第105話 星人

 ここは明の国。その首都北京の皇帝の城、紫禁城。皇帝厚熜は公務をサボり日本へ行っていた為に仕事に追われていた。皇帝は政治は部下に任せて最も大事な仕事と言える子作りに励んでいたりするものだが、彼は生前は勤勉な日本人で時間に正確なパイロットと言う仕事でありその記憶が残っている為に、勤勉な性格が災いしてここでは政治に手を出し未来の記憶を活かしてほぼ独裁とも言える体制で善政を敷いていた。


「盧将軍。兵士の強化はどれ位進んでいる。お前の他に魔力が使えるやつがいたのか。」


「やはり、いませんね。有っても使い物にならないレベルですね。やはり、転生者でないと大きな魔力を持つものはいないのかもしれませんね。」


 そこへ、宰相の厳嵩げんすうがやって来た。


「へ、陛下、い、今大丈夫ですか?はぁ、はぁ・・」


「どうした、そんなに息を切らして。」


「は、走って来たんですよ。私は65歳ですよ、歳ですから当然です。実は、変な言葉を話し、言葉が通じない人間を捕らえました。それが、陛下が信長殿と話す時の言葉と同じような言葉で話していて陛下なら何かお分かりになるのではないかと思いまして。」


「ほぉ。日本語を話していたのか。すぐにここへ連れてこい。」



 田中星人ほしとは何時ものように学校を早退した。彼は、高校生だったのだがあまり真面目な生徒ではなく早退するのが日課だった。たまに最後までいる時は、遅刻してきた時だけだ。しかし、彼が学校を休むことはなかった。彼はあまり人とつるむ方ではなかったが、人が彼の周りに寄って来た。彼の周りから人が絶えることがなかった。理由は彼の人望でもあるのだが、彼を利用しようとする者が集まっているからだった。彼の学校は隣の高校と敵対していたのだが不良グループが彼を利用して敵対する高校を打ち負かし傘下に収めようとしていた。そう、彼は喧嘩が強かった。理由は単に彼が小さい頃から空手をやっていたことと身体がデカかったことによる。

 身長が190cmの彼は最初は別に不良ではなかったが、その見た目から不良グループに目をつけられ頭に担ぎ上げられた。

 実際彼は強く黒帯で一年生の時にインターハイで全国制覇した。しかし、不良グループに担ぎ上げられた頭としての他校との喧嘩が発覚し大会に出場できなくなった。その為、真面目な彼は頭の先から、足元までどっぷりと不良の世界に浸からざるをえない羽目に陥ってしまう。つまり、確かに星人に非は有るものの、その星人を悪の道に走らせたのは杓子定規な大人だった。何も斟酌しない、大人の決めた定規から少しでも逸れればそれは悪だと決めつける。詰まりは自分の思い通りにならないガキはすべて悪だと決めつける大人に対し星人は敵愾心を抱き大人の世界を憎みこの世界を憎んでいた。そんな彼は漠然と遠くへ行きたいとその件以来思っていた。まさかしめしめと舌なめずりをしている異世界の神が見ているとは思いもせずに・・・。


 彼は小さい頃からからかわれていた。星人ほしとが来ると「お、田中星人せいじんが来たとからかう。

 しかし、小さい頃から身体が大きく空手をやっていた為に誰からも虐められること無く、素直に育って来た彼は、からかわれても笑って受け流す度量の広さがあった。たった一度、何時ものように冗談で「田中星人せいじんが来た。」とからかった山根と言う奴が殴られたことがあった。それは彼が空手の大会への出場停止処分を食らった直後で苛ついていた時だった。そんな時でさえ彼は殴った山根に素直に謝った。殴ったと言っても当たる直前で駄目だという意識が働きブレーキを掛けた後のパンチだったが。それでも、山根が気絶するには十分な威力があった。

 しかし、山根は素直に許してくれた。表面上は。


 山根は選民思想が激しく常に俺が一番なんだと他人を蔑んでいた。だから、常に星人の地位を狙っていた。星人は頭になりたくてなったわけではない。やらされているだけだ。それを山根は知っていた。喧嘩しても勝てない。力を示すことも出来ない。だから星人がいなくなることを考えていた。


「山根、本当にやるのか?」


「もちろんだよ。やるよ。僕が一番だと分からせてやる。」


「じゃぁ、俺は撮影だけだぞ。」


「いいよ、僕が負けそうになったら撮影してよ。」


「そんなのは編集でなんとでもなる。何時から負け始めるか分からないから最初から撮影するぞ。で、バット持ってきたのか?」


「僕は野球部じゃないんだからバットなんか持ってないよ。振るのが大変だよ。重いし。だから木刀借りてきたよ。剣道部の部室から。」


「それ、盗んできたんだろ?」


「え、返すから盗んだんじゃないよ。借りてるだけだよ。後、家からナイフ持ってきたから、先ずはこれでぷすっとやって、弱ったところを木刀でボッコボコ。これで僕が普通に勝ってるように見えるでしょ。」


「いや、素手相手に木刀で喧嘩してるのが普通じゃないような気がするんだけどな。」


「何言っちゃってるんだよ、君は。喧嘩にルールなんかないんだから。勝てば良いんだよ。」


「お、来たぞ、上手くやれよ。」


「分かってるよ。これで明日から僕がこの学校の頭だよ。」


 星人は不良仲間が集っている軽音部の部室へ向かうのに授業中ということもあり先生に見つからないように校舎裏を通って部室へと向かうのが常だ。

 その校舎裏を通っていると突然背中が痛くなった。何だ蜂にでも刺されたかと思ったが力が入らなくなり膝を付いた。触ってみるとヌメッとした濡れた感覚が手に感じた。見れば手が赤く染まっている。同時に目の端に誰かが立っているのが見えた。振り向き見れば山根だった。


「山根、どうした?」


 星人はまさか山根がそんな事をするとは思わず、なぜ血が出ているのか最初分からなかった。


「君は明日から入院してれば良いよ。君をボコボコにして僕がこの学校の頭になるよ。」


 山根は両手で木刀を握り構えて近づいて来て、木刀で星人を叩き始めた。いい加減温厚な星人も我慢できなくなった。


「いい加減にしろ!」


 星人は木刀を掴んで一発だけ山根を殴った。


 山根はどこからその自信が出てくるのかと不思議に思うほど痩せていた。その所為でその一発でのされてしまった。


 山根が気絶したのを確認した星人は山根の連れが撮影していたことに気付いていた為、そいつを取り押さえた。


「おい、そのスマホのSDカードよこせ。撮ってただろ。」


「いやだ。強盗だぞ。」


「だったらお前らは殺人犯だろ。消したら返すよ。」


 スマホを受け取りデータを消去して返した。


 山根は意識が戻ったようだ。星人の方を恨めしげに見ていた。


「山根!もうするなよ。今日のことは許してやるから。」


 星人は、腹を刺した山根をパンチ一発で許せる程に心が広かった。山根たちを残し部室へ向かった。途中、石に躓いた。足が上がらなかった。そして倒れた。起き上がろうとするが、起き上がれなかった。背中からは血が溢れ出ていた。

 遠くから救急車のサイレンが近づいて来ていた。


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