第36話 6月23日(1) 仲裁

 C組でちょっとした事件が起きた。小島が懲りない大野と浜口に嫌がらせを受けていた。本人たち曰く「イジっているだけ」というが、それがあまりに行きすぎていて、見かねた真一が中に入った。

 大野が小島の財布を鞄から抜き出した瞬間。

「嫌がってんだからやめなよ」

 その声に周囲が固まった。自分から首を突っ込むなんて……相手がどんな奴かわかっているだろうに。

「いじめじゃないから安心して。いじりだから、な~~」

 困っている小島の肩に手を回し、慣れ慣れしく話しかける。


「ならすぐその財布戻しなよ。遊びなんでしょ」

「はぁ? 遊びにマジになってんのオメーだろ」

 また攻撃的に言い返してくる。

「意地悪でしょ、そういうことしたら」

「てめえうぜえな、話し方キメエんだよオネエが」

 何を言われても逆上はしない。

「小島君も嫌なら嫌っていいなよ」

「そんなことねぇよなー。俺ら友達なんだから」

「財布取るなんて友達にするような事じゃないのに?」

 浜口が素早く真一の胸ぐらを掴んで

「真面目こいてるやつが一番むかつくんだよ!」

と怒鳴り押し倒さんばかりに突いた。


 みんながしんとなってこちらに注目しているのに気付くと手を離し舌打ちした。

「ったく……おい小島、お前のせいだかんな。これオゴリな」

 財布の中から大野が勝手に千円札を取り出した。小島は弱弱しい声で、ええそんなぁというだけだった。

「……返せよ」

 真一が淡々と言い放つ。振り向く大野の手から取り上げようとしたが、浜口がそれを阻止した。すると大野がとうとう真一を殴った。誰かの机に激しくぶつかり、机ごと床に倒れた。

 女子が悲鳴を上げ、さすがに周囲もおいやめろよと声を上げた。それに続いて返せよ、謝れよという声がぼそ、ぼそ、と徐々に上がる。


「あーやってらんね! これ返すわ!」

 声にイラつき、大野が千円札を真ん中からビッと破いて小島に向かって飛ばした。

 2枚の紙片はひらひらと床に落ちた。2人は教室から出て行った。出る間際に石田にも「いくぞ」声をかけた。彼も慌てて後を追ったが、教室の出口で一度振り返った。



 小島は震えながら2枚になった紙幣を拾い、泣きべそをかきながら真一の傍へ寄る。周りの生徒も真一に寄ってきた。

「おい大丈夫かよ……保健室行くか?」

「痛いよぅ……」

 左頬をさすりながら上半身を起こす。他の子が手を貸してくれた。

「お金破くとか最っ低……」

 女子が呆れながらつぶやく。人間としての道徳を持っていないんだな、真一はそう感じた。

「小島ももっと抵抗しろよ」

 泊が肘で小島の腕をつつく。

「……ごめん……」

「小島君のせいじゃないよ。逆らったらどうなるか僕より知ってるから断れないんでしょ。僕だって散々、直哉と一緒に殴られたけどやっぱ嫌だもの」

 小島は泣きだした。銀行へ持っていけば新しいのと変えてくれるよ、と女子が小島に教えていた。

  真一は保健委員の川口まりんと小原真由美に付き添われ保健室へ向かった。




 今日は土曜で午後の授業はない。帰るために集まった直哉や優二、美穂に「誰にやられたんだ」と聞かれた。

 大野だと答えると美穂が憤慨した。つい先日直哉にやられたばかりなのに懲りないのか!

「何なの? あいつバカなの?」

「よりによって真一殴るとか。あ、小島ならいいって訳じゃないぞ」

 優二が慌てて否定した。直哉も何かあったら言えよ、と真一を心配すると、美保がすかさず

「直哉に言われたくないわー」

と漫才の突込みのように返した。


 4人は笑った。嫌な目にあってもこうして心配したり一緒に笑ってくれる人がいることで、気持ちが晴れやかだった。

「あのっ……」

 後ろから不意に声がした。振り向くと小島だった。

「一緒に帰っていい?」

 真一がいいよと即答した。途中まで5人固まって歩き出す。

「杉村、ごめん。巻き込んじゃって、殴られるなんて……」

 かなり気にしているようだった。

「大丈夫だよ。痛かったけど大したことないって。あんなのの言いなりになっちゃだめだよ」



「小島って、確か小学校で大野と同じクラスだったろ?」

 歩きながら優二が問う。

「そうだよ。小学校の時からリーダー的な感じだったけど、ここまでいじられたりはしなかった。普通に話してたし遊んだりしたこともある」

「なんでこうなっちゃったんだ?」

「わかんないよ」

「そうだよね、わかってたら苦労しないわ」


 直哉が口を開く。

「強く見せたいんじゃないの……?。あとは退屈で刺激が欲しいとか」

「まあそうかもな、いつもたりぃたりぃ言ってて、他のこと全然やらないくせに、こういう暴力沙汰だけはまめにやるし」

 皆うんうんと頷く。

「誰だってそんなもんだ。自分が強いって錯覚して、そのうち他人を殺してでも力で支配するようになっちゃうんだ……」

 みんな黙ってしまった

「おい、お前……いきなり怖いこと言うなよ……あいつらまだそこまでじゃないんだしさ……」

「えっ?」

 いつの間にか前を歩いていた直哉が振り返る。自分の発言にまだ気づいていないようだ。みんなの困ったような顔を見てやっと、ふと漏らしてしまった言葉に気づいた。

「直哉、過去何かあったの?」

 美穂が心配そうに聞く。

「何も、何もない、ごめん」

 その場をごまかしまた歩く。



 小島と別れ風の子園に帰ると、福島が大泣きする毅を抱きかかえ電話をする横で、純が拓と怒鳴りあっている。

「死んじゃってたかもしれないんだよ!」

「うっせーなぁ! こいつがいきなり服引っ張ってきたから離したんだ! わざとじゃねえ!」

「いいやわざとだね!」

 純はみんなに見せつけるように

「こうやって、つきとばしたもん! こうやって!」

と右腕で何かを押し出し、足で蹴る動作を繰り返す。電話を終えた福島が言葉を挟む。

「わざとじゃなくても、あの階段で人を押したら危ないことくらい分かるだろ! 純もわざとだなんて人聞き悪いこというな!」

「でも突き飛ばしたとこ見たもん! 拓兄ちゃん毅が嫌いだからだ!」

「はぁ? 何言ってんだてめえ! 階段で走る方が悪ぃんだろうが! 俺のせいにすんじゃねえよ!」

 

 そうしている間に救急車が到着した。ひんひん泣く毅を担架で運んでいく。

「……何があったの?」

 美穂が横で立っておろおろしていた世羅に聞いた。

「あ……拓が階段上ったところで毅が走って降りてきて、階段でぶつかったんだ。毅がよろけて拓にしがみついたから拓がびっくりして振り払ったの。でも服つかんじゃってそのままびょーんてのびちゃって。首締まりそうになったから咄嗟に蹴っちゃったんだ。そしたら手が離れて、頭から落ちちゃったんだ」

 皆が顔をしかめた。

「純が責めるから、拓が一発叩いちゃったんだ」

 ああ余計なことをして……ますます炎上しているようだ。


 福島はそのまま救急車に乗り込んだ。純が何かあったら拓兄ちゃんのせいだ!と喚き立てた。

「おい純、そんなに拓だけのせいにすんなよ」

 優二が純をなだめるも、彼女はひかない。

「優二まで味方するの!? 拓兄ちゃんが悪いに決まってるじゃん!」

「そうじゃなくて、ちょっと落ち着け。いきなり誰だって飛びかかられたら驚くだろ」

「でも蹴った!」

「首が閉まるほど服を引っ張られたら誰だって慌てるよ。蹴ったのはいけないけど、階段で走る毅も悪いよ。危ないっていつも言ってるのに」

「しょうがないじゃんまだ1年生だもん!」

「1年生でももう少し言う事聞けるだろ。純も一緒にいたなら走っちゃダメって言ってやらなきゃ」

「なんで私のせいになるの?!」

 とうとう半べそになりだした。


 そんな押問答が続き周りがやきもきしていると突然

「あぁもーーやってらんねぇ!!」

と階段の手すりを握り拳で叩き、拓が大声をあげた。玄関に向かう。

「ちょ、拓! 待て、どこいくんだ」

「うっせー! 何でも俺のせいにしてりゃいいだろ!」

「してないだろ、そんなこと誰も……」

「じゃあなんで俺が責められんだよ! 俺も一緒に落ちればよかったのか? 死ねば満足だったのかよ、くそチビ!!」

 純に向かって言ったのは明らかだった。とうとう純まで大声で泣き出し、もう手が付けられない。美穂は純をぎゅっと抱きしめ、直哉は拓を追って出ていった。

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