11月1日 戦いの始まり

第123話 11月1日(1) 友達だけど友達じゃない

 朝1番か2番くらいに来るのを生きがいにしているような、2年D組の宮園亜衣。別に部活があるわけでも何でもない。自他ともに認める「コミュ障」で、すでにワイワイグループごとに出来上がっている教室の中に入っていくことが怖いという理由で誰よりも先にクラスに入るようにしている。


 が、今日は戸を開けてびっくりした。

「ふわっ!」

 昨日おとといと休んでいた吉田志保が席に座っていたのだ。そうでなくともいつもこの時間にはいないはず。

「お、お、おはよう、早いね」

 しどろもどろでやっと挨拶する。彼女にはこれが精いっぱい。なぜ休んでいたのか聞くなど恐れ多くてできなかった。

 志保は机に肘をつき、手の上に顎を乗せて「おはよ」とちょっと笑いかけてきた。

 ドキドキしながら宮園は席に着いた。彼女の方は見なかった。


 続いてどんどん生徒が来る。そのたびに「どうしたの、心配したよ」とあいさつ代わりに声をかけるが、返事はあいまいだった。

 なんかそっけないな、というのが声をかけた者の正直な感想だった。


 

 塚田、岡山、吉岡がやってきた。

「きゃーーー! 志保ちゃーーん!!」

 吉岡が駆け寄ってきた。

「もぉ~~、どうしたっていうのさ無断で休むなんて!」

「そうだよー、心配したんだよ」

 塚田も後ろから挨拶より先に声をかけた。

「うん、ちょっとね」

 志保が返す。

「ちょっとって、2日も休んで何してたの、お家もいなかったし」

 岡山も理由を尋ねた。

「ちょっとはちょっと、だよ。内緒」


 


 ……あれ?




 吉岡は何か違和感を感じた。なんだ、なんか雰囲気違うな、なんでこんなどっしりしてんだ。2日も休んどいて私らに返す言葉がこれ?

 上目遣い……これ、最初に志保が登校してきたときの態度と似てる。肘をついてニコニコする態度も、あざといと言われていた時の……


 岡山が何か話していたが、無理に横から割って入った。

「志保ちゃん。『おやつどうする』?」

「え?」

「ちょっとぉーいきなり何聞いてんの?」

「いいから」

 志保はちょっと黙った。そしてまた上目遣いの可愛らしい表情で

「イチゴアイス」

と答えた。

 吉岡は一瞬真顔で言葉を失った。本物なの?

「えー? イチゴアイス? もう寒いのにー」

 事情を知らない塚田が突っ込む。

「そうだよねーあはは」

 吉岡が笑って見せた。なにが「そう」なんだか、脈絡なんかどうでもいいのだ。早くあの2人が来ないか、そのことで頭がいっぱいになった。



 自分の席に慌てふためいて荷物を置きにいき、岡山と塚田を引っ張って廊下に出た。

「ねえ、志保ちゃんおかしいと思わない?」

「んー、なんていうか……ちょっ大人っぽいっていうか色っぽいっていうか」

 吉岡はほかの2人も違和感を感じていたことに安堵したが、安心できないことになったな、と1人焦った。

「あのね、あの子、偽物かもしれないんだ、藤沢君たちが来るまで一緒にここにいて」

「はあー? ちょっと何言ってんのかわかんない」

「だから、偽物かもしれないんだよ、実は双子で、もう片っぽは悪い奴なんだ」

 かなりおかしなことを言い出すので、2人は吉岡の方を心配した。

「ねえ、ちょっと自分で変なこと言ってることわかってる? 頭どうかしたの?」

「ほんとだって! あまり近づかない方がいいよ!」

 そうこうしているうち他の生徒たちも登校してきた。そして皆、志保がいることに驚いた。



 誰より驚いたのは安藤だ。やっぱり「消す」なんてただの夢だったんだ。自分の妄想が行き過ぎているだけ。実際目の前に吉田志保はちゃんと居るではないか。

 心から安堵し「どうしたの? 大丈夫?」という簡単な挨拶だけして自分の席に着いた。が、席に着いた途端に黒いワンピースにカーディガンの少女の映像がパッと思い出されてきた。


 ……?


 振り返ってみたが、制服を着た吉田志保しか見えない。いくらなんでもあの少女が現実に現れるなんて。いくらか自分はノイローゼ気味なのではないか。しゃんとしなくては。前を向き直り鞄から荷物を出す。



 廊下で吉岡が登校する生徒を目を皿にして見ている。数分後ようやく待ち人が現れた。優二や美穂と別れてこちらに向かってくる。吉岡が走り出す。

「おはよう……」

 真一が挨拶をする間もなく吉岡がしゃべりだした。

「志保ちゃんおかしい、でも合言葉知ってた」

「来てるのか、あいつ」

 直哉が表情を変えた。

「私たちが来る前からいたみたい。なんか……何ていうのかな、新学期に最初に会った時に雰囲気が戻っちゃったみたいな……」

「でも合言葉知ってたんだろ? なら本物なんじゃ……」

 吉岡が首を振った。あれは違う、絶対違う、と言い張る。私たちに対して、今までの態度と全然違ってよそよそしかった、と。

 あとから合流した岡山も塚田も、不安そうに吉岡を見ていた。

 僕も行くよ、と真一も荷物を自分のクラスに置くと慌てて出てきて一緒にD組に入っていく。



 D組のドアを開ける。

「おはよー」

 木村が声をかけてきた。内心は緊張していたが、いつものようにふるまって

「おはよう」

 と返す。横にいた原田は無言だった。



 志保が自分を見つけると笑いかけてきた。直哉が席に座ると体をこちらに向けるようにして座りなおす。

「おはよ」

 声も姿も志保だ。一応おはようと返す。

「あたしがいなくて心配した?」

 ここは知らぬふりをしておいた方がいいかもしれない。

「ああ」

 無難に返す。みんなが見ているのがわかった。久々に会った3人が何を話しているのか気になったのだろう。

「そんなこと言ってくれるなんて嬉しいな」

 椅子ごと体を近づけてきた。緊張で体がこわばる。真一が横から話しかける。

「お昼、どうする?」

 志保はしばらく小首をかしげて真一を可愛らしい顔で見ていたが、正確に「おにぎりにする」と答えた。

 ますますわからない。どういう事なんだろう。それ以上何も真一は言えなかった。目線を逸らしうつむいて考える。合言葉を知っているならやはり本物……



 その後も特に何を仕掛けてくるという事もなく、淡々と授業を一緒に受ける。直哉と目が合えば笑顔を見せるし、真一にも同じだ。なんとなく気味が悪い。

 昼休み、教室に戻るときも黙って一緒に歩く。立ち位置まで同じだ。

 手を洗いに出た直哉をすかさず吉岡が捕まえた。

「ねえ、どうなの、あれはやっぱ偽物なの?」

「……偽物だとは思う。でもあいつと同じ行動するんだ。合言葉も知ってたし、授業だって普通に受けてた。正直どうなってんのかわからない」

 吉岡はそうか……といって戻って行った。戻ると岡山と塚田が志保と一緒に昼を食べる準備に入っていた。

 ここは気づかぬふりでひとまず一緒にいよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る