鈴の音と頁をめくる音
キム
鈴の音と頁をめくる音
ここはバーチャル空間・
ラノベ読みにしてバーチャルユーチューバーである本山らのは、本を読んでいた。
ぺらり。
ぺらり。
本山以外に誰もいないここには、彼女の息遣いと頁をめくる音だけが聞こえる。
そんな日常的なひとときを過ごしているときのことだった。
――りりん。
気のせいだろうか。何か、鈴の音のようなものが聞こえた気がする。本山以外に誰も居ないはずのこの空間で。
この神社には本山の許可があれば入ってくることはできるが、今日は誰ともコラボ配信の約束はしていなかったはず。
本山は不思議に思い、読んでいた本を閉じて立ち上がろうとする。が……。
ぐらり。
足に力が入らずに倒れこんでしまう。
足が痺れたのだろうかと思い、今度は手をついて立ち上がろうとするが全身に力が入らない。
――りりん。
――りりん。
先ほどの鈴の音が頭の中に響き続ける。
そして本山はそのまま深い眠りについていった。
* * *
次に本山が目を覚ますと、見知らぬ場所でベッドに寝ていた。
目だけを動かして辺りを見ると、どうやらここはシンプルな洋室のようで、ベージュ色の壁やピンク色のカーテンに汚れなどはひとつも見当たらない。それでいてどこか人の営みを感じられるのは、足の短いテーブルや小型の冷蔵庫、本棚などがあるせいだろう。
(ここもバーチャル空間、なのでしょうか……?)
本山はベッドから起き上がろうとして手首の違和感に気づいた。
カチャリ。
両の手首に冷たい金属質の物体が触れている感覚がある。視線を下げると、手錠がかけられていた。
(なんでしょう。これではまるで誘拐のような)
なんとか肩と肘を使って起き上がり、ベッドの淵に腰を掛ける。
まだ寝起きでぼうっとする頭で部屋を見渡す。
(はて。このお部屋、どこかで見たことがあるような……?)
そう思いながら記憶を探っているときだった。
「目が覚めましたか」
声の方に視線を向けると、何者かがドアを開けて部屋に入ってきた。狐の被り物をしていて、声も機械的に変えているようで、男性とも女性とも判別ができない。
「あなた、誰ですか?」
本山は警戒心をむき出しにしながら尋ねると、その何者かは仰々しく答える。
「これはこれは、失礼しました。私の名は……そうですね。ライト・ノ・ベル、とでも名乗っておきましょうか」
ライト・ノ・ベル。その名前はライトノベルが大好きな本山を
「ライト・ノ・ベル……ふざけた名前ですね。あなたの目的はなんですか」
「目的ですか。それはまだ言えませんが……そうですね。本山らのさん、とりあえずあなたにやって欲しいことがひとつあります」
「やって欲しいこと?」
ええ、と答えてライト・ノ・ベルがポケットから取り出したのは、いくつかのカプセル剤だった。
ライト・ノ・ベルはそれをテーブルの上にばらばらっと無造作に置くと、冷蔵庫から透明な液体の入ったペットボトルを取り出す。
「その薬を飲んでください」
「は? いやいや、そんな怪しいもの飲めるわけないじゃないですか」
見知らぬところに連れられて、手錠をかけられて、さらには薬を飲めと言われる。どんなお人好しでも、この状況ではい喜んでと言って飲む人はいないだろう。
「飲みたくないなら、私が無理やり飲ませてもいいんですよ」
ライト・ノ・ベルはそう言いながらペットボトルのキャップを外す。被り物をしているため表情はわからないが、威圧的な態度を感じる。恐らく本気だろう。
「……わかりました」
ここで抵抗をしても無駄だと思い、素直に指示に従う。
テーブルに置かれた薬を一錠手に取り、口の中に放る。
それを見たライト・ノ・ベルがペットボトルを本山に手渡してくる。
「安心してください。これはただの水です」
そんなことを言われると逆に不安になるが、口に含んだ液体はバーチャルコンビニでよく購入するミネラルウォーターと同じものであるように感じられた。
薬をごくりと嚥下すると、直ぐに体に異変が起きた。
「んっ、くっ……これは、一体……?」
全身に言い様のないむず痒さが走る。
身を
「ふふふっ。それでは本山さん、また後で会いましょう」
――りりん。
ライト・ノ・ベルはポケットから取り出した鈴のひとつ鳴らすと、部屋から出て行く。
(私は、どうなるのですか……?)
鈴の音に導かれ、本山の意識は深く沈んでいった。
* * *
部屋を出たライト・ノ・ベルは、扉の向こうで眠る本山に向けてつぶやく。
「ごめんね、らのちゃん。苦しいだろうけど、ちょっとだけ我慢してください。そしたら私と……」
その声色には、先ほどまで本山を威圧していた雰囲気は微塵も感じられなかった。
「さてと、私も準備しなくちゃ」
そう言ってライト・ノ・ベルは部屋の前から立ち去っていった。
* * *
再び本山が目を覚ますと、先ほどまでと同じ部屋にいた。しかし今度はご丁寧にベッドの上で寝ているのではなく、床に寝転がる形となっていた。
目の前にはペットボトルが倒れていて、中身が辺りに
(そうだ、私は薬を飲んで、それで……)
手元を見ると手首が手錠から解放されていた。しかし鍵を外されたような様子はなく、まるで手が小さくなって手錠が意味をなさなくなったように見えた。
そこまで考えて、本山は自分の体を見下ろす。
着ていた服はぶかぶかになり、眼鏡はサイズが合っていないようにずり落ちてしまった。
(目が覚めたら体が縮んでいた、ってやつですか)
自身の体が小学生低学年並みに小さくなっていることに対してあまり驚かなかったのは、このような展開を漫画やライトノベルで読んだことがあるからだった。
こうなった原因は十中八九、先ほど飲んだ薬が原因だろう。
(鈴の音。そして神社に入ることができるライト・ノ・ベル。彼、いえ、彼女の正体は……)
段々と冴えてきた頭で今までの状況を整理すると、一人の人物が思い浮かんだ。
「目が覚めましたか?」
ついさっき聞いたものと全く同じ台詞を再び耳にする。
しかし先ほどは違い、声の主が被り物をせず変声機も使用していなかった。
「やはりあなたでしたか。
名前を呼ばれて優しく笑ったのは、ばーちゃるらのべ読み司書の軽野鈴だった。本山は以前、彼女とコラボ配信をしたことがある。そのときに神社への出入りを許可したことがあるので、いつでも羅野神社に入ってくることができたのだ。
先ほどは目覚めたばかりで気づかなかったが、よく見ればこの部屋はいつも軽野鈴が配信をするときに使用している部屋だった。
「とりあえずこれをどうぞ。子供サイズの眼鏡とお洋服です」
そう言って差し出された眼鏡と服は、今の本山の体のサイズにぴったりと合いそうなものだった。
本山は用意された眼鏡を着用する。くっきりと辺りが見えるため、度がしっかりと合っていることがわかる。
続いて服を受け取る。デフォルメされた狐がプリントされている女児用のショーツを
「突然こんなことをしてしまってごめんなさい。驚きましたよね……?」
床に溢れていた水を拭き取っていた軽野が、申し訳なさそうに本山を見上げる。
「いえ。まあ確かに驚きはしま
本山は軽野のことを信頼しているため、怒ったりはしていなかった。むしろ、自分が好きな女児の姿になったことに面白さすら感じている。
「そうだ。らのちゃん、薬を飲む前に言ってましたよね? 目的はなんだ、って。それはですね……これです」
そう言って軽野は本棚から一冊のライトノベルを取り出して、テーブルの上に置いた。
本山の記憶では、その作品はいわゆる年の差ラブコメな作品だったはず。ただし、主人公もヒロインも女性という百合作品で、しかも社会人と小学生という組み合わせなため少し話題にもなった。ネットでは『これがフィクションでなければ同性とは言え事案だった』とまで評価されていたのを覚えている。
「幼女になったらのちゃんとやることと言ったら、ひとつしかありません」
軽野はにこりと笑い、本山に提案をする。
「一緒に本を読みましょう」
そう言うや否や、軽野は本山の後ろに回り込むと本山の脇に手を入れてひょいと持ち上げた。
「わっ、軽い。たかいたかーい」
そしてその場に軽野が座り、膝の上に本山を乗せる形となる。
「ああー、らのちゃんの体温あったかい。やっぱり子供だと体温が少し高いんですねえ」
後ろから軽野にぎゅっと抱きつかれてびっくりしたが、小さくなったこの体が軽野鈴という大人の女性に包まれているのだとしっかりと感じられ、段々と心地よくなってくる。
「さて、では本を読みますか。流石に全文朗読するのはキツいので第一章だけにしたいと思います。私が地の文と社会人の女性の台詞を読んでいくので、小学生の子の台詞が出てきたららのちゃんにお願いしますね」
「わかりま
先ほどから喋るたびに気になっていたが、幼児化した影響により本山の喋り方は舌ったらずになっていた。
「あ、あー……あえいうえおあお。鈴ちゃんすみません、ちょっと女児化の影響で
小さくなった本山が申し訳なさそうに言うと、軽野はとんでもないと首を横に振る。
「もう、それがいいんですよ。そんなロリらのちゃんと、こうして本を読みたかったんです。ああ、幼女と本を読むというのはいいものですね」
そういえば、軽野は幼い女の子が好きだという話を以前耳にしたことがあることを思い出した。
「……そうですね」
本山のその言葉を同意と受け取り、軽野は声に出して本を読み始めた。
* * *
「ふう、お疲れ様でした」
「はい、おつかれさまでした」
普通に本を読むのとは違い朗読は喋りながら本を読むため、二人とも喉が渇ききっていた。
軽野は本山を膝の上から下ろし冷蔵庫から新しいミネラルウォーターを取り出すと、二口ほど飲んでからそれを本山にどうぞ、と渡す。
「んくっ、んくっ、んくっ。ぷは」
「お、らのちゃんいい飲みっぷりー」
「えへへ。のどが乾いちゃいました」
配信で朗読することはあるが、女児化した体ではやはり勝手が違った。思っていた以上に喉が渇いて疲れていた。
「ところで、どうやったら元の姿に戻るのでしょうか?」
「それについては問題ありません。そろそろ元の体に戻り始めると思います」
軽野がそう言うと、体の節々がむず痒くなってくる。
「あ、服は先に着替えておいた方がいいですよ。大きくなった時にぱっつんぱっつんになっちゃいますからね」
わかりました、と答えると本山は身に
最後に掛け慣れた丸眼鏡を鼻に乗せると、少しずつ体が大きくなっていく。やがて成長が止まった腕や脚を動かしてみたが、特に問題はなさそうだった。
* * *
「凄いですね、このお薬」
本山はテーブルの上に残されていた薬を手にとって眺めてみるが、ただの風邪薬のようにしか見えなかった。
幼児服やら本やらを片付け終えた軽野が、その意見に同意する。
「そうですね。バーチャルドラッグストアで見つけた時は半信半疑でしたけど、買ってみて良かったなって思います」
さて、と軽野は改めて本山に向き直る。
「今日はこんなことに付き合ってくれてありがとうございます。とってもステキな時間を過ごせました」
軽野が幸せそうに礼を言うと、本山は
「いえいえ、お構いなく。ところで鈴ちゃん」
「……? なんでしょう?」
「本山にも幼女好きの
そう言って本山が軽野へ差し出した手には、カプセル剤が乗せられていた。
「えっ? あ、いや……私はいいですよ。そんな、私が小さくなっても面白くないし」
「まあまあまあ、そんなことは仰らずに。飲みたくないなら、私が無理やり飲ませてもいいんですよ。そうですね、例えば……」
そう言ってカプセルをはむっ口に咥える。
――口移しで、とか。
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