第114話 10月22日(3) 友達でいることの覚悟

 志保は一呼吸おいてまた違う話を吉岡に聞かせた。

「あとね、あたし……飯田さんを襲ったんだ」

 ぞわっと背中が寒くなった。襲っただって!? 飯田さんがなぜか孤立し、あんなに大人しくなってしまったのも何か関係あるのか?

「朱音ちゃんなら様子が変わったのわかったでしょ。あたしのせいなんだ。彼女からいじめられていた記憶があったから、仕返しもかねて飯田さんの体を奪おうとしたんだよ」

 再び背中に寒気が襲う。飯田を殺そうと、いや、中身を入れ替えようとした? そんなことが本当に現実にできる存在がこの世にいたのか……


「だけどうまくいかなかった。本物の吉田志保はそんな事より、怒鳴られたり叩かれたりしないで親と仲良く家でご飯食べて、学校でも友達と楽しく遊んだりおしゃべりしたり、行事に参加したり、そっちのほうが大事だったんだ。飯田さんと仲良くしたいって……」

 少し安堵する吉岡。息を吐き出すとともに肩がわずかに下がる。

「どうしてだろうね。あんな目にあってても、両親すら恨まないでいられたなんて。

 だから、あの子があたしの中にいる限り、したかったことを少しでもしてあげたかったんだけど、もうそれもできないみたい」

 吉岡の目からぽろっと涙がこぼれた。


 小さいときの記憶がよみがえる。どんなに家を訪ねても、プリントを持っていくだけでも絶対家の中を見せないようにする親。それも彼女の死んだ痕跡を、たとえ子供にも見せないようにしていたからだったのか。

 ついこの前の記憶も浮かぶ。学校で直哉が志保に「吉岡さんに迷惑かけるな」と詰めよっていたのも、自分を襲おうと疑われていたからではないのか。

 自分が何も知らずに周りではしゃぎまわっていたのが滑稽に思えてきた。なんて道化な振る舞いをしてたんだろう。彼女の想いも知らずに。

 今目の前にいるのは、全く他人だ。けれど中身は自分の知っている吉田志保。この子が吉田志保になる前も、おおよそ幸せだったとは思えない人生を送ってきている。

 でも悲劇のヒロインぶらず、理想とする方角にしか目を向けていない。その強さが尊く思えた。



「2人は優しくしてくれる。同じような立場だからっていうのもあるけど、真一は一番寄り添ってくれる。あの子もあたしと同じ悪魔で、似たような境遇で小さいころ過ごしてきたから。あと直哉はあの力でしょ。守ってくれるって言ってくれた。

 あたしもね、この世界でもう少し生きていたい。私は永遠にこの姿のままで、みんなのほうがどんどん大人になっておいて行かれちゃうけど、この世界は綺麗だし、おいしいものいっぱいあるし、楽しいこと沢山あるし、知らないことだらけだし、どんなに勉強したっておいつかない。今までは毎日殺されて生き返るって痛くて苦しいだけの繰り返しで……そんなところ、もう絶対に帰りたくないの」

 志保も涙目で絞り出すように言葉をつなぐ。うん、うん、と吉岡が頷いた。鼻水まで出ている。


「あたしがいつまでも直哉に力を使わせるよう仕掛けないから、あの時人ごみに紛れて警告に来たんだ。いつまでも遊んでるんだったらあっちに連れ戻すって。それにこのまま一緒にいたら朱音ちゃんたちまで怪我するかもしれない。それは絶対に嫌なの。だから、私のこと避けてくれていい。嫌いになってもいい」

「そんな! 絶対だめだよ!」

 思わず吉岡が声を上げた。でもだからと言ってどうすることもできないのを悟り、また黙ってしまった。志保は思いもかけない返答と、そんな彼女の気持ちを察し、心の底からありがたかった。こんな風に思ってくれる誰かがいること。それが嬉しくて少し笑顔になれた。心が軽くなった。そして彼女たちを絶対に守らなければ、と改めて思った。


「ここからは仮の話になるけど、あたしには双子の姉がいる。あの男もいつまでも待っているような奴じゃない。あたしを連れ戻して細工をうまくやるかもしれない。

 だからもし、あたしの様子がいつもと違ったら、もしかしたらもうすり替わった後かもしれない。そうなったらすぐに直哉か真一に助けを求めて。みんなは手出ししたらダメ、ケガじゃすまない。すぐに逃げて」

「でも……どうやったら偽物ってわかる?」

 志保は合言葉の話をした。同じものにすると、もし何かで合言葉がばれてしまったときに不利だ。

「朱音ちゃんと最初にあったとき、イチゴアイス食べたでしょ。だから、直哉たちが『お昼どうする』だから、あたしたちは『おやつどうする』にしない? 答えはイチゴアイスで」

「わかった! でもお願い! そんなこと使うようなことにならないで!」

 吉岡が即答しながら、ぐずぐずの泣き顔で肩をつかんできた。

「どこにも行っちゃだめだよ! 志保ちゃんは志保ちゃんだよ!」

 肩をつかんだまま下を向き、うぐうぐと泣き出した。志保はそっと吉岡の肩に手を置く。

「ありがとね。朱音ちゃんが友達でいてくれてよかった」

 それを聞くと吉岡は余計泣き出し、床に伏せてしまった。背中をトントンとたたく志保。



 吉岡が落ち着いたところで帰ることにした。

「大丈夫なの? 帰りに襲われたりしない?」

 こんな話を聞かされた後だ。妙に警戒してしまう。

「大丈夫だよ。ほらあそこ」

 窓から外を見ると、曲がり角で直哉と真一が話をしているのが見えた。吉岡はほっとした。彼らがいるなら大丈夫だ。

「じゃあね」

「うん、また明日学校でね」

 別れの言葉が言いたくなくて、吉岡はあえて約束するような言葉を選んだ。まだ庭先にいた祖母にお邪魔しました、と挨拶すると「もう帰るの? またきてね」と返された。



 お辞儀をして道路に出ると、2人が待機していたところへ向かう。

「あ、きた。どうだった?」

 真一が慌てて駆け寄る。

「大丈夫だった。話せたよ。怖がったり嫌ったりしないで聞いてくれた」

「そう。よかった。ひとまずよかった」

 3人でまとまって帰っていくのを吉岡が窓から見ていた。


 あの3人が人間じゃないなんて。にわかに信じられない。まあ、人間離れしたところはあるけれど……。

 翼や角が生えているわけでもないし、どこから見ても普通の人間。

 志保をかばって歩く2人は護衛の騎士のようだった。なんで彼女だけ……いや、彼らもか。そんな運命を背負わなきゃいけないんだろう……大きなため息をつきながらベッドにぼふっと倒れ込んだ。

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