友達の記憶

第82話 8月10日(1) 親友との再会 

 志保は何もすることがなく家にずっといた。もう課題のドリルも全部埋まってしまったし、本を読むにも読める本がない。外を見れば友達や家族と連れ立って歩く人間が、会話の内容は聞こえなくても楽しげに話しながら行きかう。自分だけ取り残されたような感覚で、それをただ見つめている。

 あれだけ1人になりたかったのに、慣れというものは贅沢で今では1人でいるのが退屈になってしまった。かといって家族も出かけようとは言わないし、一緒に出掛ける相手もいない。


 世間は明日から「お盆休み」といわれて、色々なところへ出かけるのが慣例のようだ。しかし渋滞だの、熱中症だの、水の事故だの、気を付けなければならないことも多い。みんなこんな思いまでして出かけていくなんて、行った先に相当いいものがあるのだろうかと想像すると少し羨ましくなった。

 自分も出かけてみよう。思い立って小さいリュックに財布とハンドタオルと、空いたペットボトルに水を入れて出かけた。

 道を覚えるのも兼ねて近所をぶらぶらと歩いた。




 中学校の通学路を軸に、脇にそれたり戻ったり。そうこうしていると母親の勤めるスーパーの裏側に出る道を見つけた。表側に回ってドキリとした。

 真一と直哉と、もう一人、風の子園の子供だろうか。3人でなにやらビニール袋を提げて出てきたところだった。

 ふと振り返った真一が驚いて

「あれっ! 志保ちゃん!?」

と裏返った声で叫んだ。隠れようかと思ったが、3人は……特にそのうちの1人は足早にこちらへ寄ってきた。


「うあーー! ほんとだ超かわいい! くめのん! くめのんだ~~」

 優二がでれぇ~としだした。志保は得意の愛想笑いで

「こんにちは」

と返した。毎回この手の豹変には呆れてしまう。

「こんにちは初めまして、横井優二です。A組です。なにか困ったことがあったら力になりますよ」

 突然きりっとして挨拶をした。優二も優二だ。2人は冷めた目で見つめていた。

「志保ちゃんも買い物?」

 首を横に振る。ただの散歩だと答えた。

「吉田さん、1本どうぞ」

「えっ、ばか、足りなくなるぞ」

「俺はいいんだ。どうぞ」

 ビニール袋からアイスキャンディを取り出して渡した。

「えっ、いいの?」

 直哉も真一も(かっこつけちゃって……)ともう止めることもせず好きにさせていた。

「では、僕らはこれで。園でみんながアイスを待っているので。今度またゆっくり話しましょう」

「うん。じゃあね」



 そこにもう 1人女の子がやってきた。D組の吉岡朱音だった。思わず首のすくむような甲高い金属音をたてて自転車のブレーキをかける。

「やーぁ、皆様お揃いでぇ」

「あ、吉岡さん」

「おやぁ? このかわいい子は?」

「俺らの組の吉田志保だよ、いま特殊クラスで一緒なんだ」

 吉岡は名前を聞いた途端にかたまって口を開けたまま彼女を見つめた。

「うっそ……志保ちゃん? ほんとに志保ちゃん?」

 志保は一瞬自分が偽物なのがばれたのかと警戒した。

「あたし! わかる? 覚えてる? 小学校1年しか同じクラスじゃなかったけど、一緒に遊んでたじゃん! 出席番号近くてさあ一番最初に友達になったの! あかねだよ!」

 志保はわずかに残る本人の記憶を必死でたどった。色あせた記憶の中に、なぜか赤いズボンにショートカットの男の子のような活発な女の子がでてきた。そして手を引っ張られて走っている。そこには不安や恐怖はない。純粋に楽しんでいる感情があった。



「あかねちゃん……」

「そうだよ。うわああ覚えててくれたんだ! やっと学校来る気になったんだね! よかったぁ!」

 吉岡は志保の手を取ってぶんぶんと振った。

「なんか随分かわいくなったよねぇ~ 印象と違ってるよ。やっぱ成長すると違うんだ。ねえ、この後暇?」

「え? うん」

「買い物終わったら話そうよ。ちょっとまってて。すぐ終わるから。あ、そのアイス良いな、私も買お」

 突然の展開に3人は唖然とした。店に駆け込む吉岡を見ていると、志保が3人に声をかける。

「アイス大丈夫?」

「あ、やばい」

「吉田さん学校で会いましょう!」

 3人はようやく小走りで帰って行った。


 

 志保はあまりの暑さに、日陰に避難するとアイスを食べながら待つことにした。自分のことを知っている。それに敵意ではなく好意をもって覚えていた。だが顔まで覚えているのだとちょっと厄介だ。いつか自分が偽物だとばれてしまうのではないか。下手なことはできないな、と警戒することを念頭に置きながら、彼女にまつわる記憶を少しずつたどった。

 吉岡が戻る前に食べ終わってしまったので、近くのごみ箱へ棒を捨てた。




 真っ赤なズボンに柄のついたトレーナー。現在はお団子にしてネズミの耳のように頭の上の方で2個結んでいるが、当時はショートカットの前髪の短い女の子だった。頬が赤くてなんだか寒冷地の子供のようだ。笑った顔はそのまま大きくした、といった印象で変化がなく、その時からオーバーリアクションの笑い声の絶えない女の子だったようだ。

 ただどうしてもその子の周りの景色が浮かばない。彼女にしか色の記憶がないようにもみえる。隣にもたまに、長い髪の毛を一つに縛ったおとなしめの子が、おろおろと彼女の一挙手一投足を見守っている絵が出てくる。あれ、この子だれだっけ……知ってるはず……

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