言って」
肩に手を置き、耳を近づける。しかし何度聞いてもまだとぎれとぎれだった。だが夢の中で、少しずつ、その距離も近づき、言葉も慣れたのか少し聞き取れる音が増えてきた。
最後、彼が何か叫んだ。だがそれは言葉として聞き取ることはできず、またしてもそこで目が覚める。
時間は6時ちょっと過ぎたところ。外はうすら明るい。そのまま起きた。一刻も早く彼の元に行きたい。
「間違いない。絶対何か伝えようとしているんだ……」
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