水曜日の彼女〜Another stories〜
揣 仁希(低浮上)
第1話 立花貴登喜の回想 前編★
僕、真田貴登喜が彼女に初めて出会ったのは小学三年生の二学期だった。
夏休みが終わって泣く泣く学校に行くとクラス中が騒がしく何かと聞いてみたら転校生がやって来るらしいと、それも女の子だとみんなが噂していた。
当時の僕的には正直どうでもよかった。
小学生の割には冷めていると言われても僕は元からこんな性格なんだから仕方ない。
クラスメイトとそれなりに話を合わせて興味があるフリをしておくのも本当は億劫だった。
ガラガラと教室の戸が開いて先生が入ってくる。
「はいはい、ちゃんと席に着きなさい!もう夏休みは終わりましたよ!」
担任の里中先生は40代半ばの女性で独身らしい。
クラスの女子が言うには、イキオクレと言うやつなんだそうだ。
クラスのみんなが席に座ったのを確認して里中先生が黒板に名前を書き始めた。
"たちばな のどか"
黒板にはそう書かれていた。
男子達が歓声を上げる。
「立花さん、入ってらっしゃい」
先生に言われ教室に入ってきたその子を見てクラス中が息を飲んだのを今だによく憶えている。
僕の通っていた小学校は制服がなかったので皆普段着ているような格好で通っていたのだが…
彼女の格好は、着物だったのだ。
それも浴衣とかではなくしっかりとした着物でキチンと帯まで締めてまるで日本人形のようだった。
その後は想像がつくだろう。
休み時間になればクラス中──主にこの場合女子が───が彼女の周り集まった。
集まったのだが……
彼女はそんなクラスメイト達を一瞥して愛想笑いもなしに"時間のムダ"と一蹴したのである。
とても小学三年生の女の子の言うような言葉ではなかったが、何故か彼女に言われると妙にしっくりきたものだ。
結果、彼女は転校初日から浮いた感じになりそれは卒業まで続いた。
幸いなのは彼女があまりに大人びていた為にいじめられることがなかったことだろうか。
僕も卒業するまで碌に口をきいたことすらなかった。
卒業後、僕の頭の中には彼女のことなどすっかりなくなり中学、高校とそれなりに楽しく学生生活を過ごした。
◇◇◇
彼女──立花和と再会したのは僕が、いや当時はもう私と言っていたか、大学三年の冬だった。
当時の私は経済学部に籍を置きながらも株式に投資したりしてそれなりの収入を得ていた。俗に言うデイトレーダーというやつだ。
私の実家はそれなりに裕福でもあったため金銭に困るようなことはなかったが私の二人の兄は共に私よりはるかに優秀であり、彼らを見返してやりたいという気持ちがどこかにあったのは否定出来ない。
大学一年から始めたデイトレードは三年になる頃には一千万に届こうかというところまできていた。
私は、自分には才能がある。他の奴らと私は違うのだと若干テングになっていた。
そんなある日の事だった。
いつものようにパソコンの前に座り株式のチェックをしネットの掲示板を覗いていて私はとある書き込みに興味を持った。
何でもここ一年で億単位の金を稼ぎだしたトレーダーがいるらしいと。
こういった書き込みは再三目にするのだが大半は眉唾もので自分を高く売り込みたい人間が自作自演をしていたりする場合も多分にある。
だが私はその書き込みの投稿者に心当たりがあった。
その投稿者──仮にA氏としておく──は私も何度かあったことのある新進気鋭の起業家だった。
A氏は大学在学中に起業し成功を収めた人物で実際に会って話てみてもそういった眉唾物の情報に踊らされるような人物ではなかったはずだ。
私は興味をそそられてA氏にその人物について聞いてみることにした。
A氏曰く。
自分なぞ
天才とは正に彼女のような人物を指すと。
そして現在彼女は自分のパートナーになりうる人間を探していると、又自分はその器ではないと。
私は、奮い立った。
少なくともこの時少々テングだった私が認めたA氏にそこまで言わしめる女性に会ってみたいと、そして私こそが彼女のパートナーに相応しいと。
それから約一月後の月末、私はA氏のオフィスを訪れていた。
「やあ、久しぶりだね。真田くん」
「お久しぶりです。Aさん」
久しぶりに会うA氏は以前にも増して自信に溢れており今の彼の勢いというものを感じた。
「もう来られているのですか?」
「ああ、6階の応接室でお待ちだ」
私とA氏はエレベーターで6階に上がり応接室に向かう。
「僕はここまでだ、後はきみ次第だ。じゃあ」
私の肩をひとつ叩きA氏は乗ってきたエレベーターで階下に降りていった。
「そうそう、彼女のプレッシャーはハンパないから気をしっかりな」
エレベーターの扉が閉まる直前にA氏は私にそう言い残した。
私は応接室の前で深呼吸をしてドアをノックする。
「ご紹介にあずかりました真田貴登喜です。入室宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
部屋から返ってきた声は意外にも若い感じの声だった。
「失礼します」
私は意を決してドアを開け応接室に入った。
応接室はA氏の人柄が表れているかのように落ち着いた調度品で飾られた品のいい空間だった。
そしてテーブルを挟んだ向こう側に彼女はいた。
藤色の着物を着て優雅に紅茶を飲む姿はまるでこの部屋に飾られた絵画のように美しく、そして私の脳裏にある名前を浮かばせるのに時間はかからなかった。
「立花和・・・さん?」
「お久しぶりですわね、真田貴登喜さん」
席を勧められてソファに座り改めて彼女を注視する。
陶磁のような肌に整った容姿、腰まである黒曜のような美しい髪。
初めて会ったあの時の印象と全く変わっていなかった。その人を寄せ付けないような雰囲気までも。
「まさかあなただとは夢にも思いませんでしたよ」
「そうでしょうね。もし仮に真田さんがそれを夢であろうと予想していらっしゃればそれこそ私の求める人でしょうから」
「小学校以来ですからね、まさかまさかですよ」
「……それで真田さんはそのようなつまらない話をされにいらしたのですか?」
彼女の氷のような視線が私を射抜く。
「あ、ああいや、そうでしたね。私としたことが…」
そこから私は彼女にいかに自分が優れているか、自分をパートナーにすればどんなメリットがあるかを必死に話した。
私の話を彼女は黙って聞いてからポツリと一言だけ私に告げた。
「時間のムダ」
そう言った彼女はもう私には興味がないとばかりにゆっくりと紅茶を飲み、目を閉じた。
気がつけば私は汗だくだった、握った手も顔も身体も。彼女のプレッシャーがそうさせたのだろう。
にべもなく断られた私はふらつく足でどうにか立ち上がりフラフラとドアに辿り着き部屋を出ようとした。
「真田さん」
「……はい、まだ何か?」
私にはもう何かを考える思考すらもしんどかった。
「仕事のパートナーとしては、必要ありません。ありませんが……一人の男性としてなら私はあなたをお慕い申し上げます」
「……え?」
「男性としてならお慕い申し上げると言ったのです」
「あの…え?」
「今返答は考えなくても結構です。そうですね…もし興味がお有りでしたら立花宗家を訪ねていらしてください」
そう言って彼女はドアを開けようとして固まっている私を押しのけて部屋を出ていった。
ズルズルとその場に座り込んだ私は今言われた言葉の意味を理解するまでにそれ相応の時間がかかった。
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