Fantasy story(仮)
蓬莱汐
Prologue
新月の夜、氷堂玲はベンチから空を見上げていた。
空に瞬くのは塵のような星々だけで、いつもなら激しく主張する月がいないというのは少し寂しい気もする。しかしながら、玲は宇宙や天体に然程の興味がある訳ではない。
そんな気分にさせたのは、きっと頬を撫でる冷たい風と閑散とした空間のせいだろう。
玲が寝転ぶのは街外れの丘の上に設置された古びたベンチだ。何年か前まではカップルや何かを吐き出したい人たちで賑わっていたスポットらしいが、今では見る影もない。
広場を囲うように立てられた点滅する街灯が、ヒビ割れた石階段が、放置された落ち葉の山が。その全てが寂しさを滲み出している。
「……はぁ」
空に向かって息を吐き出す。
白く濁った息は、やがて空気に溶けてなくなった。
季節は冬。今朝方には雪がチラホラと降った地域もあるらしい。らしい、と言うのは街では降っていないから。……いや、それ以前の問題だ。
毎年必ずやってくる冬という季節は何故か、今年に限って玲の住む街にはやってこなかった。
雪が降らないから、霜が降りないからなんて理由ではない。
気温が連日30度近くまで上昇するのだ。
異常気象といえば異常気象だが、一つの街だけで冬が訪れないというのは最早天変地異の域だ。
その証拠に、街から少し離れるだけで季節は180度反転した。
「はぁ……」
もう一つ、今度はため息を吐いた。
ため息が空気に溶け込むと、石階段からコツコツと音が聞こえた気がした。その音はやがてハッキリと聞こえるようになり、数秒後には音の主が顔を見せる。
「やっぱりここにいた」
音の主は限りなく黒に近い赤色の髪をした少女––––久遠紅音だ。実に冬らしく、モコモコした毛に包まれているような服装だった。
その手に握られていた缶コーヒーが玲の鼻頭に直撃した。
「いってぇ……」
「出迎えの一言もないからよ」
「そうかい……。どうも、ようこそいらっしゃいやがりました」
大袈裟な身振りで、改めて出迎えると、おそらく紅音の分であろう2本目が玲へ直線を描く。
しかし、今度は玲の手中に収まった。
「相変わらずの反射速度ね。気持ち悪い」
「そんなことない。1回目は避けられなかっただろう?」
「ワザと避けなかったくせに。もしかしてMなの? 気持ち悪い」
「ワザと冷えた鼻頭にスチール缶をぶつける奴があるか」
ふん、と鼻を鳴らした紅音は玲の手からコーヒー缶を奪い返すと、手のひらで僅かな暖かさを感じながら空を見上げる。
「ホントに冬なのね……」
「ああ。正真正銘、間違いなく本物の冬だ」
「全く、どうしてこんなことになってるのだか」
そう言ってコーヒー缶のタブを開ける紅音。僅かな懐かしさと寂しさを滲ませた表情でコーヒーを口に含む。
よく見れば、紅音の鼻頭と耳は赤く染まっていた。肌が白いせいか、赤がよく映える。
一瞬硬直した玲だったが、すぐにコーヒー缶のタブを開けることで誤魔化した。
喉を鳴らしてコーヒーを飲むと、一息ついて会話を続ける。
「さあ、原因なんて分からない。……けど、この現象の根源が彼らなのだとしたら、何とかしないとな」
「また首を突っ込むつもりなのね」
玲は無言で肯定する。
勢いよくコーヒーを飲み干すと、紅音は掠れるような声で言葉を紡ぐ。
「……ま、玲が何に首を突っ込もうが私には関係ないけど」
空になった缶を振りながら、紅音は風に靡く深紅の髪を手で抑える。
玲の視線に気がついたのか、紅音は僅かに微笑んだ。
「そろそろ帰ろう。風邪をひいてしまうわ」
「そうだな」
そこからは無言で石階段を下っていく。
肌を突き刺すような乾いた風が吹き抜けた。
Fantasy story(仮) 蓬莱汐 @HOURAI28
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