第42話 膝枕

 滝川一益は、駿府城内の牢屋へと引き立てられた。


御調おしらべがあるまではここに入ってろ。」


 兵士はそう言って一益を牢に投獄し去って行った。一益はまず状況を把握するために周りを見回した。すると、なぜか、というかそれが目的だが小さい高貴な服を着た見るからに大名の御曹司風の子供が女性を膝枕にして寝ている。目的の吉法師を見つけた後はいかにして牢を破るかだ。今ここで仲間であることを吉法師に教える事も出来るが人物が織田の御曹司だけに牢の中に密偵が紛れ込んでいる可能性もある。又は、囚人が待遇を良くしてもらう為に密告する可能性も高い。外に出るまでは秘密にしておいた方が良い。少なくとも夜中までは大人しくしておくべきだ。ただ鍵を確認して一益は座り、目を閉じて鍵の開け方を模索し始めた。


「お前はここに入ってろ。」


 兵士の声がする。新しい囚人が入ってきたようで、目を開けてみた。するとさっきまで一緒にいた妻木が捕らわれているではないか。驚いてじっと見ていると目的の吉法師と同じ房に入れられている。多分女性と子供だという事で同じ房に入れられたのだろう、まさか味方だとは思わずに。すると、妻木が一益を見て手を上げにコリとほほ笑んで来る。しかし、仲間だと知られるのは不味いと思い目を閉じ寝たふりをする。一益は思案する、妻木まで牢獄にいれた理由を。まさか面白いという理由で妻木まで牢獄に入れたとは思わない。一益は都合良く考えた。これは妻木ともう一人の女性と三人で吉法師を救い出せという事だな。妻木ともう一人の女は補佐だな。多分妻木は俺のと同じ銃を持っているのだろう。これで助けだせる可能性も高まるというものだ。しかし、火縄銃が日本に輸入されたとはいえ、それは大きくしかも簡単に当たるものではないらしい。また、一発撃つごとに弾を込め直す必要がある。更に、弾を込める時間もかかるという噂だ。にも拘らず預けられた銃は12発も一々弾を込める必要もなく撃てるし狙ったところに正確に弾が飛ぶ。更に12発撃った後も弾を込めるのもあっという間らしい。こんな武器を多量に持っている織田の軍事力は現時点では最強ではないのか、織田に味方すれば、ここで吉法師を救い出せば俺の未来は開ける。まぁ救い出せなければ吉法師ともども殺されて俺の人生はお仕舞なのだろうがと一益は考えながら暫くの眠りについた。


 一方、吉法師は相も変わらず珠の膝を枕にのんびりと天井を見たり珠のおっぱいを揉んだりして過ごしていた。勿論帰蝶には内緒だぞと釘を刺し、恐ろしい帰蝶の反感を買わない様にすることも忘れない。


「お前はここに入ってろ。」


 という兵士の声で牢の扉が開けられ女が入って来た。よく見ると妻木であった。助けに来たのか、とも思ったが単に捕らわれただけの気がするのだが。なぜか別の牢の方を向き手を上げて微笑んでいる。


「どうした、妻木、助けに来たのか。誰に挨拶してるんだ。」


「吉法師様御無事でしたか。帰蝶様も心配されておりました。」


「そうか泣いていなかったか?」


「いえ、ずっと大笑いで私を苛めてました。」


「そうか、二人きりでは大変だったな。」


 吉法師様は優しいと感じ、これまでの仕打ちを考え涙が出て来る妻木であった。


「はっ、そうでした。これ銃です。持ってきました。」


「そうか、これで脱出するか。」


「それと先程挨拶した者は帰蝶様の部下になりました。なんでも忍者だという事で牢を脱獄できます。その後吉法師様を脱出させ抱えてこの城を逃げ出します。彼もいざという時の為に銃を渡してます。」


「どのタイプの銃だ?」


「これと同じ自動拳銃と言ってましたが・・」


「は?フルオートマチックか。ちゃんとセレクターの使い方教えたんだろうな。フルオートにしたら一瞬で全部の弾が出てしまうぞ。しかも狙いを付けても反動でほぼ当たらないぞ。」


「どうでしょう、帰蝶様は相手が失敗するのを喜ぶキライがあるので、敢えて教えなかったのかも知れません。今頃は失敗するのを想像して大笑いされてることかと。『ひー、今頃失敗してるよ、ひーっ、こ、殺さないで―、た、助けて―!』とか言ってるかもしれません。」


「あり得るな。性格ドSだからな。俺がいない所ではそんな風に大笑いしてるのか、珠?」


「はい、吉法師様の前では猫を被っている方です。」


「そうか。驚くほどの事ではないな、予想通りだと言ったところだな。所詮蝮の娘だしな。」


「はい、まさに蝮の娘という性格ですね。」


「夜まで待つか。妻木、膝枕させろ。ずっと珠ばかりだったから疲れてるだろ。」


「いえ、そんなことはありません。ずっと私の膝枕にいてください。」


「いや、疲れてるだろ。妻木の膝枕にするよ。」


「は!そう言って妻木の胸を揉むのでしょ。」


「気にするな。ほら、妻木、膝枕だ。」


「はい、若様。」


「おっ、柔らかさが良い具合だぞ。」


「胸を揉まないでください。お触りも禁止です。そんなことをさせたのがバレればまた虐められます。」


「大丈夫だ、誰も居ないぞ。」


「あそこに、帰蝶様の部下がいます。告げ口されますよ。」


一益がじっと吉法師と妻木のやり取りを見ていた。


「そうか、仕方がない。」


「珠、膝枕してくれ。」


「はい!こちらへ。」


 珠は微笑み、大いに喜んでいる。どうやら、吉法師に優しくされたことで惚れたようだ。


「珠、吉法師様にあまりに好きにさせると飽きられますよ。帰蝶様も怖いし。」


「大丈夫。耐えられます。耐えて見せます。」


 そんな、こんなで夜になり、そして夜は更けていった。見張りの兵士が小休止でいなくなった。


「おい、そこの男。帰蝶の部下のお前だ。」


 吉法師は別の牢にいる一益に小声で問い掛ける。


「四半刻後に、見張りの兵士が交代時間でいなくなり暫く戻って来ない。だから兵士がいなくなったら牢を開けろ、脱出するぞ。」


「分かった、待ってろよ。家康様。」


 直ぐに居なくなった兵士が戻って来た。次にこの兵士がいなくなるのが行動開始の合図だ。


 そして、四半刻後(三十分後)兵士が去って行った。




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