復讐オンライン〜地球が滅亡したのでゲームの世界に移住したけど、デスゲームになりました〜

旭 晴人

プロローグ

『Kentさんから果たし状が届きました』


 機械的なアナウンスと共に、目の前に光の窓が現れた。


『フリーバトルの挑戦を受けますか?』


 半透明で、厚さのないシステムウィンドウ。薄氷のようなそれに人差し指を這わせ、YESを選択すると同時、大量の光が弾けた。


 乱立する電子音と無数のポリゴン。瞬く間に俺と、決闘フリーバトルを申し込んできた友人を、青い硝子ガラスしつらえたような巨大半球ドームが包み込む。


「今日は勝つ」


 腰に差した得物を引き抜くと、俺は視界左上に表示された満タンのHPゲージを確認し、鼻息荒く抜き身の短剣を構えた。


 触れるだけでぱっくり指が裂けそうな、銀色のダガーナイフ。初めて握ったときはとても人に向ける度胸など持てなかったが、今となってはなんの躊躇ためらいもない。どうせ、当たっても痛くないし。


「うん、勝てるといいね」


 対戦相手で俺の唯一の友人、ケントは、両手剣を肩に担いで聖人のように微笑んだ。容姿編集アバターエディットで染めた金髪がこれほど映える顔の日本人は、そうはいまい。


「そのムカつく顔、今日こそ歪めてやる」


 向かい合う俺とケントの中間で、『Fight!』の文字列が踊った。俺は既に地を蹴り飛ばし、矢のごとくケントへ突貫していた。吠える俺の突き出したダガーが、先手必勝、ケントの端正な顔に肉薄する。



 その十五秒後、HPをゼロまで削られた俺の肉体アバターは粉々に爆散した。



***


 通常、この世界で死んだ場合は、最終チェックポイント(大抵の場合、直前に眠ったベッドの上)で復活リスボーンすることになる。


 だが《フリーバトル》に敗れた場合はその限りでない。勝敗が決した瞬間、硝子のように砕けて消えるドームの中心で、即座に肉体アバターが復元される。本来支払わなければならないデスペナルティもない。


 蘇生エフェクトである柔らかな緑色の光に包まれ、俺は何食わぬ顔で復活した。一度死んでから再び復活するまでの僅かな間はいつも、意識はあるのに体はない、という不思議な感覚におちいる。


「今日は惜しかったね、セツナ」


 開口一番ケントは苦笑いを浮かべて俺を労った。肩に置かれた手を邪険に振り払ってそっぽを向く。


「どこがだ、一撃も入れられないで」


 一陣の突風が吹いた。薄汚れた都会とは比べ物にならない、美味い空気を全身に浴びると、やさぐれた気分も和らいでいく。


 太陽の温もりもこの空気も、風に揺れる草木の奏でる爽やかな音も、街の活気も。


 俺が五感で感じているもの全てが、仮想--脳がハードから受け取った擬似情報であると、いまだに信じられない。


 ここは、仮装世界《ユートピア》。第二の、地球。


 俺たちがいるのは街外れの丘の上だ。フリーバトルフィールドは半径二十メートルというサイズでありながら、外部からのあらゆる侵入を許さないため、下手な場所での対戦は大迷惑となる。滅多に人のこないこの丘は、お気に入りの遊び場だった。


 並んで、柔らかな芝生のベッドに体を横たえる。向こうでは外に寝転がる場所なんてなかったから、ただこうしているだけでさえ、十分に楽しい。


 ケントが「そういえば」と口を開いたのは、少し経ってからだろうか。


「もう一ヶ月か。なんか、あっと言う間だね。……地球は、今ごろどうなってるんだろ」


 そうか。滅びを向かえた地球から逃避し、この世界に人類が意識を移住させてから、今日で丁度一ヶ月が経つというのだ。メニュー画面の時計表示を見ても、実感がわかない。


 あの日から、俺たち、いや、人類の生活は一変した。


 人口のほとんどを失いながらも、システムに統治され、全てがお膳立てされた完全無欠の平和の中で、学校にいくことも、働く必要もなく、毎日こうして凶器を振り回して遊んでいる。


 それが今の俺たちの日常。


「一ヶ月……もう、そんなに経つか」


 人類の全てが終わり、そして再び始まった日の記憶を、俺はぼんやり回顧し始めた。

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