第106話 10月15日 着火!
「行ってきまーす」
優二は朝6時50分に1人出て行った。吹奏楽部の朝練がある。
「大変だねー。朝早くから練習で午後もでしょ? クラスの出し物手伝えてるのかな」
みどりが心配した。
「クラスのはクラスのでやってるみたいだよ。迷路だったっけ」
「俺らのお化け屋敷も負けてないよ。学年有志合同だからな、なんてったって」
3年生の孝太郎は受験が間近に迫っており、学校行事に参加できるのはこの文化祭が最後だ。3年は有志参加だが、割と何かしら関わりたい生徒は多かった。だいたい文化祭終了を境に、生徒会でも何でも2年生が以後学校全体の士気を取っていくようになる。
「絶対見に行くー!! おばけこわーい!」
純をはじめとしたちびギャングがわくわくとした目で期待してくれている。おうっ泣かせてやるぜ、と孝太郎がにやにやとした。
「直哉のとこ全然進んでないし、なんか企画変わってない?」
「うん……」
美穂の言葉に直哉は何も言えなかった。中心人物がいないのだから。
真一は途中石田の家によって荷物を持っていくと先に出て行った。直哉は後から美穂とみどりと登校した。
学校につくと他のクラスはもう準備に取り掛かっている。廊下が段ボールやら何やら「作成中」のモノで賑やかだ。しかし一番奥のD組は動きがなく何もしていない。
いつものように教室のドアを開けると、女の子が一角で固まっている。
「おはよう」
原田に声をかけた。
「おはよ」
心ここにあらずと言った挨拶の返しだった。一点を見つめている。安藤の方だ。目線を向けると直哉も驚いた。いや、驚いたというより何か一悶着あったのかとひどく緊張した。
「ねー! せっかくみんなでさ、賛成した企画なんだからやらなきゃだめだよ! もったいないってぇ!」
安藤と飯田が向かい合い、その間を吉岡が取り持つようにして説得をしている……ようにも見える。そこに志保もいるではないか。塚田と岡山は後ろでハラハラとみているだけだった。
「でも正直、飯田さんたちに止めろって言われたんだよ」
安藤がはっきりと言い切った。
「やめろっていわれたって、安藤さんを支持してる子多いんだよー、ねぇ飯田さんもさぁ、企画取りやめようとしたこと謝ってくれたわけだし、まだ1週間あるんだから何でもできるって」
そうだよやろうよ、と周囲の女の子も加わる。
「飯田さん実行委員でしょ、その委員がいいって言ってんだから継続で……」
「ちょっと勝手に話勧めないでくんない?」
吉岡の話を遮るように、大治と吉永がやってきた。
「勝手に何言ってんの? そっちがやる気なくしたからうちらが代わりにやってやってんじゃん、なに今更」
飯田は一歩下がった。
「恵夢はうちらの企画に賛成だよね? 最初からこんなオタ企画やだっていってたし」
飯田の返事の前に今度は吉岡が間髪入れずにしゃべりだした。
「ちょーっとちょっといいかなあー。さんざん飯田さんハブってきたくせにこういうときだけ仲間ぁ? 今更なのはそっちでしょ。それに多数決でこっちの企画先に決まってたじゃん。それを辞めさせたのはだーれ? そちらさんが安藤さんを脅したんでしょー!」
明らかに、クラス全員に聞こえるように吉岡が声を張り上げた。
ざわざわと男子ですらどよめく。
「そんな意地の悪ーい委員会の方とは、こちらも一緒にやりたくないんでぇ、こっちはこっちで正式な企画やらせていただきまーす! そのために食品衛生管理とか申請してもらったんでしょ!? そちらはそちらでどーぞ! ね、いいよねそれで!」
周りのみんなに向かって賛同を求めると、おとなしい佐藤が手を叩き始めた。それを真似して女子が手をたたき始め、男子も叩き始め、原田も立ち上がって手を叩いた。直哉もなんだか叩かなければいけない気がして慌てて荷物を置き、とりあえず手を叩いた。
「ちょっとテメーらふざけんじゃねーよ! 委員はうちらだよ!? なに勝手に決めてんの?」
「あーら、飯田さんだって委員だよね。その委員がOKだしてんだから。何も悪いことはしてないしーーー」
挑発するような吉岡の声に、そうだそうだと声が飛ぶ。人数で勝った。この教室内で手を叩いた子はみんな味方だ。
「そちらのやることは私らも否定しないから、こっちのやることにも否定しないでくれるかなー、共存共栄ってやつよ」
吉岡はよくまあこんな風に言い返せるなぁ、と志保は感心してしまった。これができるのは彼女しかいない。それに飯田と安藤を力づくでまとめることができるのも、きっと彼女だろう。賭けて正解だった。あと、あのおとなしくて目立たない佐藤が、真っ先に手をたたいてくれた。それが嬉しかった。見捨てないでいてくれた。
「そうと決まれば、今日から準備しようよ! もう時間無いからみんな手伝ってねー!」
「はーい!」
周りにいた女子が返事をした。大治と吉永はふざけんな、と捨て台詞でその場を去った。
直哉は、ポカーンとみていただけだが、木村が「これで吉田さんのメイド服姿が拝める」と手を合わせた。原田がコラッと頭を小突く。
「安藤さん、ここから先は指揮は任せたよ。うちら何だってするよ。何でもいって」
ポム、と吉岡が肩をたたいた。安藤も頷いた。
「飯田さんも委員の仕事、1人でやろうとしないで、手伝えることあたしら協力するから。ね。これでいい?」
志保が少し小声で飯田の腕に触れるほどの距離で話した。飯田もすぐに頷き、少し笑ってくれた気がした。志保もちょっと照れたように笑う。
その姿を見て、直哉はこれで大丈夫だな、と確信した。彼女がクラスメイトに手を出すことはもう二度とないだろう。
放課後、わっと安藤の周りに人が集まる。男子も女子もだ。部活のある者は残念がっていた。
しかし、飯田がみんながしおれるような話を持ってきた。
「予算……結構使われちゃってた」
「えーーーー!!」
「じゃ、じゃ、お菓子とか買うのは……」
「最初の予定より価格が下がるかも」
はぁ~~と落胆の声。そこに、木村が声を発した。
「なら、安く買えるところで買えばいいじゃんか。なんかテレビでやってたぜ、どこだったかな……なんか段ボールごと売ってたり、一袋10円とかバカみたいに安くしてたよ。訳アリ品だって別に賞味期限切れて無きゃ大丈夫だべ。ちょっと調べてみるよ」
おおっと称賛の声が上がる。
「衣装どうする?」
「レンタルも無理だよね、中古だって専用の服じゃ高いだろうし」
「なら……それっぽく制服をアレンジする?」
えっとみんなが振り返ったのが先ほどの佐藤だった。実は塚田と佐藤、コスプレ趣味で話が合う仲で、佐藤がかなりの裁縫の腕で簡単だがアニメキャラの衣装を作った写真を見せてもらったことがあるのだ。それで最初のほうに、塚田が話に彼女を引き込んだのだ。
「作れんの?」誰かが聞いた。
「うちに材料少しあるから、制服をいじれば……。メイド服だけにこだわらなければどうにかできるかも」
みんなが盛り上がってきた。黒のスカートでもうはかないのがあるだの、男はズボンならだせるがどうかなど、いろいろな声があがった。
内装についてもなるべく紙を購入するのに回すため、いらない絵の具や画材、兄弟親戚で使わないのがあったらもらえないかとメールで触れ回った。
「うっひゃーーあ! なんかみんな『ケツに火がついてきた』ね! この調子でロケット噴射しよう」
吉岡が笑った。みんなも笑った。飯田も、安藤も、やっと笑ってくれた。
突然活気づいたD組に、担任の黒崎も驚いた。一体何があった? と聞いても、みんな「ケツに火が付いただけです」と返した。
正直胸をなでおろしていた。沈んでいた飯田も楽しそうだったし、安藤もやる気を戻してくれた。何があったのか担任なのによくわからないのが悔しいが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます