冷蔵庫コミュニケーション

@syu___

冷蔵庫コミュニケーション

秋枝と知り合ったのは大学の登山サークルの新歓だった。中高男子校で女子と話す機会が全くなかったが、秋枝とはとにかく話が合った。出身地や趣味が同じだったこともあるが、口調や話方のテンポが男子校時代を彷彿とさせ、とても心地よかった。容姿も特別スタイルがいいわけでも、顔が整ってもいなかったが、男勝りな性格と、他の学生の誰よりも輝いていた笑顔に惹かれ続けた。

どちらから告白したわけでもなかったが、恋人の様な関係は一回から四回生まで続き、二人とも地元の企業に就職した。社会人になってからは、学生の頃より会う時間は少なくなった。その分、金曜の夜から日曜の夜までずっと、僕の黒目は秋枝を捉え続けた。

同棲を切り出したのは俺からだった。秋枝は二つ返事で了承してくれた。これでまた一緒にいれる時間が増える、と思ったが、日に日に仕事の帰りが遅くなった僕は、昭恵とのすれ違いの日々を送った。

料理は全て秋枝がやってくれた。ただ、それ以外は全部、俺。

でもどんなに遅く帰ってきても、冷蔵庫の中に必ず二品おかずがあることは、精神的な支えとなった。それだけで毎日仕事を頑張ることもできた。

ある日、秋枝の好きなコンビニのシュークリームを、日頃のお礼を書いたポストイットと一緒に料理が置かれていたスペースに置いた。

次の日の夜冷蔵庫を開けると、お礼の返しはなかったものの、おかずが三品になっていた。なるほど。秋枝、お前は単純だ。

そっと冷蔵庫から出しレンジで温める。待っている間、秋枝の寝ている寝室の襖を開けると、イビキをかきながら大の字で寝ていた。かぶって寝てたであろうタオルケットは、初めからなかったかの様に部屋の隅に追いやられていた。本当に単純だ。

ラップを外し、大口で野菜炒めを頬張る。野菜から溢れ出す旨味と塩コショウのバランスが絶妙だ。うまい、うまい。ん、俺も単純か。

食べ終わった皿を流しへ持って行く。それにしても今日はどうするか、何も買ってきていない。このままでは明日は二品で確定だ。胃の中の野菜炒めが物凄い勢いで消化され、頭に血が勢いよく巡るのがわかった。どうすれば明日も三品食べられるか。目をつぶり、じっと考える。すると頭の上の豆電球が光った。

ん、待てよ、もしかしたら秋枝はシュークリームではなく、日頃の感謝が書かれたポストイットに感激して、おかずを三品も、それも泣きながら、作ったのではないだろうか。そういえば、この前のドキュメンタリー番組で、母に日頃の感謝を綴った手紙を読んだ少年を見て、号泣していた。秋枝は手紙に弱い節がある。きっとそうに違いない。俺はすぐに通勤バックからポストイットを取り出し、秋枝の好きなところを紙いっぱいに書いた。これで明日も三品確定だ。そう安堵のため息をつきながら、風呂に入り、大の字で寝た。


次の日の夜、おかずは一品だった。一品。


目を疑った。一度冷蔵庫のドアを閉め、もう一度、ゆっくり、開けた。ん、一品だ。

減った。それも三品から一品に減ったものだから、振り幅分、衝撃も大きい。

そっと、その一品を手に取ると、皿の裏に昨日書いたポストイットが張り付いていた。

なんだ、読んでなかったのか。ちゃんと貼れていなかった。

だから一品しかなかったのか。冷え切ったそれを剥がし、今度はしっかり見えるようにと、冷蔵庫のドアに貼ろうとした時、四隅それぞれの対角を結ぶかのように、血の色のような赤いペンでばつ印が刻まれていた。


僕はすぐにコンビニへ向かった。


向かっている途中、ポストイットが手の内でくしゃくしゃになる音とともに自分の仮説が崩壊していく。自分の惚れた女性は物で動くような女じゃない、いや、そうあって欲しいという思いが仮説の大部分を占めていたことに、己の弱さを感じる。しかしそれは悪いことではない。秋枝はシュークリームをガソリンにおかずを三品作る女性なのだ。秋枝はシュークリーム1つでそれほど頑張れる女性なのだ。そんな女性に惚れたのだ。

コンビニを出た僕の両手は、秋枝の好きなものでぱんぱんに膨れ上がったレジ袋を握りしめていた。

明日はごちそうだ。


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