第4話「海猫館①」

 JR山手線の五反田駅西口から桜田通り沿いを南西に向かい、目黒川を渡ると鬱蒼とした樹木に囲まれた一帯が現れる。そこに木々に囲まれた瓦屋根の旅館がみえてくる。

 旅館を囲む外壁は古びた薄茶色のモルタルで壁が一部崩れている。門に向かって右手の壁には旅館の看板が出されているが、もう何年も営業していない。

『日本観光旅館連盟 冷暖房バス付旅館 海猫館』と毛筆体で書かれているのだが、かなり汚れている看板だ。

 門の中は石畳が玄関まで続いている。しかし、石畳の通路の上には鬱蒼とした木の枝が張り出しており、玄関がまともには見えない。また、奥の方にわずかに見える玄関の周りにも雑草が生えており、玄関の中も灯りがついておらず、営業していないのは誰の目にも明らかだった。

 地元では『海猫館』の名前通り、夜中にカモメの鳴き声のような「ミャーオミャーオ」という声が聞こえる時があり、化け猫館といわれていることもあるようだ。

 この海猫館だが、JR山手線徒歩3分という絶好の立地でありながら、約600坪というマンション開発には絶好の広さで、不動産業界ではかねてより注目の物件だった。

 所有権者は篠原氏である。不動産登記簿謄本によれば、昭和35年12月の相続であり、抵当権もついていない。絶好の立地でありながら『ややこしい土地』ではないため、多数の不動産業者が篠原氏に売って欲しいと、80年代のバブル時代のみならず2000年代のファンドバブル時代にアプローチをかけた。

 しかし、篠原氏は父から相続した旅館を売ることを良しとしなかった。

 従業員が高齢で引退し、旅館の営業をやめたのはつい5年ほど前だという。

(続く)

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