第44話 加害者になった被害者
直哉と衝突する拓。一緒に勢いで前に倒れ込む。とんでもない高い声で悲鳴をあげる優二、目をそらす真一、と石田。
しばしの沈黙ののち、誰ともなく声をあげだす。
「……っはは、ははっ、あははっ! ほんとにやりやがったこいつ!」
「殺人犯決定だね!」
「拓ちゃんこれで堂々と警察行けるね!」
なんて仕打ちだ。どちらにしても拓には道は残されてなどいない。直哉は背中に走る激痛をこらえ、泣きじゃくりながら自分に覆いかぶさる拓をどけるのに必死だ。
冷汗をかき、呼吸は浅く早い。痛みに全身が力んでしまう。しかしこのまま倒れていたら何をされるかわからない。
「おまえら、ほんと、最低だな……っ……年下に、することかよ……」
拓の体をやっとのことでどかし、とぎれとぎれ言葉を発しながら立ち上がる。その右手は真っ赤で、いつの間にか拓から取り上げたナイフを持ち、左手は拓の手首を握りしめていた。大声で泣きわめく拓をよそに、直哉の眼光は鋭く相手側を見据えている。
この子は安西たちの暴力の被害者でもあるが、同時に人を刺した加害者にもなってしまった。どちらの面からも守らなくては。指一本でも触れてみろ、その時は……
「何こいつ、刺されたのに普通に立ってんですけど」
安西は笑いを含みながら言ってのける。まるで現実味を感じていない口ぶりだ。
「ケガしても大丈夫じゃん。ならもういいだろ、拓離せよ。井口と警察行くんだから。お前は拓に拒否されたの。なんならこいつに刺されたって一緒に警察行く?」
お前それでも人間か、そういい返してやりたかったが、だんだん息が荒くなってきた。心臓が鼓動するのと同じリズムで全身に痛みが響く。
大野が安西に指示され、ひきつった顔で拓を引き取ろうと近づいてきた。直哉は睨み返し、彼の体の前に立つ。
かすかに遠くからパトカーの音がした。
「ヤバくない、こっちきてない?」
大野がさすがに神妙な顔になった。
「逃げよ」
「こいつらどうすんだよ」
「拓だけ連れてけよ、喋ったら厄介だ」
安西が逃げ出す。なんとか直哉の手から奪おうとするが、ナイフを持っているうえけが人と思えぬ動きで近づけない。もうサイレンの音は近い。徐々に逃げ出す者がでた。そんな中、石田がなぜかもたもたしている。
「何してんだよ!」
仲間に怒鳴られても2度ほど振り返りながら走り去る。
安心したのか膝から崩れる直哉のもとへ、真一が急いで近寄る。優二も這いつくばりながらも寄ってきた。
「ひどいよ出血! 動きすぎだよ! もうほんと無茶して!」
シャツをめくる。シャツは血で真っ赤、べったり体にくっつき、はがすのも痛そうだ。
「思ったより勢い良かった……でもそんな深くない」
というものの顔をしかめ、呻きながらうずくまる。傷は3~4㎝程の幅の裂傷、深さは分からないが、こうして喋って起き上がれるということは、刃渡り分全部が入ってしまった様子はなさそうだ。それでもこの出血。普通の人間なら痛くて動けないだろうに、なんて頑丈なんだ、それとも我慢強いのか。
そんなこと今どうでもいい。すぐに真一はその傷口にそっとキスをした。
「なっ! なにやってんだよお前!」
優二が驚いて叫んだ。人の傷を舐めるなんて悪趣味極まりない!
真一は「ぷっ」と血の混じったつばを吐き腕で口を拭った。
嫌悪感丸出しの優二の目の前でさらに不思議なことが起きた。あれだけ痛がっていた直哉が数秒で落ち着きを取り戻し、一つ大きく息を吐くと普通に起き上がった。そして「普通」に喋りだす。
「ありがと、どうする? もうこのまま警察行くしか……」
「ヤダァー! ヤダァー! アアア!」
警察という言葉を聞いた瞬間、まるで駄々をこねる幼児のように直哉にしがみつき泣きわめく拓。よほど恐怖を感じているのだろう。体が震え手がとても冷たい。そんな彼の背中をゆっくりさする真一。
「少し眠っててもらう?」
「そうだな、ちょっと落ち着かせないと」
よっ、と拓の上体を起こすと、真一がその額の髪を軽くかきわけ額にキスをした。すると拓は魂が抜けたようにすぅっと目を閉じて直哉の方へ倒れ込んだ。
「えっ、えっ?」
優二は理解できずに2人を見ていた。直哉が険しい表情で
「ごめんな、いつかちゃんと話すから、今見たこと誰にも言わないで。お願い」
と嘆願する。
あの時と同じだ。なぜ自分が助かったのかわからないが、原田たちといて襲われたときに言っていた言葉。
しかし直ぐにパトカーがやってきたので、それ以上質問する時間もなかった。先ほどから優二があげ続けた悲鳴のおかげで「女性の叫び声がする」と通報されたしい。
警察も近くの交番の警官で、直哉のことを覚えていた。血だらけなのを見て救急車を手配する。
眠っている拓も、気絶していることにして一緒に病院へ連れていってもらう。すぐに風の子園に連絡も入れてもらった。
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