第64話 7月29日(2) 女子の思惑 1

「超面白かったー、やっぱ監督裏切らないね!」

 劇場を一歩出ると皆興奮気味に感想を喋りだす。

「あたし泣いちゃったよー、ああもう思い出しただけでもだめ」

「かよちゃん……ええ子や……」

 田中がため息をつきながら、ヒロインのマネージャーの女子の名前を口に出した。


「どうだった? 面白かった?」

 佐々木が直哉に聞いた。

「うん。感動した。こんな映像作れるなんて、ほんとすごい、すごい以外の言葉がないな……。まだ耳がわんわんする」

 全てのことに感動してぽーっとしている様子だ。

「野球わからなくても大丈夫だったでしょ?」

「うん。ちょっとだけなら教えてもらったし、難しいことは出てこなかったから助かった」

「よかった、よかった。映画見た甲斐があったね」

 誘った女子たちも、直哉がそれなりに満足してくれたことに安堵し、仲間意識を強くした。



 映画館を出ると、暗い中に居続けたせいか外の景色が少しまぶしく感じた。

「お昼どうしようかぁ」

 田子がきょろきょろと周囲を見る。

「あ、あそこのファミレスどう? お値段も手頃だし、人数的にも一緒に座れんのあそこくらいでしょ」

 指さした方にイタリアンのファミリーレストランがあった。満場一致でそこへ向かう。



 少々待ち時間があったが、7人いっぺんに座れる席を確保できた。

 食事が運ばれてくる間も、学校の話や先生の話、補習や部活の話などしていたが、女子が一番気になるのが噂の「吉田志保」という生徒。詳しく聞くチャンスだ。


「吉田さんてどんな子?」

「俺らと一緒だよ。文字が書けない」

「えーそうなの!? じゃあ今まで何してたんだろ。あ、性格とか、雰囲気とかは?」

 直哉は少し考えた。まだ1週間。いくら補習と言え、普段の授業時間より短いし土曜日は休みで会っていない。

「いい子だよ」

 断片的にしか話さない直哉に、どんどん深く探る。

「可愛いんでしょ? アイドルみたいな感じ? それともギャルっぽい?」

「うーん……、アイドルかなぁ。髪型とか雰囲気が似てる」

「誰? だれに似てる?」

 たまにテレビで見かけるアイドルを思い出す。ただ名前が出てこない。さんざん優二が家でテレビに映るたび、この子いい、イイ! とうるさい……


「えっと……ほら、シャンプーのCMの。歩いてる途中に男の子が『おっはよ』って肩叩いてくる」

 誰しもピンときた。人気アイドルグループのメンバーだ。目がアーモンド状でぽってりした唇、肩を少し越したセミロングで、微笑みがどこか儚げ。人気投票で常に上位のあだ名が「くめのん」という愛称で親しまれるアイドルだ。

 女子は一気に対抗意識を燃やし、それを感じ取った原田は一気に冷汗が出てきた。女の嫉妬は怖い。彼なりに人生で学んできた教訓だ。なのにまだ彼女の実物を見たことがない田中はそれに気づかず

「うぇー! くめのん似?! うわいいなあいいなあ~。俺なんかじゃ相手にしてもらえないかもしれないけど藤沢ならつり合いそう」

と口にし、憧れのまなざしで直哉を見る。すかさず原田が焦って足を蹴った。本当に刺さりそうな女子の視線が一気に田中に集中する。

 田中も小声で「いてぇ」と漏らしたが、すぐに察して黙った。

 タイミングよく食事が運ばれてきて、原田は腹の底から息を吐いた。自分今は食べることに集中しよう。

 


 食事中も「休み時間は3人でどう過ごしてるの」「一緒に帰ったりするの」など質問がどんどん飛ぶ。直哉は丁寧に淡々と答える。

 休み時間と言っても授業自体お昼までだから、授業の合間の5分休憩しかないので特に何もしない。放課後は真一は部活、自分も病院でない日は体に支障ない程度で部活に参加しているので、3人一緒に帰ったのは2度だけだということ。


「えーえー、一緒に帰って何話すの?」

 女子の追及は厳しい。きゃあきゃあと興奮気味に聞く。それに応えようと必死で思い返す。

「なんで学校来る気になったのか聞いたかな。そしたら俺らがいたからだって」

「何、知り合いなの?」

 原田が今度は食いついた。

「違う違う、小学校の授業からやってるクラスがあるって聞いて、それに入れてくれるならば行きたいってなったんだって。だから感謝してるっていわれた」

「あ、なるほど」

「後は……みんなが俺らにしてくれたことをその子にしてるかな。トイレがどことか、保健室がどことか。俺もみんなに教えてもらって、友達になったから学校に行くのが楽しみになったし。それにみんな夏休みでしょ、友達も増えづらいから、学校始まったら仲良くしてあげてよ」

「仲良くしたい! 話したい!」

 田中が乗り気で返事を真っ先にした。

「うわ、田中えろーい、性的な目でみてる絶対」

「ほんと、実はアイドルオタでしょ」

 女子が冷ややかな目で見る。

「ああそうだ、俺はくめのん推しだからいっそ親衛隊になりたい!」

と宣言する田中。あはは、と直哉が笑う。原田は直哉の言葉の返事をさけ、田中いじりにすり替えた女子たちに恐れをなした。



 風の子園の都合もあるので、お昼を食べたら帰ることにした。駅でみんなと別れ、それぞれ帰っていく。女子たちもそのまま男子と別れ4人でどこか行こうと歩きだす。

「どうする吉田って子……結構手強そうなんだけど」

「どうしようもないでしょ、なるべく藤沢君たちと仲良くしてるしかないよ」

「ほかのクラスの子だって黙ってないかもよ」

「ああ~どうしよう……」

「いいじゃん、Dに藤沢君がいるときはさ、原田だって席近いんだし、何かと寄ってけば」

 原田のことが気になる佐々木のことも考え、田子はまとまって彼らに近づく作戦で安藤と直哉を距離的にも近づけばいいと提案した

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