大切なのは、中身です
沢峰 憬紀
鏡との出会い
鏡よ、鏡。この世で一番美しいのはだあれ?
有名な物語の真似をして家の鏡に話しかけたあの日、鏡から返ってきたのは「それはあなたです」なんて夢のような答えでも、他の人の名前でもなかった。
かといって、自分の行為が恥ずかしくなるような沈黙が続いたわけでもない。
鏡はしゃべった。
それはもう、正直に、嘘偽りなく。
「……どんな回答を期待されているかは存じませんが、あなたでないことは確かです」
――と。
控えめな、躊躇うような声だった。
驚いて目を丸くしていると、さらに驚くべきことに、またべつの声がした。
「だからそれじゃダメだって言ったろ。こう言うんだよ。
“名前言ってもいいけど、あんたの知らない人間だぞ”」
先ほどと違って丁寧さの欠片もなかった。
鏡に見知らぬ人物が映っているわけではない。鏡に映っているのは、目を丸くした私の顔だ。
それなのに、気のせいだと思えないくらいにはっきりした声が、鏡から聞こえていた。
「そんな乱暴な言い方がありますか。あなたは黙っていてください。
えっと……あなたの順位は億単位で下の方ですが、知りたいですか?」
「おまえはおまえで口調が丁寧なだけで遠慮の欠片もないじゃないか。
億単位って言っても、気にすんなよ。世の中には七十億人くらい人間がいるんだ。あんたのいる国だけでも一億人は……って、おい、こんな年の子どもに“億”ってわかるのか?」
「あ、そういえばどうなんでしょうね」
「んー……安心しろ。あんたの順位は真ん中よりちょっと上だ」
「……おまえら、なにごちゃごちゃ言ってるんだ」
――もうひとりふえた!
驚いている間に、増えたその人は「こういうときの常套句があるだろう」と言ってから、声をこちらに向けた。
「“外見がなんだというのです。大事なのは心ですよ”」
あぁなるほど、と、おぉなるほどが重なった。
今にして思えば、なるほどじゃない。それは「外見は諦めろ」と言っているようなものだ。
だが、そのときはとにかく鏡が喋っているという事実が衝撃的すぎて、ぱちぱちぱちと手を叩く音が聞こえてくる鏡を、ただ見つめることしかできなかった。
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