ワタル-1
砂をはたきながら立ち上がり、刀を握り直す。レベルが62となり、俺の
こうして《魔桜》を構えてみての体感だが、たとえるなら長い物干し竿を持たされているような感覚だ。まだ思うように振り回せる域ではない。ただでさえ、俺は剣術に関してド素人。
そんな俺でも、刀を鋭く扱う唯一の方法がある。
《スキル》だ。
スキルの最大の利点は、単純な威力よりも《自動操縦》にある。
スキル発動の瞬間、俺の体は俺のかわりに、この世界を司るシステムが操縦する。俺の体は“全自動”で動き、設定されたアクションを寸分狂わず、精密機械の如くなぞる。
即ち、スキル発動中に限り、俺はこの重い刀を苦もなく、達人のように扱うことができる。
「【一閃】」
正確にスキル名を発音すれば、脳内に一瞬、銀器を打ち鳴らすような快音が駆け抜けて、SPをいくらか消費するのと引き換えに、俺の体は高速で駆動する。
刀を頭上でひらりと回し、力強い踏み込みと共に目にも留まらぬ水平斬り。一メートルほど前方へ滑走し、刀を突き出した格好で《自動操縦》から解放された俺の背後で、ライトエフェクトの尾が、ヒヒの腹回りに横一文字の光芒を引く。
「【一閃】! 【一閃】!」
自分では再現しようのない刀さばきで、ヒヒの巨体を次から次に斬り伏せていく快感は筆舌に尽くしがたい。SP消費に伴い、息が切れるほどの疲労感、消耗感が襲うが、今はそれすら気にならない。
「す……すげぇ、全部一撃で」
「何者なんだ、この子……」
ヒヒの巨体が粉々に砕け、光の粒子が降りしきる戦場に、男たちのため息が溶ける。あと一匹――終わらせるべく【一閃】を発動しかけた俺の目の前で、最後のヒヒが、白目を剥いて仰け反った。
足を止め、眉を寄せる。俺が斬るまでもなく、ヒヒのライフがひとりでに減少し、今、ゼロになったのだ。背中に走った深い刀傷から無数の赤いダメージエフェクトを噴き出しながら、ヒヒは断末魔を上げて爆散した。開けた視界の先に、剣を構えた一人の男が立っている。
その男と目があった瞬間、声を失った。彼があまりに美しかったからだ。
シミひとつない白い肌。プラチナゴールドの髪に、金色の瞳。現実離れしたその色彩が、むしろ彼のためにあるとしか思えないほどしっくりくる。ホストを思わせる高級そうな黒いスーツの上から、風になびく長い白衣を羽織っていた。
「遅くなりました」
ニコリと微笑む美青年に、待ってましたとばかりに歓声が上がる。あっという間に彼を中心とした人だかりができる中、青年はそれを手で制して俺の方に近づいてきた。
「ありがとう。君がいなければ、死人がでていたところでした」
「いえ、たまたま通りがかっただけで……あなたは?」
握った金色のロングソードを腰の鞘に納めると、青年は軽く頭を下げ、耳を疑うような素性を明かした。
「僕はワタル。この町に駐在している、アルカディアの研究員です」
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