第102話 志保の過去(2)

 日の光も入らず、朝も昼も、時間も日付もわからない。ただ、見知らぬ人物の来る時間と自分の怪我の治る時間で一日を計るようになった。どんなに傷つけられても1日、2日で治る。病気にもならない。

 1か月、2か月、だんだん時間だけが過ぎていくのに、自分の髪も爪も伸びない。成長もしない。月経も来ない。何が自分の身に起きているのかわからなかった。そして、だんだん行為はエスカレートしていき、性的暴行どころか、肉体的暴行まで始まった。何度血を吐き、なんど失神し、何度骨折をしたかわからない。

 体に異物を挿入されたり、手足を切断されることもまれにあった。どんなにもがいても抵抗しても、四肢を折られて逆らえなくする相手。

 その上、ヒトの形をしないものまでもがやってくるようになった。そしてその様子を外から眺めるだけの者も。どんなに罵倒の言葉を投げつけても、どんなに命乞いをしてもまるで聞かない。体中の骨が粉々になるまで暴行され続けたこともある。



 なぜ、自分がこんな目に合わないといけないのか。

 姉は無事なのか。

 いつまで続くのか。



 そればかりが頭をよぎる。その上、どんなけがを負っても、一晩眠ると元に戻るのだ。気が狂いそうだった。いっそ死ねばいいのに。殺してくれればいいのに。毎日来る相手にそう願った。だが体は永遠に「昨日」に戻り続け、成長することもなかった。ならばいっそ気がふれて、自分の事すら分からなくなればいいのに。だがそれも叶わなかった。何故記憶だけ戻らないのか。こんな恐ろしい記憶だけがどんどん蓄積されていくなんて。体と同じく記憶も戻ってくれたら……




 どのくらいたったのか。一度姉の様子を、父親に聞いたことがある。同じ目にあっているのか心配だったのだ。しかし、彼女は真逆だった。

 毎日彼女を求めて客が来るのは同じだったが、彼女を愛し、彼女に仕え、彼女からいたぶられたいと願うものが日々やってきていた。まれに彼女をいたぶることがあっても、自分のように死の状態になることはない。彼女のほうが治りが遅いのだから、大切な商品を長く使うなら役割があるのは当たり前だ、客の言う事を素直に聞けと父は言い放った。

 もう自分たちは彼らの子供ではなかった。ただの金儲けの「商品」だ。苦しもうが悲しもうが犯されようが殺されようが、もう感情は向けてくれない。それを悟った。

 




 姉と顔を合わせたのは1年に一回だけ、屋敷の上階に2人が上げられた。そこには両親のほか知らない人物が1人必ずいた。

 姉は別れる前に見た顔と、何も変わっていない。成長していない。駆け寄ると思わぬ言葉が返ってきた。

「汚らしいから近寄らないで」

 相手は綺麗で肌の出る服を着ていた。一方自分はボロボロのシーツをやっと纏う程度。なんでこう違うのかと聞くと

「あんたの役目は辱めを受けることでしょ。あたしの役目は愛されて求められること。当然じゃない」

と切り捨てられた。

 その後も、1年ごとに顔を合わせるとさも汚物を見るような目でにらみ、自分に近づけないようにと周囲に告げていた。




 父と母はだんだん年を取り、知らない男性が取り仕切るようになった。親戚筋の男らしい。彼も彼の妻も2人に感情移入することはなかった。

 両親が年老いて死んでも、それを知らされたのはだいぶ後だった。そのうちその男も年を取り、今度はその息子という者が継いだ。

 彼だけは、妻にもわからないよう志保のことを気にかけていたようだ。優しく接してくれたし、綺麗なシーツもくれた。それまでは姉が使っていたものがしみだらけになってようやく回ってくる程度で、破れて使い物にならなくなっても補充されることなどなかった。真っ白いシーツが来ることだけでも、天にも昇るような嬉しさだった。

 彼が直接志保へ触れることはめったになかったが、1度だけ抱きしめてくれたことがあった。まだ彼が若いころ、志保が自分の体の3倍ほどもある化け物にひどく暴行され、本当に蘇生するのかと彼は心配だったようだ。無事に1日たって目を開けたとき、安堵して部屋に入ってきて抱きしめられたのだ。


 実の親でさえ商売道具としてしか自分は見られていなかったのに、この主は自分を人格ある者としてみてくれていた。それだけが心の支えと言ってもよかった。

 そんな彼に1度だけ助けてほしいと訴えたことがあった。彼は悲しそうな顔をしてそれはできない、と答えた。

 理由ははっきりしたことは分からなかったが、一族が昔契約したことが関係していると言う。おそらく自分をこんな体にした親が、他の悪魔と何かを交わしたのだろう。不死者の面倒を後世まで見る代わりに、対価を受け取っていたに違いない。

 彼を困らせたり、罪を犯すようなことはさせたくなかった。なのでそれ以上は聞かず2度と助けを求めることはなかった。

 しかし相手は普通の体。年を重ね寿命を迎える。いつか自分を置いて旅立ってしまう。もし、自分のこの能力が他人に分けられて、その相手が少しでも長く生きるのなら何だってする。そんなことも思った。




 時は流れ彼も死に、その息子が跡を継いだが、性格は真逆で自分を気にかけてくれるようなことはなかった。さらに歳をとると注意力が落ち、その隙をついて志保はたまたまやってきた客の悪魔と外の世界へと抜けだすことができたのだ。

 この時は自分から外へ出たいと言ったわけではない。その悪魔の方から持ち掛けられた話だ。今までも自分の手元に置きたいと言う者はいたが、その場で口にするだけか、大概体が目当てなだけだ。だがあの客だけは違った。最初はもちろんほかの客と同じ目的でやってきたのだろうが、彼は志保の話を聞くという時間を必ず作っていた。そして何日かおきに何度も通ってきた。


 ある日「俺の目的とお前の願いがお互いの為になる。協力するならここから出してやる」と誘われた。

 そんなことを言われたらチャンスを逃す手はない。優しさから自分を助けてくれるわけではない、と理解しているものの、嘘ではなく危険を冒してあの館から連れ出してくれたのだ。それゆえ、彼との約束は絶対に守らなければならないと思っている。

 そして、人間界で生きていくには家族の中に入り、その周囲と同じ生活をしなければならない。彼はそんな手配までこなした。子供を殺してしまったことをひた隠しにする親に付け込み、志保を娘として家に入れさせ、直哉と同じ学校へ潜り込ませることに成功した。


 だから自分は、何が何でも直哉の死神の能力をどこかで引っ張り出さなければ彼に恩返しができない。

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