第3話


 土くれの中から、布につつまれた重みのある何かを掘り出す。

 それが何であるかは、明白だった。北東の凍土を掘り返した指先は、爪があちこちはがれ、醜く無残に赤いもので汚れていた。

 それでも、そんなのはどうでもよかった。

 あたし……いえ、、その子のなきがらをかきいだいて慟哭した。


 ユウジン様は、冷たくなってしまったあの子とわたくしを一緒に抱いて、声もなく泣いておられた。

 大事な家族。二人の大切な、大切な子。


 やがて、土色をした獣のような生き物たちが、津波のように真っ黒な群れになってわたくしたちを襲い。

 剣を抜き放ったあなたは、ユウジン様は。

 最後まで果敢に奴らに立ち向かい、

 わたくしとあの子をかばって、そして──。


『生きよ、キリアカイ。私とその子の分まで、生きてくれ』。


『そしてどうか……幸せに』──。


(どうしてなの……?)


 わたくしが、このわたくしが。

 あなた様のいない世界で、どうして幸せになれましょう……?





「キラちゃん! キラちゃんっ……!」


 遠くで、ユウジン様の声がする。


「しっかりして、キラちゃん! 目をあけて……!」


 でも。

 あなたはどうして、わたくしをそんな風にお呼びになるの?

 このわたくしの名を、もうお忘れになってしまったの……?


 薄く目を開けると、そこに見知らぬ青年の顔があった。けれどわたくしは知っていた。その方が本当は、どなたであらせられるのかを。

 体じゅうがひどく痛くて、どこも動かすことができない。

 きっと手足の骨は砕かれ、内臓もあちこちが破れてしまっているのだろう。

 わたくしは仕方なく、目だけでその方のほうを追った。


「……さ、ま」


 ろくに声はでなかった。それどころか、呼吸をするのさえままならなかった。

 痛みのために、呻き声さえあげられない。

 けれど、わたくしは必死に呼びかけた。


 やっと、逢えた。

 やっとあなた様に逢えたのだもの。


 どうにか持ち上げた自分の手が目に入って、奇妙な違和感を覚える。

 どうしてわたくしの手は、こんなに小さくなってしまったのかしら。これではまるで、いたいけな子供のようではないの。

 だけどやっぱり、今も赤いもので汚れているのね。


 ……そう。

 わたくしは大いにけがれている。あなた様をうしなってから、これまでいくつの罪なき命をほふったことか。

 あなた様とあの子を喪い、それで気のふれてしまった女帝として、どれほどの民を苦しめたか。

 命乞いをする貧しい民たち。わたくしを裏切った腹黒い臣下たち。そんな者たちを次々と、わたくしのこの手は燃やした。

 つまらない失敗をして、泣きながら震えていた側仕えの女たちが、絹を裂くような断末魔をあげて蒸発するのを、笑いながら見ていたわ。


 だけど。

 どんなに殺しても、殺しても。

 この心は飽き足りなかった。

 あなた様を喪ったことで生まれた大きなうろが、埋まることなどなかったわ。


 このような手で、清らかなあなた様に触れることは許されますまい。

 そんなことは、わかっているの。

 ……でも。


 短くて小さなその手を必死にのばして、わたくしはユウジン様の服をつかんだ。


「ユウ、ジン……さま」

「え……」


 ユウジン様の目が見開かれる。

 呆然と、わたくしの顔を見下ろしておられる。

 と、その時だった。


「……やれやれ。面倒なことになっちまったね」


 つやめいた、やわらかな女の声がした。

 ユウジン様がはっと振り向く。向こう側に、紫の髪をした見覚えのある女が立っていた。

 ただし服装は、ユウジン様と同様にあまり見たことのないものだったけれど。


(ああ……この女は)


 知っている。

 この女には、会っている。

 確かあの、少し風変わりな魔王様の──。


 そこですうっと、わたくしの意識は遠のいた。





 気がつくと、あたしは知らない部屋のベッドに寝かされていた。

 すぐそばで、あたしの手をにぎっている人がいる。青白い顔をして、とても心配そうな目をした人。

 あたしの大、大、大好きな──


(ユウ、お兄ちゃん……)


 あたし、どうしたのかしら。

 お兄ちゃんと花火大会を見に行って。ちょっと高いところにある公園のすべり台の上にのぼって。

 ……それから?

 ああ、なんだか頭の中がもやもやして、うまく思い出すことができない。

 と、温かい手がそうっとあたしの頬にふれた。


「キラちゃん──」

「……にい、ちゃ……」


 くちびるがぱりぱりして、のども舌もはりあわされたみたいに固くて、うまく声が出せない。


「大丈夫? どこか、痛いところはない……?」


 お兄ちゃんの大きな手が、すごく優しくあたしの頭をなでてくれてる。

 うれしくって、ぽわぽわと胸のところがあたたかくなって、あたしの目が急にぶわっと熱くなった。

 熱いしずくが目のはしっこからあふれだし、次々に耳のほうへ落ちていく。

 お兄ちゃんがあわてたような声になった。


「あ。大丈夫? やっぱりまだ、どこか痛い?」

「うう……ん。だいじょ、ぶ……」


 声がかすれて、うまくしゃべれない。でもあたしは、一生けんめいお兄ちゃんにうなずいて見せた。

 お兄ちゃんはほっとしたみたいな目になって、大きくほうっと息をついた。


「良かった……。本当に、どうなることかと思ったんだよ」


 お兄ちゃんがそう言ったときだった。

 かちゃりとドアの開く音がして、だれかが部屋に入ってきた。


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