第107話 10月17日 忙しさを楽しむ

 今週の土日が本番。金曜日は準備日として一日まるまる授業がない。しかし遅れに遅れているD組は毎日が金曜日ような焦り具合だった。


「あれ、今日木村やすみなの?」

 彼は学校に来なかった。

「風邪でも引いたのかな」

 直哉と吉岡が心配していると田中がこっそり教えてくれた。

「今日、おばさんと、激安店にいってるって」

「買い出し?」

「しーっ!! ばれたら怒られる」

 つまるところ「さぼり」だから小声だったのだ。なんでも噂の店が水曜日に「超特売」イベントをやっているらしく、ひとまず何が売っているかわからないが買いに行こうと親に頼みこみ、昨日軍資金2000円を飯田から借り受けたのだ。

「2000円ぽっちで何が買えるんだよなぁ、あいつら恨むぜ」

 大治と吉永は彼女たちの仲間だけで何か作っている。でもほとんどお菓子を食べながらキャイキャイしているようにしか見えなかった。何に使ったのか。

 彼のために授業ノートは抜かりないぜ、と田中がきりっとした顔をした。しかし、なんとなく先生たちも生徒が浮かれているのを察し、授業にならないだろうから、と教室外での授業以外、準備に当ててくれたのだ。先生たちの株が上がったのは言うまでもない。


 佐藤は休み時間に女の子を採寸し、授業が終わると飛んで帰って家でミシンを動かす。塚田も一緒だ。

 放課後になると木村をはじめとする美術部員が、みんなが日々かき集めてくれた絵具を使って、おしゃれなレンガづくりの壁や看板を描き続けた。

 女の子たちはまだお菓子も飲料も決まっていないが、形だけメニュー表を作り、いつでも書き込めるようにしておいた。

 男の子たちも掃除の時間に一旦壁の掲示物をはがしたり、雑巾がけをしたり、その他力仕事をなにかとやってくれた。直哉もこれならできるから、と手を貸した。普段はさぼってばかりの生徒が、必死に壁の汚れや机の落書きを消すのがどこか滑稽に見えた。


 

 準備をするのは自分のクラスだけではない。国語科の委員なら、夏休みの作文感想文の入賞展示、理科の委員なら実験結果発表を張り出し、美術委員なら作品の展示、各部活も出し物・模擬店の準備。そうなると常に誰かは抜けている状態だ。連携のとり方もうまくなってきたし、ほかの子が何を考えているか少しわかるようになってきた。たった3日。なのにこんなに集中してまとまったのは初めてだ。




 下校時刻直前。片づけをしている安藤や田子らに、声をかけてきた子がいた。大治らと仲の良い西浦奈央という女の子。部活の出し物の準備から戻ってきたようだ。

「えっ、まだやってたの!? もう6時じゃん、帰らないと怒られるよ」

「うん。でもこれじゃあちょっと帰れないよ。散らかってるし」

 床には内装を作った残骸の段ボールやら、文房具やら散乱していた。

「手伝うよ。ちょっとまってて」

 ぱぱぱっとジャージから着替えると、なんとそのまま片づけを手伝ってくれたのだ。安藤は素直にありがとうと言った。

「安藤さん凄い頑張ってるもん。応援しちゃうよ」

 そんなことを言われてびっくりした。

「最初はさ、こんなオタ企画やだって思って紗耶香のほうについたけど、なんか今こっち凄い楽しそうじゃん。羨ましい。でもこっちのやってるのもやりたいことなんだよ。プリクラみたいにしてね、写真撮ってシール作るの。もしくはその人のスマホにデータで渡してあげるの」

「何それ面白そう」

 田子が乗った。

「でっしょ! さすがに目デカとかできないけど、書き込めるとかすれば面白いねって」

「でもどうやって?」

 安藤が率直な疑問を投げかけた。パソコン室を使うのか?

「浅田がさ、結構パソコン詳しくてノートパソコンと小さいプリンタ家にあるからそれでやろうって。で、シール台紙とか、プリクラ用の部屋作るのに予算使ったの」

 そうだったのか、とちょっと残念だったが、田子が意外なことを言い出した。

「コスプレしてる人と一緒に写真とか、もしくは自分がコスプレして撮れたら面白くない?」

「えー! いるかな撮りたい人……いるか、いるな。安藤さんや吉田さんとなら撮りたがる男子いそー!!」

「あっでも顔出しNGの子は先に断っとかないとね」

 キャッキャと楽しそうだ。ここで繋がった。それやろうよ、と田子と西浦が2人で盛り上がっていた。安藤はこの数日の180度ひっくり返る出来事に、流されているだけのような気がした。今だに何故こんなことになったのか……自分がやりたかった企画なのに不思議でしょうがない。




 翌日木曜日。木村がニコニコして登校してきた。その顔はかなり収穫があったようだ。

「おう、どうだったよ激安店」

 田中が聞いた。

「もう『すげえ』この一言。何がどうなってあんな安いのかわからん」

 田中がやったな、と言わんばかりに笑顔で背中を叩く。

 部活はないので、直哉や原田も手伝いに加わる。ジャージに着替え、木村の指示を仰ぎながら筆を動かした。

 近くで志保が何やら小物をせっせと作っている。


「志保」

 直哉の方から声をかけてみた。集中していたようでびくっとなった。

「何?」

「お前何かしたの?」

 志保はちょっと顔を背け「朱音ちゃんがやったんだよ」とだけつぶやいた。

「へぇ。最初に火をつけたのは吉岡さんからだったって訳か」

 そこからどんどん燃え広がって、今やこの情熱の集団。そして飯田も安藤もわだかまりをある程度は取ったようだ。

「よかったな」

 そんなことを直哉が言うなんて、と驚いて顔を見る。今までの攻撃的な赤い瞳ではない。優しく見守ってくれているような温かい赤に見えた。恥ずかしくてまた作業に没頭するふりをして、せっせと手を動かす。

 たったそれだけで嬉しかった。自分のそばに誰かがいてくれる。その安心感。これがずっと欲しかったもの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る