第87話「3月スピーチ②」

 今回の経営体制は、平野のワンマンではなく、集団指導体制とでも呼ぶべきものになった。誰かが突出して権限を持てば、その個人の『良心』に依拠した経営となってしまう。トップの暴走を止められるような経営体制を平野は目指したかった。そのため、取締役の退任年齢まで決めたのだ。


 平野が目指す会社の理想像を実現するためには平野に権限が集中していた方が良い。しかし、それでは平野の後継者が、奥平のようになる可能性を排除できない。


 そもそも、平野は取締役の間に強固な基盤を持ってはいなかった。むしろ草薙の方が力を持っているかもしれない。今の経営体制は、妥協の産物だった。反奥平でまとまった取締役をまとめあげるには『理想像』が必要なのだ。今、満水ハウスで求心力を持つことが出来るキーワードは『透明性』だろう。


 奥平体制では、会社としての意思決定過程が不透明だった。奥平とその一部の取り巻きが勝手に方向性を出しているように一般の従業員からは見えていたのではないか。それは、最終的には奥平が認めれば何でも良いという雰囲気を作り、社内の相互牽制も弱くなった。はからずも平野自身も奥平を牽制出来ず、問題を作ってきたのだ。結果として地面師による詐欺にも引っかかった。そして、最も問題となるのは、奥平に気に入られていない社員は出世の可能性が著しく低下し、やる気をなくすことだ。会社の活力を取り戻すことこそ平野が自分に課した役割だった。


(続く)

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