第143話 11月21日 真一の帰宅


 翌朝、栄養ドリンクの瓶を見て夫・義勝がどうしたのこれ、と聞いてきた。

「ああ、うんちょっと最近疲れてるから飲んでみようかと思って」

「その方がいいよ、全然食べないんだから。俺は外でいくらでも食べてくるけど、お前毎日病院に行ってちゃんと食べてるの? もう少し何か、こんなドリンクに頼らないで腹に溜まるようなやつ食べろよ」

 夫にまで気遣われてしまった。1本飲むかと聞いたが、自分はいいと言われたので、それを家を出る前に開けた。



 その日もやはり、容体は何の進展も後退もせず、まして奇跡も起こらずに過ぎていった。そして、夜また同じ夢を見たのだ。また息子の言っている言葉が聞き取れない。ガラス越しではあるが、昨日よりは近くで見ている。辛そうな表情だけが印象に残る。何か声を大きく発した瞬間目を覚ました。目を覚ますタイミングまで一緒だなんて。

「ちょっと考えすぎなんだろうな」

 異様に疲れを感じ、はあとため息をつく。一旦水を飲みに台所へ向かう。




 一方、風の子園は真一がまず帰宅できた。風の子園の門の前に警備の人間がいるのに驚いた。

「致し方ないんだよ。嫌がらせしてくる奴がいるからさ」

 迎えの車を運転していた福島が、警備員に一礼して車を敷地の中に入れる。

「応援してくれる人はいるんだよ。パン屋のまやさんなんか、わざわざここまでもってきてくれてね。そうじゃなくても近所の人も協力してくれる人もいるし。だけどまだまだ、僕らがうっとうしい輩がいることは事実。何かあったらすぐ、警察に電話しな」

 そんな状況になっているなんて。真一は気が重くなった。玄関を開けると、美穂と優二が飛び出してきた。

「大丈夫!?」

「ありがとう……ただいま……」

 部屋に一緒について行ってもらう。他の子供たちも元気がない。純も大人しめに「おかえり」と言うだけだった。走り回っている子供はいない。


「本当、よかったよ……ちゃんと帰ってきてくれて……」

 美穂が泣いた。

「みんな、どうしてる? 孝ちゃんは?」

「あいつは図書館に勉強しに行ったよ。空飛と翔馬は親戚の家とか親元にいったん帰った。だけど誰もお前らの事なんか責めてないから、それだけは信じて」

 美穂が、孝ちゃん以外は、と付け足した。

 風の子園の電話が鳴った。2人はびくりと固まる。中傷の電話なのだろう。こんなじゃみんな参ってしまう。そう思った。だが自分にはそれを止める力などない。


 心配をかけていたので、泊に電話をかけた。彼に伝えれば自動的に周りに伝えてくれる。少しでも皆に余計な心配をする時間を減らしてほしかった。

 電話口でものすごいはしゃいだ喜ぶ声がした。まだ学校には行けないと告げると残念がられてしまった。

「でもその方がいいかもしれない。まだすごいマスコミとか変な奴が外にうようよいる。お前当事者なんだから捕まったら厄介だもん。こんなこと言いたくないけど来ない方が身の為かも」

「そうなんだ……心配してくれてありがとう。みんなにも早く会いたいな」

「待ってるよ。来るときは絶対連絡してな」


 電話を切ると泊はさっそくみんなに報告を入れた。もちろん喜ぶ声で数分後には会話が埋め尽くされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る