第33話・答え合わせの時間

 「うち、参上!」


 それはさながら、今朝見た仮面ライダーのよーにダイナミズムに溢れたポーズで、一体何を狙ってそんなポーズをキメたのかは知らんが、似合わないこと甚だしい…というのも、である。


 「…うわー…ちっさ…でもかわいー…」


 確かに金色の緩くウェーブした髪はどこか大人びた印象を受けるが、根本的に、ちっちゃいのである。どー見ても幼女である。俺から声をかけたら事案確定である。

 つまり。


 「あ、ちょっとなんで逃げるのよ小次郎」


 正宗に止められようが、関わり合いにならないのが一番である。

 だが、隣を通り過ぎようとした時に発せられた、狼狽した声が俺の足を止めた。


 「あ、あああああ………あねうえっっっ??!!」


 今なんつった?

 発言の要旨を確認すべく立ち止まり、シュリーズの横顔を見る。

 視線はタコの滑り台の上に向けられ、見上げる顔の口元は半開きでわなわな震えている。信じられないものを見た、という表情はやや青ざめていて、姉とかいったがそんなに怖いのだろうか。


 「シュリーズ、知り合い?」


 そして危機が去ったという気の緩みなのだろうか、どこか呑気な調子の正宗が声をかけるが、それには答えずシュリーズは叫びとしか言いようのない声をあげた。


 「どうしてあなたがここいるっ!」


 …一昨日あたりからこっち、俺も似たような疑問は何度も抱いているわけだが、最初の一人目にはそんな自覚は無いようで。


 「…どうしても、何も」


 そして滑り台の上から予備動作無しで跳び上がり、ご丁寧に空中で一回転してシュリーズのすぐ目の前に降り立った。


 「姉、参上!」


 それはもうえーから。と、胡散臭いものを見る視線を送ったものの、気にする素振りは無い。というか、姉?


 「え、もしかしてシュリーズのお姉さん?」

 「もしかしなくてもそうだ!…どうして姉上までこっちに来ているのだ!」


 食ってかかるシュリーズからは頭一つ半分くらい、背が低い。というかだな、興味津々という風に声をかけた正宗よりも頭半分は低いから身長で言えば百四十センチかろうじて越えたってところじゃないだろうか。それでシュリーズの姉?とか言われても。


 緩くウェーブした金髪を長く伸ばし、瞳の色はシュリーズと違って見事な碧。金髪碧眼を絵に描いたよーな容貌は紛う方無くシュリーズの身内と判別しえるほどにうつくし…愛らしい。


 鎧と言えるかどうかは分からないが、一見したところ革で出来た上衣は少し大きめで、それがために幼児が背伸びしているよーにしか見えない。なんか年中組が年長組のスモックを無理矢理着ている感が…。


 「てい」

 「あぎゃっ!……いきなり何しやがるこのガキ!」


 ボケーッと勝手なことを考えていたらいきなりスネを蹴り上げられた。あ、いやそんなに強くではないから跳び上がるほど痛いってえわけじゃないが、不意を突かれたのでその分ビックリして余計に痛かったというのはある。


 「大体うちを見て何考えているのかは分かるわよ。どうせチビだの幼女だの考えていたんでしょ~が」

 「いやそりゃあんた見てそう思わない大人がいたらお目にかかりたくないもんだがな。ロリコン呼ばわりはされたくねーし」

 「こ、小次郎…一応姉上は私よりも三つ年上だ。あまり無体なことを言わないで欲しいのだが…」

 「無言で蹴られてニコニコと流したらそれこそ子供への対応だろうが。大人に対する正当な反応だっつーの」

 「その割には『このガキ』とか言っていたわね」


 返す言葉もございません。

 仕方なく、我ながらふて腐れた態ではあったが、「わりぃ」と口にして軽く頭を下げた。


 「…ま、い~けど。それよりシュリ?可愛い妹の危機に駆けつけた姉に対してもう少し何か言うべきことはないの?」

 「う…」


 それで俺への興味は失せたのか、今度はシュリーズに向き直って厳しめな調子で声をかける。下の方から見上げながらだったから、糾弾しているとゆーよりは子供が拗ねているようにしか見えなかったが。


 「…い、いやそれはありがたいと思いますが…それよりもどうして姉上まで門をくぐったのですか!あそこを通ってはもう帰れないと誰よりも姉上が知っているはずではないですか!」

 「だから、可愛い妹が危険な目に遭っていると知って駆けつけてきたんだってば。シュリを追いやったあっちのアホ共には相応の対処をしたうえでね~」

 「あ、姉上…もしや父上にも…?」

 「あったりまえでしょ~。そもそもあのクソ親父がシュリの追放に一番熱心だったのだし」


 おお、何か気が合いそうだ。と、俺は我が家のフーテン親父のことを思い出して内心で勝手に意気投合していたのだが、シュリーズの方は頭を抱えてうずくまっていた。


 「な、なんというか相変わらず姉上は無茶苦茶だ…。リュリェシクァとしての自覚が足りないのではないですか?!大体あなた長女でしょうが!」

 「…シュリ、あなた相変わらず家系を軽んずるようなこと普段言う割には、そ~いうところ保守的よね~。もうとっくにあっちでは竜の娘なんか役割を終えているのに、リュリェシクァだの何だのと、維持したって祀る側のバカ共を喜ばすだけだって、何度も言ったでしょうに」

 「ですが、そう望まれているのは事実でしょう?!それを我らが一方的に誹ったところで何が良くなるというのですか!」

 「シュリ?言葉は正しく使いなさい。うちは誹ったりなどはしていません。正面切って堂々と、反対する意見は実力で叩き潰してきました」

 「姉上のは物理的に叩き潰しているのでしょうが…せめて言葉で諭してください…」


 うーむ、あのシュリーズをして常識的にしてしまうとか、姉の方も違う意味で半端ねーな、話聞いていると。


 「とにかく話は分かりました。来てしまったものは仕方が無い。姉上、何が起きているのかはまた話をするとして、私がこちらで得た知己を紹介させて下さい」


 一連の騒動によるものとは違う疲れを感じさせる表情でシュリーズは立ち上がると、俺と正宗に目配せをして言った。


 「小次郎、正宗。我が姉の、ヴィリヤノルツェ・グリュームネァ・リュリェシクァだ…グリムナと皆は呼ぶので、そう呼んでやって欲しい。姉上、こちらは日高、小次郎殿。私の宿を提供してもらっています。こちらが宮木、正宗嬢。小次郎の隣人です」

 「コジロウと、マサムネね。よろしく。妹が世話になったわ~」


 俺と正宗は、一度目を合わせて頷き合うと揃ってグリムナに軽く頭を下げる。俺は含むところがあったからだが、正宗が黙っていたのはきっと呆気にとられていたからだろう。


 「…さて、紹介が済んだところで話を聞かせてもらいましょうか。一体何があったのですか」

 「それに答えるにはもう一人、参加者が要るわね~。ラチェートゥングゥアリュス、出番よ」

 「……うえぇ、面倒ねえ…。っていってもさあ、わたしだって何がなにやら…マリャシェが見つかったって知らされて駆けつけてみればシュリーズが終の姿になりかけて暴れてただけだし。止めようとしたらグリムナが現れて何をしたのか分かんないけどとにかくシュリーズは元の姿に戻った。それだけね、分かるのは。一体何したのよ。…グリムナ?」


 ラチェッタが話をしているうちに、グリムナは踵を返して一つ所に足を向けていた。その先にあったのは、激突寸前にラチェッタと…シュリーズの変化した竜の間に打ち込まれ、グリムナ自身がシュリーズに撃ち込みをしたデカイ突起状の物体。


 「…姉上、それは…まさか竜の牙まで持ち込んだのですか?!」


 そうしてそれを見たシュリーズが驚愕する。って、竜の牙?


 「そ。これでシュリを元の姿に戻したってわけ。というよりもこれがあるからこそ、リュリェシクァは狂戦士化することが無いとも言えるわけだけれど…」


 グリムナは転がっていたそれを手に取り、軽く振るいながら言う。


 …軽そうに見えるが、大きさはグリムナの背丈を軽く超えている。

 形は、工事現場によく置かれている三角コーンを十個ばかり重ねたような具合で、牙と言われればなんとなく納得出来る形ではあるが、把手というか剣で言えば柄のように見えるところを握っているのを見ても、武器と呼称するにはちっとばかし歪だった。


 「…さて、ラチェートゥングゥアリュス。何か訊きたいことは?」


 そしてそれを無造作に構え、グリムナはラチェッタに向き直る。牙、とやらを突き付けこそしなかったが、舌鋒の向く先は間違い無くマリャシェを丁寧に横たえてゆっくりと立ち上がるラチェッタで、その目つきは剣呑というよりも殺気にすら満ちていた。


 「……それがあって、あんたたちは竜の娘の身を襲う災禍から逃れていた、ですって?そんなもんがあってどうして、リュリェシクァはわたしたちを放っておいたわけ?」

 「結論から先に言えばね、狂戦士化を完全に抑えることは出来ないのよ、これでも。そして竜の牙はリュリェシクァに伝承される器。やっても無駄なことをする理由もないでしょう?」

 「無駄ですって?!あんたは…だから!リュリェシクァの連中は…!」


 傍目に見ればグリムナの言い草は挑発しているようにしか聞こえない。けどラチェッタはそんなことにも気付かずに肩をいからせてグリムナに迫る。


 「………」


 シュリーズがグリムナを守るように僅かに位置を変えている。けどその顔はどこか辛そうであったのは、ラチェッタの叔母への思慕を充分に理解しているからだろうが、それにしても、これこそ無駄な対立であるように俺には思えるのだが。


 「落ち着きなさいな、ラチェートゥングゥアリュス。マリャッスエールスの『始末』に関して主導したのは四女家のラリュトゥリュスでしょ~が。何を考えてそんな真似したのかは教えてくれなかったけど」

 「あンの陰険女が他人にホイホイと腹割って話すわけがねーわよ。まあいいわ。とりあえずあんたがマリャシェに含むことがあったり、竜の娘の長としてやるべきことをやらなかった、ってわけじゃないことだけは、認めてあげる」

 「それはど~も。で、もう一つおかしいと思わなかった?」

 「何がよ!」


 グリムナを空いた手で止めて、グリムナはシュリーズに首を巡らして問う。


 「シュリ。あなた門をくぐったのは自分の意志だったと聞いたけど。間違い無い?」

 「え?あ、ああ。その通りではありますが…それが何か?」

 「どうしてそう思ったか、覚えている?」

 「覚えているも何も、幼き頃よりこの世界より届けられる事物への憧憬があってのことですが。姉上なら承知のことでしょうに」

 「まあね。で、ラチェートゥングゥアリュス。シュリを追いかけてきたのは、何か考えがあってのことと思うけれど。そこんとこど~よ」


 そうなんだよな。確かにこいつらの世界から、数多ある(らしい)平行世界へ行けるのはここだけだとは言っていた。だからと言って何もこんなに集合する必要なんざありゃしないと思うのだが。

 …何か、仕組まれているのか?


 「…だってさ、それは追放だの言ってた連中を締め上げてもハッキリしたことは誰も言ったりはしなかったし…あ、あれ?けど何でわたしシュリーズに拘って…拘ってたのはシュリーズにだっけ?」

 「時系列を整理すると、シュリが最初に、狂戦士を兆した。続いてマリャッスエールス。何故かラリュトゥリュスが主導して、マリャッスエールスをまず異界の門から追放。シュリ?マリャッスエールスがあなたより先に異界の門を越えたって話は聞いた~?」

 「い、いえ…」


 そりゃそーだろな。知ってたら、マリャシェが現れたことにあんなに驚くはずねーし。


 「結構。そして、それを受けてかシュリが望んで異界の門を越える。ラチェートゥングゥアリュス、あんたもマリャッスエールスを追って、門を越えた。一時に竜の娘がこれだけまとまって、禁忌とされた異界の門を、越える。何かがあったとしか、思えないでしょ~が」

 「………」

 「さてここで問題です~。今の登場人物の中で、この一連の流れを意図して運ぶことが出来るのは、誰でしょ~か?はい、シュリ!」

 「え?えーと、えーと…その………もしかして、私?!」


 しらー。


 一座の空気はこんなもん。


 「…おめーなあ、ボケるにもタイミングってもんがあるだろーが」

 「なっ、こ、小次郎?!な、ならお前には分かるというのか!」

 「んなもん一人しかおらんだろ。ラリなんとか、って奴だろ。ここにはいねーみてーだけど」

 「正解~。なかなか冴えてるわね~」


 あんたの妹のおつむがアレなだけだろ、と言いかけて止めておいた。どうもそれが許される相手でもなさそうだしな。


 「さて、ラリュトゥリュスが何を企んでそんな面倒な真似をしたのかは別として…」


 と、何故か俺を涙目で睨むシュリーズを一瞥してから、グリムナは続ける。


 「竜の娘がそこまでしないといけない上に、異界の門の先に存在する奴なんてのは…」


 【そこまで分かっているなら、勿体ぶることもないんじゃないか】

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