竜戦士な居候との平穏な暮らし方
河藤十無
グランドプロローグ
彼はふよふよと漂ううちに、主の背中に触れていた。
「おお、おい……ささ、さささ…寒いのだが……何とかならないのかこれは…っ」
そして主の背中はどうにかこうにか絞り出したと思える言葉通りにガタガタ震え、この世界の季節と呼ばれるものが示す通りの心地よさには程遠い、体温を奪う風の強さと冷たさが苛むままにされていることに対する抗議を言葉と態度の両方で主張しているのだった。
「いや、そうは言ってもな主よ。『あの高い塔の天辺に登ったらさぞかし良い眺めを楽しめるだろうな』と言ったのは自身であるのだが。その希望に従って同道した我に文句を言われても」
「こんなに寒いなどと誰が想像つくかっ!それに折角に訪れた世界なのだからしばし我が身の境遇を忘れて一時の享楽に
一時の享楽が高いところに登りたい、とゆーのは状況を忘れて呑気というか平和というか。
「とにかく眺めが良いのは確認した。この寒さが無ければもう少し長居してもいいところだが、そろそろ身の落ち着き先を確保したい」
「ふむ。まあ我も高い場所は嫌いではないが、あてになるモノが何一つ無い今、悠長に夜景見物をしているわけにもいくまいて。そろそろ降りた方が良かろうな」
実際、光渦巻く下界を睥睨するこの位置よりも高い光はここからは見えない。これまで散々に主が読み散らかしてきた書物の数々に記されていた通り、この町というには些か巨大に過ぎる地で一番高いことは間違いのないところなのだろう。
「さて、言葉の問題は無い。路銀とてこれまでに得た知識でいくらかは調達も可能であろう。ただ、寝床の確保はそう簡単に行くとも思えないのだがな」
「何故だ?路銀さえあれば宿も得られる。宿である以上長く居続けることは出来ないかもしれないが、そこは場所を換えることで続けられるのではないか?」
「そういう問題ではない。主よ、我らは放逐された身だ。それは理解しているな?」
彼の言葉に、背中越しの顔が苦衷に満たされる気配が伝わってきた。
「さればこそ、だ。我らには落ち着く先というものが必要になる。このまま憧れた世界で雑踏に紛れて朽ちるわけにもいくまい?であるなら、生活の基盤というものが必要になる。今までの暮らしを支えてきたものに代わるもの、がな」
彼女の身が固くなったのは寒さに震えてのことだけではなかっただろう。これまで何一つ不自由なく育ってきた世界を失って、寄る辺を自分達の力だけで得なければならない現状の困難を悟ってのことだ。
「それを見つけることが簡単に行くわけがなかろうこと、理解はしていることと思うが…」
「いや、そんなことはないだろう?」
だが、言葉にせずとも得られているだろう同意を確認出来た、と思った彼の言葉はいとも容易に遮られた。
「異世界から紛れ込んだ美少女は、それを助ける勇敢な少年と必ず出会うものなのだ。知っているか?これを『オチモノ』と言ってこの地における定番の一つになっているのだ。だから心配することなど何一つ無い」
むふん、と強風に向かって胸を張る彼女の姿は、根拠の無い自信に満ち溢れていた。いや、すぐに寒風に晒されて縮こまっているところなどは心配にしかならないのだろうが。
「…主が何を読み漁っていたのか失念していた我が不明を恥じるべきところであろうな、これは……」
頭を抱えるべきなのか、頼もしいと追従すべきなのか。気を取り直して風に向き直る横顔を拝すべく彼女の肩の辺りに回り込むと、短い金髪を風になびかせる少女は、じろりと一瞥をくれてきた。
「それにしてもその態は一体どういう意味があるのだ。頼り無いとまでは言わないまでも、およそ私の力を支えるためのものに相応しい姿には到底見えないのだが」
不満を隠そうともしない物言いだった。
「意味も何も、人の声を受け、伝え、その流れを操ろうと願ったならばこのように顕現しただけのことであるが。そういう存在をこの世界で形にしようとしたらこの姿だったのだから、今更我に意見のあろう筈も無い。特に不自然というわけでもなかったであろ?」
「うーむ、そうなのだろうか。それにしてはお前を携えて歩くとすれ違う人に何度も怪訝な目で見送られたような覚えがあるのだが…」
「それは主が見目麗しい美少女だからであろ」
「恥ずかしいから美少女とか言うなっ!」
さっき自分で言ったくせに、余人に指摘されるのは面映ゆいらしい。まあそういうところは何とも、主の愛読書に出てくるヒロインそのものだった。
「まあいい。その形も持って歩く分には都合が良いしな。そろそろ行くとしようか」
彼女はそうぶっきらぼうに告げると、彼の上にある把手を握る。
その視線の先にある夜闇は相変わらず人口の光に満ちた大地で、夜の黒よりも様々な光の方が広いくらいのものだ。
「その前に一つ、訊いておいていいか、主」
「出鼻を挫くヤツだな。寒いから手短にな」
「…記念に一つ覚えておきたいのだがな。この、狭い足場しか頂上に無い鉄の塔は何というのだ?」
「なんだ、知らないのか」
彼女は不敵に笑い、虚空に向かって一歩踏み出す。
「『とうきょうすかいつりー』と言うのだ」
この点だけは故地と同じように、重力に誘われるまま彼女と彼は光に満ちた地上にその身を投げ出していた。
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