第43話 選択肢の無いゲーム

「拓! おいお前ら何やってんだ!」

 現れた人物の姿を見て安西は舌打ちした。

「ったく、まためんどくせえのが来たな、なんでここ知ってんだよ、誰かチクったんじゃねーだろな!!」

 ぎろりと周囲を見回す。

「てめえ何でここにきてんだよ!」

 大野も叫ぶ。3年の塩野が前に出た。直哉と真一はその前で立ち止まる。


「拓が学校の前で、中学生に連れてかれたって聞いて探してたんだよ。やっぱりお前らだったんだ。いい加減連れ回すのやめてくんない?」

「はあ? 連れ回すとか誤解ですけど。拓ちゃん自分から一緒に来たいって言ったもんなー。な!」

「家のルール破らせて何させんだ、とにかくもう関わるな。拓も帰るぞ。皆心配してんだから。門限すぎるとまた怒られるぞ」

 連れ帰ろうと手を伸ばし輪の中に入っていこうとする。


「てめえには関係ねえんだよ! 拓は俺らといたいって言ってんだ。お前はうざいから嫌いなんだと。な、そう言ったよな」

 塩野が肩を抱きかかえて無理やり同意させるように強く聞く。

「嫌いだろうが何だろうが、連れて帰るんだよ、どけ!」

 塩野を振り払う。

「いてぇ! こいつ暴力ふってきたんですけどー!」

 塩野がわざとらしくよろけ、痛がって腕を抑えた。それを合図かのようにつかみかかり殴ってくる。真一や優二にも近づく。

 直哉は相手の急所を正確に狙う攻撃で、少ない手数で相手をねじ伏せ2人には近づけさせなかった。殴る蹴るではなく、体の一部を捻っている感じだ。


 しかし数が多すぎる。こいつ1人何とかしてしまえばと相手も悟ったのだろう、一気に5、6人でかかられ、暴行された。直哉もやり返しはするが、多勢に無勢で押さえつけられた。

 拓は何もできずにただ立ち尽くしていた。本当は助けて欲しかった、待ちに待った救いの手なのに、先輩の前では直哉にすがる事なんてできない。やられている直哉に手を貸すこともできない。

 真一がつかみかかりはがし始めた。しかし喧嘩には弱く、すぐに殴り倒された。優二も同じだった。一応相手を掴むものの、逆に掴まれて暴行を受けキャーキャーと女子のような悲鳴をあげた。声をあげれば大人が気づいて来てくれるかもしれない。その一心だった。



「お前ら手出しすんな! 怪我するだけだ!」

 直哉が口の端から血を出しながら2人に呼びかける。

「お前らやめろ」

 安西が皆を制止させた。優二があまりにも騒ぐので警察を呼ばれかねない。そうなるとこちらの分が悪いと悟ったのだろう。そして拓の傍により、肩を組む。

「こんなことしても埒あかないしさー、ゲームしない?」

 みんなが静まり返り安西の次の言葉を待つ。

「井口。ちょっときて」

 手招きすると寄ってきた井口のズボンのポケットから何かをだした。

「偉い偉い、いつも持ってるね。借りるよ」

 取り出されたのは手のひらの中に隠れてしまう、とても小さな折り畳みナイフだった。何をする気か。直哉たちは身構えた。


「拓ちゃん、これ持って」

 刃を出した状態で握らされた。拓の手が震える。

「俺と、あいつが背中向けて並ぶから、拓ちゃんがどっちを取るかそれで決めて。俺らについて来るならあいつの背中に刺す。あいつの方につくなら俺の背中を刺す。OK?」

 咄嗟に「や……」とか細い声をあげる。だが聞き入れられるはずがない。

「そんなのめちゃくちゃだ! 捨てろ!」

「部外者は黙ってろクソが!」

 高畑が横から口を出した優二を殴り倒した。うごぇと苦しそうなえづきをあげて倒れ込む。同時に真一にも拳が入った。人質というわけか……

「いいよ、わかった」

「ちょっと直哉止めて!」

 真一が手を伸ばすが、直哉は振り返ってちょっと笑顔で「大丈夫。あと頼む」と言うと安西のほうへ向かう。2人して背を向けて並ぶ。


―――こんなやり方、絶対に自分のほうに来るに決まっている。安西をこの場で刺したらどんな目にあわされるか。いくら拓でもそのくらいわかるだろうし、もしかしたら本当にあいつらの方がいいと思っているかもしれない。それにあいつらから見れば、もし捕まったって刺したのは拓の意志だと言って逃げるだろうし、かばったり助けたりする訳がない。

 幸い手持ちのナイフも刃が短い。所詮は子供の力だ、根元まで刺さることはないだろう。来た瞬間前に倒れれば、浅い傷で済む―――



「やだできない!」

「やれっつってんだよ、お前が選ぶまで帰さないよ」

 いつの間にか逃げられないよう拓の後ろ、横に人垣ができた。

「ふ、ふざけんな! 人よぶぞぉ!」

 優二も高畑と浜口に掴まれ、助けを呼びに行くことはできない。誰か来ればいいのに! 何故こう誰も通らないんだ。

 いら立ちを覚えながら引け腰で優二が再び拓の名を叫ぶ。高畑に蹴られた。うぼ、と言いながら足元から崩れた。


 真一は「あと頼む」の意味を察した。内心はあの大鎌で何とかならないものか、ともどかしく思ったが、それこそ騒ぎが大きくなる。直哉なりの考えがあるのだろう。

 泣きじゃくりながらこちらをすがるように見る拓に、何もできないのがもどかしい。

「たくちゃーん、はやくー」

 余裕の声で安西が空を見上げて叫ぶ。外野もさっさと直哉が倒れる様を見たいのか早くしろとはやす。一体どのくらい経過したか。その間も人通りが無いなんて、全くついていない。

「てめえさっさとぶっ刺して来いよ! 逆にぶっ殺されたいんかぁ?」

 しびれを切らした大野が、蹴りを入れた。続いて小林も背中を勢いよく突いてきて倒された。

 悲鳴をあげながらさらに泣きじゃくる。しかしもう後に引けないと悟り、うあーーーっと叫ぶと走り出した。

「いけ! やれ!」

 周りがはやし立てる。行って欲しくないが行くしかない直哉の背中へ―――

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