第3話
土くれの中から、布につつまれた重みのある何かを掘り出す。
それが何であるかは、明白だった。北東の凍土を掘り返した指先は、爪があちこちはがれ、醜く無残に赤いもので汚れていた。
それでも、そんなのはどうでもよかった。
あたし……いえ、わたくしは、その子のなきがらをかき
ユウジン様は、冷たくなってしまったあの子とわたくしを一緒に抱いて、声もなく泣いておられた。
大事な家族。二人の大切な、大切な子。
やがて、土色をした獣のような生き物たちが、津波のように真っ黒な群れになってわたくしたちを襲い。
剣を抜き放ったあなたは、ユウジン様は。
最後まで果敢に奴らに立ち向かい、
わたくしとあの子を
『生きよ、キリアカイ。私とその子の分まで、生きてくれ』。
『そしてどうか……幸せに』──。
(どうしてなの……?)
わたくしが、このわたくしが。
あなた様のいない世界で、どうして幸せになれましょう……?
◆
「キラちゃん! キラちゃんっ……!」
遠くで、ユウジン様の声がする。
「しっかりして、キラちゃん! 目をあけて……!」
でも。
あなたはどうして、わたくしをそんな風にお呼びになるの?
このわたくしの名を、もうお忘れになってしまったの……?
薄く目を開けると、そこに見知らぬ青年の顔があった。けれどわたくしは知っていた。その方が本当は、どなたであらせられるのかを。
体じゅうがひどく痛くて、どこも動かすことができない。
きっと手足の骨は砕かれ、内臓もあちこちが破れてしまっているのだろう。
わたくしは仕方なく、目だけでその方のほうを追った。
「……さ、ま」
ろくに声はでなかった。それどころか、呼吸をするのさえままならなかった。
痛みのために、呻き声さえあげられない。
けれど、わたくしは必死に呼びかけた。
やっと、逢えた。
やっとあなた様に逢えたのだもの。
どうにか持ち上げた自分の手が目に入って、奇妙な違和感を覚える。
どうしてわたくしの手は、こんなに小さくなってしまったのかしら。これではまるで、いたいけな子供のようではないの。
だけどやっぱり、今も赤いもので汚れているのね。
……そう。
わたくしは大いに
あなた様とあの子を喪い、それで気のふれてしまった女帝として、どれほどの民を苦しめたか。
命乞いをする貧しい民たち。わたくしを裏切った腹黒い臣下たち。そんな者たちを次々と、わたくしのこの手は燃やした。
つまらない失敗をして、泣きながら震えていた側仕えの女たちが、絹を裂くような断末魔をあげて蒸発するのを、笑いながら見ていたわ。
だけど。
どんなに殺しても、殺しても。
この心は飽き足りなかった。
あなた様を喪ったことで生まれた大きな
このような手で、清らかなあなた様に触れることは許されますまい。
そんなことは、わかっているの。
……でも。
短くて小さなその手を必死にのばして、わたくしはユウジン様の服をつかんだ。
「ユウ、ジン……さま」
「え……」
ユウジン様の目が見開かれる。
呆然と、わたくしの顔を見下ろしておられる。
と、その時だった。
「……やれやれ。面倒なことになっちまったね」
ユウジン様がはっと振り向く。向こう側に、紫の髪をした見覚えのある女が立っていた。
ただし服装は、ユウジン様と同様にあまり見たことのないものだったけれど。
(ああ……この女は)
知っている。
この女には、会っている。
確かあの、少し風変わりな魔王様の──。
そこですうっと、わたくしの意識は遠のいた。
◆
気がつくと、あたしは知らない部屋のベッドに寝かされていた。
すぐそばで、あたしの手をにぎっている人がいる。青白い顔をして、とても心配そうな目をした人。
あたしの大、大、大好きな──
(ユウ、お兄ちゃん……)
あたし、どうしたのかしら。
お兄ちゃんと花火大会を見に行って。ちょっと高いところにある公園のすべり台の上にのぼって。
……それから?
ああ、なんだか頭の中がもやもやして、うまく思い出すことができない。
と、温かい手がそうっとあたしの頬にふれた。
「キラちゃん──」
「……にい、ちゃ……」
くちびるがぱりぱりして、のども舌もはりあわされたみたいに固くて、うまく声が出せない。
「大丈夫? どこか、痛いところはない……?」
お兄ちゃんの大きな手が、すごく優しくあたしの頭をなでてくれてる。
うれしくって、ぽわぽわと胸のところがあたたかくなって、あたしの目が急にぶわっと熱くなった。
熱いしずくが目のはしっこからあふれだし、次々に耳のほうへ落ちていく。
お兄ちゃんがあわてたような声になった。
「あ。大丈夫? やっぱりまだ、どこか痛い?」
「うう……ん。だいじょ、ぶ……」
声がかすれて、うまくしゃべれない。でもあたしは、一生けんめいお兄ちゃんにうなずいて見せた。
お兄ちゃんはほっとしたみたいな目になって、大きくほうっと息をついた。
「良かった……。本当に、どうなることかと思ったんだよ」
お兄ちゃんがそう言ったときだった。
かちゃりとドアの開く音がして、だれかが部屋に入ってきた。
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