第67話 2200年

 西暦2199年はエライザにもエリカにも魔の手は及ぶ事無く過ぎて行った。しかし、その年の美人コンテストで優勝してしまったエライザには、今年確実に来るであろう魔手に対して自殺してでも逃げてしまいたい思いがあった。

 そして、コンテストで2位だったのがエリカだった。これで二人の大奥入りは確定し、ドラフト会議に掛けられる可能性さえ出てきた。


 そして、年が明け西暦2200年、二人は三年に進級した。


「エライザ、どうする来週かも知れない。来月かも知れない。明日来たらどうしよう。」エリカは泣きそうな顔で不安を吐露する。


「エリカ、逃げようか。アメリカに。父の故郷だから匿ってもらえるかもしれない。犯罪人引渡条約にも批准してないし。」


 エライザは提案する。しかし、例え条約に批准していなくても今の中国に引き渡せと脅しを掛けられれば、それを断れる国は存在しない。断れば過酷な経済制裁が待っていると共に受けている融資の全額を強引に返済させられてしまう。出来なければそれを理由に侵攻を開始してしまう。だから、アメリカと言えど、中国に引き渡せと言われればFBIが全力で犯人を捕らえ中国に引き渡す事になる。それをエライザは知らない。


「分かった。逃げよう。今日どうするか具体的な方法を見つけよう。それで明日密航しよう。」


 現在の日本は中国によりネットに大規模な制限が掛けられ外国の情報はほとんど見ることが出来ない。そして、海外への渡航も禁止されている。企業は必要な情報は入るもののそれでもかなりの制限を受けている。


 因みに、北海道や旧ロシア領であった積丹半島等は中国に占領された後、朝鮮人民共和国へと譲渡された。朝鮮半島に最早二つの国は存在せず嘗て北朝鮮であった国のみが存在していた。しかし、その実態は大中華帝国朝鮮省と言えるものであった。


「エリカ、ネットで調べたけど何もわからない。」


「駄目だよ、エライザ。ネットは共産党によってすべて監視されてるから。特に私達は監視されてるかも。」


「でも調べる方法が無いよ。」


 二人は途方に暮れていた調べる方法も無ければ海外へ渡航する方法もないここは最早日本ではなく中国であり、警官もほぼ中国人がその職に就いている。国家公務員なのだから中国人以外は慣れないとの事だ。ただ、地方公務員である下級の警察官には今まで警察官であった者がお情けでその職に就いている状況だ。勿論、警察官は国の権威によって成立つ職業であり警察官と言う職業についている以上中国政府に逆らうなどあり得ない。だから、二人が警察官に頼ることも出来ないし、違法なのは中国人の要請を蹴って逃亡を図る二人であり、実際に逃亡すれば二人は逃亡犯であり犯罪者であると言える。


「エライザ、とにかく港行ってみて漁船探す?」


「でも漁船で大丈夫?」


「遠洋漁業の船なら外国へも行けるはずでしょ。」


「アメリカの大使館へ駆け込むのは?」


「普通は亡命になるよね。でも、エライザ、中国に脅されればアメリカは直ぐに引き渡すんじゃないかな。関係が悪化するより二人を見捨てた方が良いし。」


「そうだよね。嘗ての強いアメリカはすでにないよね。」


『これから名前を言われたものは校長室へ来なさい。田中エライザ、増田エリカの二名、直ちに職員室へ来なさい。拒否する事は法により禁止されています。』恐れていた校内放送だった。これが、明日なら何とか逃げられたかもしれない、それがよりにもよって逃げようとした前日に行われるとは、二人は目に涙を浮かべて悔しがる。もしかすれば、ネット検索での不審な行動が検知され今日の招集になったのかも知れない。

 二人は最早逃げられないと諦め校長室へと向かった。


 校長室へ到着するとエライザが校長室のドアをノックした。


「どうぞ。はいりなさい。」


 中から声がしたのでドアを開け二人は中へ入った。中へ入ると校長以外にソファーに高級そうな淡いグレーのスーツを身にまとい銀縁のメガネを掛けた鋭い目つきをした神経質で潔癖そうな印象を受ける男と、小太りの濃いグレーのスーツを着た愚鈍そうな男がかいた汗を拭きながら座っていた。二人は目つきの鋭い男を知っている。何度かテレビで見た事がある市長だ。


 テレビの放送は政府がらみの放送がなされる場合、全てのチャンネルがその放送に切り替わる。かつての自由な放送は過去のもので、娯楽は放送されるもののかなり減っている。というのも一日の内の大半が政府関係の洗脳放送だからだ。日本人はこうでなければならないという、中国政府の日本人に対しての要求が放送され日本人はその要求に合うように洗脳されていく。


 市長は鋭い目つきで二人を上から下までじっくりと嘗め回し、評価するように見ていく。


「(中国語)ここで服を脱ぎなさい。」


 隣の男が通訳する。小太りの男は通訳だったようだ。


「いやです。」涙目のエライザが答える。


「(中国語)駄目だ、脱げ。」


 市長が鋭い目つきで片方の口角を上げ暗い笑顔を見せながら命令する。


 日本人には中国人に逆らうことは出来ない。犯罪者ならともかく相手は市長だ。たとえかつては犯罪であった行為さえも現在では適法行為でありそれを拒めば違法である。


 二人は目から涙をこぼしながら服を脱いでいく。しかし、上だけ脱いだところで脱ぐのを止めた。市長の顔が引きつる。


「(中国語)全部だ。」市長は我儘な性格を隠しもせずに怒りをそのまま掃き出し怒鳴る。


 二人は助けを求めるように校長を見たが校長も暗いほほえみを浮かべながら期待に胸を膨らませているようだ。膨らませているのは胸か何か分かったものではないが。この表情からすれば校長は毎年このおこぼれともいえる喜びを市長と共に味わっていたのだろう。


 とうとう、観念した二人は下も脱ぎ始めた。


「犬に見られたと思えばなんてことないわ。」負けん気の強いエライザがエリカに小声で言って励ました。


「そうだね。」エリカもエライザの目を見てうなずく。


 二人のスタイルの良い裸身が校長室にさらされた。エリカもエライザほどの豊満さは無いものの二人は片親が外国人であり足が長くスタイルが良い。


「(中国語)良し。服を着て良いぞ。校長、両方とも無主物先占だ。」


 そう校長に告げると市長は服を着た二人を自分のリムジンまで連れて行き、リムジンに乗せて運転手に出発するように命令した。

 リムジンはロールスロイスをエクステンドした後部に向かい合わせで6人乗れるタイプだ。豪奢な室内は中国の豊かさを物語っていた。二人は車内で飲み物を勧められ、泣いたためか喉が渇いており出された飲み物を飲み干した。


 市長の自宅へ着くと二人は直ぐに市長の寝室へと案内された。その寝室は市長の別宅と言える大奥内にある寝室であった。


「服脱げ。」


 市長は簡単な日本語で二人に命令する。二人が拒んでいると、市長の凶暴さが顔を出しエライザの頬を平手打ちした。エライザはその平手打ちの強烈さで床へ倒されてしまった。その反応に市長の嗜虐性が刺激されたのか、市長はエリカを放ってエライザに跨り両手でエライザの両方の頬を平手で打ち続けた。


 エリカはこのままではいつかエライザもエリカも殺されてしまう。止めなければと周りを見回すと花瓶が目に入った。重そうな花瓶だ。でもここで相手を殺しても殺さなくても、ここから逃げ出せたとしても、中国人に反抗した罪は重く日本中が犯罪者として二人を追い詰めるだろう。諦めよう。仕方がない。とエリカは思った。


 しかし、エリカの体は花瓶を抱えていた。

 そして、花瓶で市長を殴っていた。


 市長は、頭から血を流し体中が小刻みに痙攣し口から泡を吹き目を見開いていたが、次第に動きが収まり力尽き死んでしまった。


「エライザ、逃げよう。」


「だけど、どうやって。」


 二人は泣きながらどうするか相談するが一向に話がまとまらない。


「取り敢えず、ここを出よう。」


 寝室の窓は嵌め殺しになっていた。割ろうとするがガラスは割れなかった。防弾ガラスでも使っているのかも知れない。

 二人は、トイレの窓からの脱出を試みる為にトイレに向かった。しかし、トイレの窓には鉄格子が嵌まっており脱出できない。今までも逃げ出そうとする者がいたのだろう。その為の対策なのだろう。

 次に玄関に向かった。

 玄関まで来ると鍵がかかっていて開けられない。外からも中からも鍵を使わないと開けられない仕組みになっているようだ。


「だったら、2階は窓が開くんじゃないの。」エリカが提案する。


 2階へ行き確認するがやはり窓は嵌め殺しのようだ。隣の部屋へ行くと女性がいた。


「ここから出るにはどうしたらいいんですか。」エリカがその女性に尋ねた。


「ここからは誰も逃げられない。まるでホテルカリフォルニアだよ。」


 女性は既に人生をあきらめたような顔をしている。どこかで見た事が有る顔だ。そうだ、この人は去年連れて行かれた同じ高校の一学年上の先輩だ、たしか南原さんだという事にエリカは気付いた。


「私、市長を殺したんです。」


「本当?でも逃げられないよ。ここを出られたとしても、日本を出ることは出来ないよ。たとえ日本を出られたとしても中国人を手に掛けたら世界中が捕まえようと躍起になって追いかけるよ。もう、何処へも行けないよ。行くだけ無駄だよ。この世界は中国人のものだよ。中国人に逆らっちゃ生きてけないよ。この世界じゃない世界なら、良いんだろうけど。そんなものはないよ。」


 南原梨乃はここで中国人に洗脳されたのか、日本中が洗脳されているのか。エリカさえも洗脳されているのか、中国には逆らえないと思い始めていた。いや、既に思っていたのかも知れない。最早逃げる事も敵わない。


 すると、そこへ騒ぎを聞きつけたのか中国人の警備が建物の中へ入って来て二人に対して銃を向けようとしている。二人は逃げ出した。部屋の外へ出て廊下を走る。すると数発の銃撃音がしてエリカは体が熱くなり倒れた。隣を見るとエライザも倒れていた。エライザは即死だった様で既に死んでいるようだ。目に光が無い。


「こんな世界嫌だ・・・」


 そう呟くとエリカの命も尽きた。


 そして、エリカは現在、ここ西暦1545年の日本にいる。中国は未だあれほどの力はない。今ここで、中国を何とかしないとあの嫌な世界がこの世界の未来でも起こるかもしれない。そんな未来が来ない為にも今住んでいるこの世界のを変えたい。そして、もし願いが叶うなら元いた世界へと戻り元の世界を、どうにもならない世界を変えて私を殺したその世界に復讐したい。もし戻れて帰蝶の力があれば願いが叶うかも知れない。そうエリカは考えていた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る