異世界裏稼業 ウルチシェンス・ドミヌス(1)「桃色の髪の少女」

烏川 ハル

第一話 偶然の再会

   

 四つの大陸に分かれたこの世界には、伝説がある。


 はるか昔。

 風・土・水・火をつかさどる四人の魔王が、それぞれ四大大陸を一つずつ蹂躙していたという。

 人々は、魔王の率いるモンスターに怯えながら暮らしており、その様子を嘆いた神々が、異世界から四人の勇者を召喚した。

 四人の勇者は協力して四大魔王を討ち滅ぼし、世界から魔王の脅威は消えた。魔王の庇護がなくなり弱体化したモンスターたちは、人間に飼い慣らされるレベルにまで落ちぶれた。


 しかし。

 それでも世界に、恒久的な平和は訪れなかった。

 人間と魔物との戦いが終わって、しばらくの後。今度は、人間同士の争いが勃発したからだ。

 そうした人間たちの世界に失望して、神々はお隠れになった、と言われている。それまで人々は、神々から借り受けた『魔法』を使いこなしていたが、神々が人間を見放したことで『魔法』を使える者の数も激減したらしい。


 そして。

 いくつもの『国』が世界中に乱立した。世界の国々は、分裂や統合を繰り返し、時の流れの中で、ある程度の数に収束していった。

 やがて。

 国家間の小規模な争いは続きながらも、それぞれの『国』の中だけの、仮初めの平和が訪れる。


 この物語は、そんな時代の地方都市を舞台とした物語……。


――――――――――――


 その日。

 騎士寮の自室で目覚めたピペタ・ピペトは、ぼうっとした寝起きの頭で、半ば無意識のうちに、壁に貼ってあるカレンダーを確認した。

 今日は、宴の月の第八、月陰の日。つまり、月日としては十番目の月の、八番目の日であり、一週間の中では最初の曜日だ。

「ああ、そうか。今日は休みじゃないか。だったら、こんなに朝早く起きるのではなかった……」

 彼は、いきなり後悔した。たまの休日くらい、たっぷり眠っておくべきだった、と思ったのだ。

 この世界の人々は、普通、太陽の日――一週間のうち七番目の曜日――に仕事を休む。しかし、街の警吏であるピペタは「太陽の日だから」という理由で休むことは出来ない。犯罪者は、曜日に関わらず悪事を為すからだ。

 実際、昨日もピペタは、平日と同じように街の見回りをしていた。その代わりというわけではないが、今日は、あらかじめ決められた非番の日だったのだ。

「さて、どうするか」

 本当に疲れが溜まっているのであれば、肉体からだが睡眠を要求するのかもしれない。しかし、そこまで眠いとも感じなかった。ピペタは二度寝が苦手なタイプで、一度はっきりと目覚めてしまうと、完全に眠気が消えてしまう。極端な話、夜中にトイレに起きた後、ベッドに戻ってもなかなか寝つけない、ということもあるくらいだ。

 とりあえずは、朝食だ。

 そう考えたピペタは、さっさと着替えて、騎士寮の食堂に向かった。


 朝の食堂は混雑していた。

 それもそうだろう。ピペタは、いつも通りの時間に起床したのだ。当然、非番ではない大多数の騎士たちが、仕事の前という今の時間帯に、ここで一斉に食事をしている。

 カウンターで受け取った朝食をトレイに載せたピペタは、食堂全体を見渡した。座る席がない、というほどではないが、ピペタとしては、出来るだけ誰からも離れた席に座りたいと思っていた。

 しかし。

「ピペタ隊長!」

 耳慣れた声に呼ばれて、そちらに視線を向ける。

「どうぞ、こちらへ! ここ、ちょうど私の前がいています!」

 ピペタの部下である女性騎士、ラヴィだった。

 この世界では、伝説の四人の勇者にちなんで、何でも四人一組のユニットを結成することが多い。街の警吏である騎士隊も、四人で一小隊という編成になっていた。

 だから小隊長であるピペタには、三人の部下がいることになる。その一人がラヴィであり、ショートの金髪が似合う、すっきりとした顔立ちの女性だ。引き締まった体つきで、胸は豊かとは言えないが、それでも若い女性特有の色気が漂っている、と日頃からピペタは感じていた。彼女は性格も明るいので、男性騎士の間で、密かな人気があるらしい。

 女性騎士のための寮は、建物自体は男性の騎士寮とは別棟になっているが、女性騎士の人数自体が少ないために、建物の規模は小さい。だから専用の食堂もなく、女性騎士も男性寮の食堂を利用することになっていた。

 おそらく「せっかくだからラヴィと一緒に食事したい」という男性騎士もたくさんいるだろうに、わざわざ私を呼ぶとは……。ピペタはそう思ったが、声をかけられた以上は無視も出来ず、彼女の前の席へと向かう。

「おはよう、ラヴィ」

 ピペタが腰を下ろすと、ラヴィも挨拶を返す。

「おはようございます。ピペタ隊長は、今日は非番のはずですよね? それでも、いつもと同じ時間帯に起きるのですから、さすがですね! 私なんて、休みの日は、いつも昼まで眠っちゃって……」

「若いうちは、それが当然だろう。私も、君くらいの年齢の頃は同じだったよ」

「そうなんですか?」

「ああ、仕事の疲れが溜まっていたからね。当時は、力の抜きどころを知らなかったので、そのせいもあるだろうな」

 若い頃を思い出しながら、ピペタは答える。

「一日中、気を使い過ぎて、体力も無駄に浪費して……。もう今は、そんなこともない。悪く言えば、いい加減に仕事をするようになった、ということかもしれないが……」

「『いい加減』だなんて、そんな……。私たち部下から見たら、ピペタ隊長は、しっかりし過ぎているくらいです。ピペタ隊長の勤勉ぶりは、私が保証しますよ」

「まあ、そう見えるならば、良いのだがね。君も、頑張り過ぎない程度に、頑張ってくれたまえ」

「はい、頑張ります! ……といっても今日は、ピペタ隊長がお休みなので、我が小隊の残り三人は、予備員として詰所で待機するだけですけど」

「ああ、だから今日みたいな日は、無理しないことだ。詰所を自分の部屋だと思って、のんびり過ごしたまえ」

 ラヴィは「うん、うん」と頷きながら、真剣な目つきでピペタの話を聞いている。

 ピペタとしては、真面目なアドバイスなどではなく、あくまでも軽い世間話のつもりだった。一緒に食事しているのに無言というわけにもいかないから、ただ適当に言葉を返しているだけだ。

 しかし、はたから見れば、全く別の印象になるらしい。

「おい、あれって……」

「彼女も大変だな。朝から、隊長の相手とは……」

「あの隊長、酷いやつだな。せめて食事の時くらい、彼女を一人にしてやれよ」

「これだから、王都から来たエリートは……」

「しっ! 聞こえるぞ。声を落とせ」

 近くを通る騎士たちの悪口が、ピペタの耳に入った。

 どうやら、上司権限を振りかざして部下の若い女性と同席している、と思われているようだ。実際には、ピペタの方が呼ばれて、この席に来たのに……。

「まあ、仕方ないか」

「ピペタ隊長? 何か言いましたか?」

「いや、何でもない。忘れてくれ」

 ピペタは心の中だけで呟いたつもりだったが、小さく声に出てしまったらしい。


 ピペタ自身、騎士寮の中で自分が浮いた存在であることは理解していた。

 まず、年齢からして違う。騎士寮の面々は、ピペタより十以上若い連中ばかり。二枚目半と言っても構わない程度にはハンサムなピペタだが、残念ながら、頭が少し薄い。同年代の男たちと比べても、明らかに毛髪の量が少ないくらいだ。そのせいか、年下からは、実際以上に老けて見えるようだった。

 それに、この施設は、地方都市サウザを守る『都市警備騎士団』のための寮だ。もちろんピペタも、現在は都市警備騎士として、サウザで警吏の仕事をしている。だが彼の正式な所属は『都市警備騎士団』ではなく『王都守護騎士団』であり、王都の警吏だった。そこから一時的に派遣されてきている、というのが彼の身分なのだ。

 簡単に言えば、国家の役人が、地方の役人の中に混じっているという話だ。だから寮内の騎士たちから見れば、ピペタは『エリート』であり、やっかみの対象にもなるようだった。

 通常、王都守護騎士団から派遣されてくる騎士は、都市警備騎士団では大隊長クラスのポジションを得る。ここで数年勤務した後、王都に戻って高い地位に就くのが普通だった。例えばピペタの上司のウォルシュも、王都守護騎士団からの派遣組であり、出世コースに乗った人間だ。

 ピペタのように、地方都市で『小隊長』程度の職しかもらえないことは、まずありえない。しかしピペタの場合、通常の出世コースからは外れた『左遷』だったため、現在の状況なのだが……。

 寮にいる若い騎士たちにとっては、ピペタも、お偉いさん同様の『エリート』に見えてしまうのだろう。


 朝食を済ませたピペタは、街に出ることにした。

 以前、非番の日に、やることがないからと詰所に顔を出したら、部下たちに嫌な顔をされたことがある。その時も、ラヴィだけは、ニコニコと笑顔で対応してくれたのだが……。

 他の二人は、

「四人一緒では、いつもと同じですね」

「見回りに出歩かない分、いつもほど疲れませんけどね」

 と冗談口調でありながら、その表情は「せっかく若い三人で楽しくやっているのだから、邪魔しないでもらいたい」と訴えているようにも見えたのだ。

 その反省を踏まえた上での、今日の行動だった。


 ここ地方都市サウザは、北の大陸の南部に位置している。

 北の大陸は、勇者伝説の時代には、火の魔王が猛威を振るっていたという。対抗して火の神も、特に北の大陸の人々に重点的に力を貸していたらしい。真偽のほどは定かではないが、少なくとも、語り継がれる伝説では、そのようになっていた。

 その名残なごりなのだろうか、北の大陸は、他の三つの大陸よりも気候が暖かいことで有名だ。宴の月ともなれば、季節は秋。そろそろ冬の寒さも考えるのが普通だが、ここ北の大陸だけは、そんな心配をする必要もないくらいだ。

「街をぶらつくには、適度な陽気だな」

 目的もなく歩き始めたピペタは、独り言と共に、なぜか無意味に気分が良くなった。

 冷静に考えるならば、仕事で街を見回るのと、あまり変わりがない。ただ、部下と一緒かどうか、というだけの違いだ。だが、他人と連れ立って行動するよりも一人を好むピペタにとって、この差は大きいのかもしれない。

「……そうだ!」

 突然、彼は閃いた。ただ適当に散歩するのではなく、一応の目的地を思いついたのだ。

 せっかく自由に動き回れる休日なのだから、受け持ちの区域とは別の場所へ行ってみよう、というアイデアだった。


 ピペタの小隊は、都市警備騎士団の中でも南部大隊に属するために、街の見回りをする際は、南側の一部の区画を担当している。プライベートな用事で街に出る時も、ついつい慣れた地域に足が向くため、サウザの北側には足を踏み入れたことすらなかった。

 この街の北側は、比較的貧乏な庶民が暮らす地域だ、という話をピペタは聞いていた。その実態を自分の目で見てみるのも、何かの役に立つかもしれない。その程度の考えで、北まで来てみたのだが……。

「なるほど、こんな感じなのか……」

 通りの両側の建物からして、見慣れた南の地域とは異なる感じだった。貧乏な庶民が暮らしているであろう、安い長屋のような家屋が多い。

 漂う空気自体も違うように思えたが、それでも、かつて見た王都の貧民街ほど悲惨な雰囲気でもない。もちろん「まだマシ」という比較の話であって、この辺りが、いわばサウザの貧民街なのだろう。

 ピペタは、騎士鎧に身を固めた自分の姿を、とても場違いに感じた。この区域を担当する警吏もいるはずだが、見回りに歩いている騎士なんて、まだ一人も見かけていない。すれ違う人々も、彼の姿に対して好奇の目を向けているような気がする。

「ここでも、私は『浮いている』のか……」

 今朝の食堂での陰口を思い出して、自嘲気味に呟くピペタ。

 まるで人々の視線から逃げるように、ピペタは大通りから外れて、人の少ない裏通りへと入ってみた。

「これは……」

 一応は、庶民のための繁華街なのかもしれない。貧しい人々が、貧しいなりに楽しむための区域なのだろう。

 表通りから少し曲がっただけで、家屋は減り、代わりに、安酒場のような店が建ち並んでいたのだ。もちろん、まだ午前中であり、酒を飲むための店は営業していない。夜はさかり場として賑わうのだとしても、今は閑散としている。

 そんな中、一軒の本屋が、彼の目に入った。

「本か。久しぶりに、何か読んでみるか」

 ピペタ自身には、特に書物を好むという嗜好はない。だが王都にいた頃、知り合いの女占い師が非常に本好きだったため、彼女に影響されてピペタも、少しは読書をするようになっていた。

 王都からサウザに移って以来、そんな『影響』も忘れて、しばらく本など読んでいなかったのだが……。

「こんな形で、あの女のことを思い出すとはな」

 自分の口から出た独り言を聞いて、ピペタは苦笑する。

 彼女は、年齢不詳の占い師だった。ピペタが左遷されるきっかけになった事件に彼女も関連しており、彼女は彼女で、王都に居づらくなっていた。だから彼女は、逃げるように王都から立ち去ったのだが……。

「もう、二度と会うこともないだろう。どこかで、元気でやっているといいが」

 そんな言葉を口にしながら、ピペタは本屋へ入っていく。


 この人たちは、どんな仕事をしている連中なのだろうか。ピペタは、少し不思議に思った。平日なのに、本屋の中は客が多く、結構混雑していたからだ。

「失礼」

 突っ立っていたら、行き交う客の一人と、肩がぶつかってしまった。一応ピペタが謝罪の言葉を口にしたのに、相手は、何も言わずにギロリと睨むだけで、足早に去っていく。

「まあ、貧民街の本屋だ。ガラの悪い連中が多いのも仕方あるまい」

 そう言って、ピペタは自分を納得させる。ピペタ自身は、心の中だけで呟いたつもりだったが、小さく声に出てしまっていた。周りの客が、不快な視線をピペタに向ける。

 さすがに、これは失言だろう。ピペタは、非は自分にあると反省し、場所を移動することにした。

 そして。

「ここは人気ひとけが少ないな。人気にんきのない本ばかりなのか?」

 誰もいない、落ち着けそうなところを見つけた。棚に並ぶ本を見る限り、歴史書のコーナーのようだ。

 ピペタの記憶によれば、読書家だった女占い師は、特に歴史に関する本を好んでいたはず。だからピペタは、本好きならば皆歴史に興味あるのかと思っていた。その意味では、本屋で歴史書のコーナーがいているというのは、ピペタには意外だった。

 書棚に並んだ本のタイトルを見ていくと、一冊の本が目に留まった。『風の大陸の伝説』という本だ。

 風の大陸というのは、おそらく東の大陸のことだ。勇者伝説の時代には、そう呼ばれていたはず。ならばこの本には、勇者伝説の時代の話が書かれているのだろう。

「いかにも、あいつが好みそうな本だなあ」

 ふと、呟いたように。

 王都時代の友人だった女占い師は、特に、勇者伝説にまつわる書物を収集していた。この場に彼女がいれば、喜んで購入していたに違いない。

 そう思って、何気なく『風の大陸の伝説』に手を伸ばしたところ、別の人間の手にぶつかってしまった。

 いつのまにか、このコーナーにピペタ以外の客が来ており、ちょうど同じタイミングで、同じ本を取ろうとしたようだ。

「失礼しました!」

 若い女性の声だった。

 弾かれたように、ピペタは、その声の主に視線を向ける。

 つばの広いとんがり帽子も、ゆったりとしたローブも黒一色。勇者伝説に出てくる攻撃魔法の使い手を思わせるような、特徴的な服装だった。

 左右に垂らしたブルネットの三つ編みがよく似合う、丸っこい顔立ちで、パッと見た感じは二十歳くらいなのだが……。

 彼女の顔を見て、ピペタは叫んでしまった。

「あっ! お前は……!」

 ピペタが驚いたのも無理はない。

 この女性こそ、つい先ほど彼が思い出していた女占い師、ゲルエイ・ドゥだったのだ。


「あら、偶然ね」

 ピペタとは対照的に、ゲルエイは、あっさりとした態度を見せるが……。

 かつての仲間だったピペタには、お見通しだった。平然とした口調とは裏腹に、ゲルエイだって、内心では驚きまくっているということを。

 それから二人は、少しの間、本屋で立ち話をしたが……。

 旧知の仲とはいえ、ピペタとしては、今さら語り合うつもりなんてなかった。それはゲルエイの方でも同じだろう、と彼は思う。かつての仲間ではあったが、こうやって互いの顔を見ていると、懐かしさを感じるよりも、むしろ苦い思い出が蘇ってくるからだ。

 だからピペタは、手短に会話を切り上げて、その場に彼女を残して本屋から出た。


「さて、次はどこへ行こうか」

 元々、南の一帯とは大きく違うという北地区を見てみよう、というくらいの軽い気持ちだった。何となく裏通りに入ったピペタだったが、「大きく違う」という意味では、ただ家屋が建ち並ぶ表通りよりも、ガラの悪い裏路地を探索する方が、後学のためになるかもしれない。

 そう考えて、さらに奥へ奥へと、細い裏道を進んでいくピペタ。周囲の店の看板などを何気なく眺めながら、しばらく歩いたところで……。

「これは……!」

 思わず口から漏れた声と共に、彼の目がスーッと細くなった。

 貧民街に足を踏み入れた時にも感じた不穏な空気が、さらに濃厚となったからだ。

「悪事の匂いだな」

 その『匂い』に釣られるように、奥まった路地へ入っていくと、T時路に突き当たる。

「……こっちか?」

 直感を信じて左に曲がり、数歩、進んだ時。

 ピペタは、背後に何者かの気配を感じた。急いで振り返ったが、少し遅かったらしい。小走りに駆けてきた女性と、ぶつかってしまった。

「きゃっ!」

 可愛らしい悲鳴と共に、彼女は倒れる。そう、彼女の悲鳴を『可愛らしい』と感じるくらい、ピペタには余裕があった。彼の方は、衝突の衝撃も、問題ない程度だったのだ。

 非番の日ではあるが、ピペタは警吏だ。街の住人には、紳士的な態度で接するべきだった。

 彼女を助け起こそうと、ピペタは手を差し伸べる。

「失礼しました、お嬢さん。大丈夫ですかな?」

 相手は、若い少女だ。十代後半にも見えるが、衝突した際の感触から「子供ではない」とピペタは感じていた。二十歳を少し過ぎたくらいではないだろうか。

 少女は、赤褐色のローブに身を包んでいた。フード付きのローブであり、そのフードで顔を隠していたようだが、倒れた拍子にフードは少しめくれていた。

 これがピペタの担当地区であるならば、フードで顔を覆う女など、怪しいと思ったに違いない。何か後ろめたい部分があるはず、と考えたに違いない。しかし、ここはガラの悪い区域だ。善良な市民でも、それくらい警戒して歩くのが普通なのかもしれない。

 そう好意的に解釈しながら、ピペタは、少女の様子を観察した。

 あらわになった顔は、いかにも素朴な街娘、といった感じだ。愛嬌のある顔立ちというだけでなく、クリッとした瞳や形の良い小さな口など、男受けの良さそうなパーツもある。そんな顔の上に乗っかる桃色の髪も、ふんわりとしていて、可愛らしさを助長していた。

「お願いです! 助けてください!」

 少女はピペタの手を掴むのではなく、彼の脚にしがみついてきた。取り乱しているようにも見えたので、

「事情はわからないが、とりあえず……」

 彼女を落ち着かせる意味で、肩をポンポンと叩く。続いて、優しく彼女の手を振りほどき、少女を立ち上がらせた。

 少女は、まだまだ冷静とは見えない態度で、

「助けて下さい! 追われているのです!」

 再び懇願しながら、彼女自身の後ろを指差した。

 そちらにピペタが意識を向けると、確かに彼女がやってきた方角から、こちらへ走り急ぐ人影が二つ、目に入った。

 漆黒のローブに身を隠し、深々とフードを被った、謎の二人組。体つきから判断すれば、二人とも男のようだが……。

「なるほど……」

 もしかしたら、これが先ほど感じた『悪事の匂い』の正体なのかもしれない。少女が指し示すまでピペタも気づかなかったように、この二人組からは、ヒトの気配が全く感じられないのだ。

 気配を隠すことにけた連中だろうか。少なくとも、単なる街のゴロツキとは違う。ひょっとしたら、人間ですらない、という可能性もある。そう考えたピペタは、相手を強敵と認識した。

「お嬢さん。私の後ろに隠れていなさい」

 自分の背中で彼女をかばう格好で、ピペタは立ち位置を変えた。

 それに応じるかのように、二人組が立ち止まる。ピペタと少女からは少し離れた位置だが、互いに数歩踏み込めば斬り合うことも出来る距離だ。

 そう、二人のローブの隙間からは、剣らしきものがチラッと見えていたのだ。

 幸い、非番ではあるが、ピペタはいつもの騎士鎧を着込んでいた。当然、鎧とセットで、腰には愛用の騎士剣を下げている。本来、迂闊に街中で剣を抜くべきではないが、この二人組を相手にするのであれば……。

「詳しい事情は知らないが……。無力なお嬢さんを追い回すのであれば、都市警備騎士である私が、相手になるぞ!」

 大きく宣言して、ピペタは、剣を構えた。

   

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