第40話 駿府旅行 十一 (牢獄生活)

 牢獄の中は陽が射さず暗く薄ら寒く、黴臭い匂いが漂い湿気っていて陰鬱な気分にさせて行く。打開策が見えない現状が陰鬱さを加速させていっているようだ。

 吉法師はたま太腿ふとももを枕にし、考え事をするともなしに牢獄の天井を見つめていた。


 種は蒔いた。後は芽を出し花が咲いて実を付ければ刈り取るだけだ。問題は芽を出すか否かに掛かっている。あと一つの問題は首輪の外し方と帰蝶の魔法を無効化した原因が分からない事だ。この原因は同じだろうから問題としてはひとつだろう。今川は帰蝶を人質にすると考えている。帰蝶は捕まらないだろう。暫くは迂遠な事を続けるだだろうから数日か若しくはそれ以上時間が稼げるはずだ。その間に珠と二人の牢獄生活を楽しみながら解決策を見出そう。


 一方、帰蝶は徳願寺山と梵天山の中間辺りの森の中に車を隠し潜伏していた。食料も水も未だ豊富にある。銃があるので食料が尽きればそのあたりに出没する猪や熊を捕まえればいくらでも隠れていられる。車の屋根には風呂もある。快適だ。

 しかしいつまでも隠れている訳にはいかない。早急に吉法師を助け出す必要がある。助け出さないと吉法師が、いては尾張が大変な憂き目にあうかも知れない。

 しかし、帰蝶の思考はに行き詰っていた。敵兵に対して魔法が使えなかった。しかし、首輪の魔封じの魔道具を使われていた吉法師とは違い帰蝶は魔法自体を封じられている訳ではなかった。車は重力魔法で動かせた。しかし、敵兵に対しての魔法が無効化された。それも何らかの魔道具が原因だと思える。あの首輪、そして魔道具。どう考えても信行が生きているのだろう。あのとき確かに殺した。いや、殺したと思っただけかもしれない。理由は分からないが、確かに生きている。信行の使った魔道具が分からない以上、吉法師を助けに行っても魔法が使えず、吉法師と共に捕らえられてしまうかも知れない。そうなれば信行の能力を封じる事が出来ない以上尾張は敵の手に落ちるだろう。信行は今川を生ける傀儡として自分の手足のように使っているはずだ。狙うは尾張だ。今川の戦力を持って尾張を、織田を攻めるつもりだろう。ただ、史実と違い今の織田は既に強大になっている。何処の軍隊にも負けない武器がある。しかし、吉法師を捕まえればその武器と同等以上の武器を得ることが出来、自国の戦力を強化した上で攻め込むことが出来る。珠を人質として武器を作らせるのだろう。吉法師の事だから珠を助ける為に武器を作る。あーだこーだと言いながらも助ける為に武器を作るだろう。時間を掛ければ掛けるだけ不利になる。帰蝶は鬱蒼と茂った森の中の開けた場所でお風呂に入りながら解決法を模索している最中だった。


「妻木、ご飯できた?」


「もう直ぐです。」


「ご飯食べたら偵察に行くわよ。車はここに残して、服をどこかで調達して村娘とその母親という設定で行くわよ。野菜かなんかを持って行商という形が良いわね。」


「私が母親ですか?七つしか年齢は違いませんよ。」


「じゃ、姉という設定で良いわよ。川沿いのお寺の近くに村があったでしょ。そこで服を調達するの。あなたが。」


「私がですか?見つかれば裸にされて強姦されるかもしれません。帰蝶様が魔法でちょちょいと盗んでくだされば宜しいではないですか。」


「それじゃ面白くないでしょ。偶には楽しませなさい。」


 ドSな帰蝶であった。


 食事を済ませると帰蝶と妻木は重力魔法で歩くことなく山の麓まで降りると記憶を頼りに村を探しながら歩いた。


 程なくして村が見つかった。洗濯物でも干してあればそれを盗むつもりだ。村を一回りすると洗濯物が干してあるのが見つかった。大人用と子供用がある。


「妻木、あれを盗んできなさい。」


「帰蝶様が魔法でやってください。」


「駄目に決まってるじゃない。ちゃんと代わりの新しい服を置いて来るのよ。」


「見つかったら?」


「見つかったら笑ってあげるわよ。早く行きなさい。」


 妻木は涙目を堪えながら、いざとなれば帰蝶は助けてくれるだろうか、性格のきつい帰蝶の事だ、無理かも知れないと考え悲壮な顔をしながら洗濯物へと向かった。


 近くまで来た。家の中に誰か居るようだ。足音を忍ばせ洗濯物に近づく。音を立てない様に代わりの新しい服を置き、慎重に洗濯物の服を物干し竿から取り外していく。


「ドロボー!」


 その時叫ぶ声がした。


 妻木は声に驚き、未だ物干し竿から取り外す途中の洗濯物を物干し竿と共に落とした。ドサッという小さくはない音が辺りが静かなために周りによく聞こえ、その音に妻木は慌てふためき持ち上げようとした竿を更に落とした。


「この泥棒がぁ!」音を聞きつけた怒りの住人が出て来た。住人は体の大きな若い男だ。妻木は姫に仕えているために綺麗で上等な格好をしており顔も美しい。その為男は目をぎらつかせて妻木を追いかけ始める。それに驚いた妻木は必死の形相で逃げ始めた。


 一方、それを見ていた帰蝶は慌てふためくどころか大笑いで腹を抱えていた。勿論、ドロボーと叫んだのは帰蝶だ。


「ひーっ、ひーっ、こ、殺さないで!わ、私を笑わせて殺すつもりなの?ひーっ、死ぬ。は、早く逃げて、妻木、逃げないと、襲われるわよぉー、ひーっ、死ぬぅ、もう駄目。」


 笑いで死にそうになりながら帰蝶は住人と妻木の追いかけっこをお腹を押さえながら見ていた。目を閉じ余りの腹筋崩壊しそうな状況に笑いで苦しくなり涙目になった帰蝶が再度目を開けると、妻木は住人に捕まっていて服を脱がされそうになっていた。

 もう追いかけっこも終わったと帰蝶は残念がり、電撃を猛り狂っている男に放った。男は下半身を露出させたまま仰向けに倒れ痙攣していた。もちろんその横で電撃のあおりを食らった妻木も仰向けに倒れ痙攣していた。それを見た帰蝶が大笑いしてたのは言うまでもない。


「ひ―、ひーっ、何で、どうして、二人で仰向けで倒れてるの?男は丸出しだし、妻木も見えてるわよ。二人で踊ってるように痙攣してるし。ヒー、ヒー、ひーっ、殺す気?私を殺す気でしょ。殺人未遂よ、ひー、ひーっ、ふーぅっ、ふーつ、や、やっと収まったわ。」


 笑いが収まったドSな帰蝶は二人の側へ近づくと男に向かって言った。


「ごめんなさい。私達服が欲しくて。大丈夫?喋れる?」


「な、なんとかな?もしかしたら、この痺れは、お前様は鬼嫁様か?」


「失礼な。ただの嫁よ。あなたの妻とお子さんの服でしょ?売って頂戴。新しい高級な服とお金を上げるわよ。但し、今川には黙っておいて。もし話したらさっきの電撃の強烈バージョンをお見舞いするわよ。一発昇天間違いなしよ。」


「いや、俺はどこにも使えていない。今川にも仕えていないぞ。ただ、鬼嫁様の話を聞いて仕えてみたいと思っていたんだ。凄い武器も持っているという話も聞いた。」


「誰に聞いたの?」


「あー、松平家に知り合いがいてな。」


「あなたいくつよ。」


「十九歳だ。俺は甲賀で生まれたんだ。役に立つぞ。」


「十九歳?見えないわね。だったら、私を手伝って、信用出来たら雇うわよ。主人が。」


「お前の主人は、吉法師様だろ。」


「な、なぜ?」


「珍しい鉄砲という武器が最近日本に入り始めた、しかし、それ以上の武器を持っている者がいるという。そして、それは吉法師だという話は公然の秘密で知る人ぞ知るという事だな。鬼嫁様がそれを持っているという事は鬼嫁様は帰蝶様だという事だな。」


「なぜ、そんなに詳しいのよ。」


「だって、俺忍者だぜ。」


「え?忍者?うわぁー、初めて見た!ねぇ、ドロンして、ドロン。」


「何だよドロンって。」


「私の故郷では忍者には『どろん』と言って消える技があるのよ。両手の人差し指を立て、左手の人差し指を右手で掴んで『どろん』と言って消えるのよ。」


「そ、それは、凄い技だな。俺は使えないぞ。」


「そのうち教えるわよ。宴会の最後に使うのよ。」


「そうか、教えてくれ。ただ、俺は帰蝶様に仕えたいぞ。」


「主人に仕えた方が後々幸せよ。ま、取敢えず、信用出来たら私が雇うわよ。」


「よし。わかった。これからどうするんだ。」


「ダーリンを助けに行くの。駿府城に捕まってるのよ。」


「お、駿府城か。俺は中に詳しいぞ。」


「本当?ところであなたの名前は。」


「俺の名前は滝川一益だ。よろしくな。」




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