第7話 本意と不本意
食事後の風呂も済み、全員がリビングに集まっている。
各々好きな飲み物を用意して、テレビドラマを観ながら実況感想の言い合いをしていた。
そして話しているうちにテレビドラマから脱線してあるある話へと発展していく。
「ドラマとか映画ってさ、ある程度は配役で犯人とかわかるよね」
「そうそう。ゴールが分かっていてそこまで主人公がどうやって辿り着くかを観ているような感じになっちゃう」
「ああ、刑事コロンボなんかがそれね。犯人は最初から分かっていて、コロンボ警部がどうやって追い詰めて行くかを観るものだったわ」
「そんなのあったんだ」
「随分前になるからあなたたちは観ていないのか。私だけ時代が違うのね」
「そんな風に言わなくても。知らないことを教えてくれるのはいいことじゃない」
複雑な表情をしている時子の隣から早貴が手の甲を軽く握り、オーケーサインを見せる。
「それならいいけど。あなたたちが大きくなったことと、自分が歳をとったことを同時に実感してしまうのよ。嬉しくて悲しいみたいな、ね」
「そんなもんですか」
「そんなものなのよ」
そんなことを言っているうちにテレビドラマの方は話が展開しており、アイドル演じる主人公と若手女優のキスシーンへ突入していた。
恋愛ドラマを観ているにも関わらず、話していたのは推理モノの話だったのだ。
「うわ~、このアイドルのファンが全国でうるさそうだねえ」
「そういえば、あなたたちってアイドルの話はしないのね」
四人揃って互いの顔を見合ってから、それぞれが軽く頷く。
「アタシと千代はバンドが好きだし、香菜は洋楽のソロシンガーが好きだよね。透ちゃんは?」
「オレはあんまり曲聞かないんで、よく知らないです」
香菜がにじり寄り、上目遣いで透の顔を見る。
「そっか、音楽系の話はしたことなかったね。わあ、また話すことが増えたね! 私が好きな曲から教えてあげるよ」
「う、うん」
中学生カップルのイチャイチャは継続されている。
結局アイドルのキスシーンはほぼスルーされてしまった。
その後に流れるテレビショッピングで紹介されている商品の値段の方が注目された。
「なんでこんなに安くできるんだろうね」
「あれもこれも付いて滅茶苦茶安い時あるもんね。確かにお得だなあって時あるし」
他愛もない話をしていると時間もあっという間に過ぎてゆき、リビングの頭上にある時計は二十三時を指していた。
「そろそろ寝ますか? というか、それぞれの学年で別れて夜中のトーク時間にする?」
時子が風呂後の一息タイムのお開きを提案してみた。
「香菜と透ちゃんは一緒に?」
早貴は一応時子に確認をとってみる。
「それでいいんじゃない? 折角なんだし。心配するような二人じゃないでしょ?」
「それなりの事はするかも知れませ~ん」
香菜が手を挙げてはっきりと宣言をした。
これには二人の姉はズッコケてみせる。
「あんたね、それ言うことか!」
「え? 言っておいた方がお互い気にしなくていいかなと思って」
「いや、もうちょっと女子として気にしなさいよ」
「そう?」
香菜は時子に目で何かまずい? と聞いてみる。
「香菜のことだから不思議じゃないけど、あんまり宣言することではないわね。それは私が二人一緒でいいよって言ったことでみんな気にしないようにしているんだから」
「そうなのね。以後気を付けます」
透は何も言葉を発せる状況ではないように思い、ただ真っ赤な顔をして固まっている。
それに気づいた千代が指でツンツンと腕を突いて無言の冷やかしをしてニヤニヤしていた。
寝る前の準備に就寝の挨拶も済まし、それぞれの部屋に収まって夜中の静かな時間に浸ってゆく。
早貴の部屋では千代がベッドに座り、早貴は机の椅子に背もたれを前にして両腕を乗せるという恰好で千代に向かって座っていた。
今は二人きりで同じ部屋に寝間着でいることを満喫しているようで、この気を使わずに居られる優しい時間を崩すまいとしているのか、見つめ合ったまま敢えて話をすることもなく、部屋は静寂に包まれていた。
同じ思いでいるのを感じた所為だろうか、同時ににっこりとした表情を見せ合う。
それをきっかけにして早貴がようやく口を開いた。
「二人きりでこんな風にするのって、いつ以来だっけ。随分前だよね」
「そうね、よくお互いの家に行き合っていたのは小学校の時が一番多かったよね。中学の前半ぐらいからかな、別にしなくなった理由なんてないけど」
「小学生がするような遊びを中学生では途端にしなくなるし、部活もあったからかな。間が空いた分新鮮さもあっていい感じだね。ありがと、千代」
「いえいえ。早貴が怪我をしたってことで何かできないかなって思っただけだし、実はあたしが思いついたことじゃないのよ、残念なことに」
「そうなの?」
「うん。奏と話していた時にね、お泊り会なんていいんじゃないかって奏がポロっと言ってくれたからなの。そういえば最近そういうことしていなかったなって思ってさ」
早貴は椅子を左右に小さく回している。
「なるほど、奏かあ。それであの二人もって話が出たのね」
「そういうこと。あの二人も最近中々一緒に居られる時間が少ないみたいだからっていうのも、あたし的に気になっていたしね」
「綾が部活大変だもんね。奏は綾がいないと凄く寂しそうな顔するから可哀そうになるよね」
「ああいう子はいつも笑っていて欲しいって思っちゃう」
「可愛いもんな~、奏。そういうことなら改めて四人でお泊り会やってみる?」
「それ凄く悩んだけど、あの二人だけでさせてあげた方が良さそうなのよね」
首を傾げて早貴は不思議そうな顔をする。
「何かあるの?」
千代は軽く苦笑した。
「今のあたしたちと同じって言えば分かる?」
「へ?」
きょとんとした顔で早貴は固まった。
軽く頬が赤くなる。
「もしかして、あの二人もそういうことなの?」
「そういうことなのよ。と言ってもまだ綾は奏に伝えていないけどね」
「奏じゃなくて綾の方なの!? へえ、そうだったんだ。てっきりいつも守ってもらっているから奏が綾に思いがあるのかと思ったよ」
「その逆で、綾が奏に思いがあるから守っているの。見ていると奏も少しはそんな気がありそうな雰囲気なんだけど、親友としてなのかな。最近までの早貴姫みたいに」
ふふふ、と千代は早貴に向けて笑ってみせる。
「何よ~その笑いは。アタシにとっては笑い事じゃなかったんだから。嬉しかったけどさ」
その言葉を聞いたことで、千代の笑みは継続されている。
「でも本当に早貴が離れなくて良かった……」
「そんなに心配していたんだ。そりゃあ勇気のいる告白だとは思うけどさ、千代と離れるってことをアタシが考えていなかったから受け入れられたのよね。それだけ気に入ってもらえていたんだなあって」
千代が両手を広げて早貴におねだりをしてみせる。
「それ、めっちゃ可愛いよ千代! そろそろ寝よっか」
早貴は掛け布団の中に入るように合図をして、部屋の隅に置いてある月型の間接照明のスイッチを入れてから部屋の照明を消した。
「その月、照明だったんだ。いい感じだね」
「うん、お気に入りなの。タイマーで消えるから寝るときに丁度いいんだよ」
ベッドの中へと早貴も潜り込んだ。
横になって二人は向かい合う。
「やばい、緊張してきた。意識し過ぎだね」
「そんなに? 今まではアタシの方が千代にドキドキしていたのに。恰好いいなあ、可愛いなあ、色気凄いなあって思わせられることばかりだったんだよ」
「それは早貴に少しでも良く見てもらおうと思って頑張っていたんだよ。もちろん好きでやっていたんだけど、早貴に会うってなると気合が入るの」
「アタシの憧れの人はアタシが作り上げていたってことか。お互いの良い所ばかり見ていたって感じ? でもアタシは何もしていないよ? 千代の真似はしていたけど、真似だからアタシのオリジナルってほとんど無いし。アタシは千代に何も影響力無かったと思うよ」
「分かっていないなあ。まあ、自分のこと分からずに過ごしている人って結構いるけど、早貴は鈍すぎるかな」
「嫌だなあ、なんでアタシはその辺が分かっていないっていつも言われるの? 本当に何も無い人じゃない。趣味も千代の影響だし、ファッションも走ることも」
千代は早貴の両手を掴んで自分の胸に当てる。
「早貴はね、何もしていなくても魅力を振り撒いているんだよ。多分奏たちが言っていたのはその辺のことじゃないかな。その魅力に取り憑かれた第一号があたし。だから誰にも渡さないの」
そう言って千代が掴んでいる早貴の両手を枕側へ運ぶと二人の間がほぼ無くなる。
自分の唇を手が掴まれていることで無防備になっている早貴の唇へと迷わず向かわせるとそのまま唇は重なり合った。
早貴に拒むような反応が無いのを確認するかのように千代は舌を唇の上で這わせてみる。
受け入れているのを確信できてからは気持ちの赴くままに早貴の唇を貪っていく。
早貴は全身の力を抜いて千代に全てを委ね、そのまま深い夜へと誘われていった。
◇ ◇ ◇
梅雨の晴れ間ということもあり、多駆郎は重い腰を上げて研究室へと向かっていた。
研究室に到着しロビーへ入ろうとしたその時、ガラス張りの廊下を歩いている馴染みの研究員がガラス越しにコチラですという口の動きを見せながら手を振っている。
多駆郎は軽く手を挙げてそれに答え、湾曲したガラスの自動ドアが開くと同時に入館した。
そのまま足を止めずに先程の研究員がいた廊下へと進んでゆく。
「多駆郎君、いつもご苦労様です。どうです進捗の方は?」
「いきなりその話ですか。あなたたちも懲りないですね。何度も言いますけどオレは一学生であって、ここの正式な研究員ではないんですよ」
「申し訳ない。私たちメンバーも上から突かれるんでね、どうしても気になるんですよ」
「オレが知るところでは無いと思いますけどね」
「ごもっとも。まあまあ、ここで話すのもなんですから私たちのラボで話しましょうか」
そう言って白衣を着た研究員はバインダーを持った手を多駆郎の背中へと回し、ラボへ向かう様に促した。
二人の足音が廊下に響く。
この音を聞くとまたここへ来たのかと多駆郎はため息をついてしまうのが癖になっている。
「はあ……」
「埋め合わせどころか次々と無茶なお願いばかりしてなんと言ったらいいのか」
「優秀な研究員さんが揃っているはずなのに不思議ですよね。いくら父が絡んでいるとはいえ、なぜオレなんかに依頼するんだか。こちらが要求するものが無かったら絶対引き受けませんでしたよ」
「正直なところ、それがこちらとしては救いでした。小さい頃からの夢があるって素晴らしいじゃないですか」
呆れた表情を浮かべて多駆郎は言葉を返す。
「そんなこと思っていないと言っているようなものじゃないですか。本音が漏れていますよ。素晴らしいという言葉を使う時は大したことがない場合だとオレは思っています」
「参ったな」
研究員は頭をポリポリと掻いてみせる。
多駆郎が強引に所属させられているチームのラボに到着し、研究員にどうぞと部屋へ入るよう手を部屋の中へ向けられた。
部屋の一角に設営されている簡易の応接コーナーに、見慣れない女性が座っているのが目に入る。
「あの方は?」
「紹介するので彼女の方へ行きましょうか」
応接コーナーへ二人が入るのに合わせて女性はその場に立ち上がった。
「こちらは、今回我がチームに新たに加わっていただいた
「
「どうも」
多駆郎は初対面の女性相手に少々憮然とした態度で挨拶をする。
その辺に気を使わない多駆郎の悪いクセが出てしまっていた。
言いながら研究員へと目線を向ける。
「えっと、座りましょうか」
研究員はバツの悪い雰囲気に困り顔をしながら本題に入ろうと二人を座らせて話を進める状況をなんとか作り出した。
「早速なんだけど多駆郎君、今日伝えたい話というのが――」
既に察しがついていたように、多駆郎は研究員が言うより先に切り出した。
「浜砂さんがオレに付くってこと?」
話を途中で切られた上に続く言葉を言われてしまった研究員が、行き場の無くなった言葉の代わりに唾を飲み込んだ。
「参ったな」
口癖でなんとか繋ぐ。
「そういうことなんだよ。君の担当として張り付いてもらうことになったんだ――いや、その言い方じゃ多駆郎君の気分が悪いか。助手として普段から傍にいてもらうことになったのさ。今の状況だと何が起こるのか予想がつかないから、常に誰かがいる状況にした方が良いだろうと」
「本人の目の前でぶっちゃけと訂正をされる方が気分が悪いんだけど」
「あ、ごめんよ~。口下手な奴が大事な話をするもんじゃないね」
「口下手とか通らない言い訳はいらないから」
「参ったな」
研究員は垂れた汗を拭こうと白衣のポケットに手をやるが、普段から持ち歩いていないことに手を入れてから思い出し、仕方なく白衣の袖で拭いた。
「ま、まあそういう指示が出ているんで、よろしくお願いします。浜砂さんからは多駆郎君に何かあるかい?」
「開発のお手伝いはもちろんですけど、その他の雑用なども全てフォローしますので、気兼ねなくなんでもおっしゃってください」
納得は一つもしていないことが誰から見ても分かる表情をしている多駆郎は、渋々浜砂からの言葉に頷いた。
「にしても、なんで女性を付けるの? 色々と動きづらい面も出てくると思うけど」
「それなんだけどね、確かにミーティングで何故? というメンバーもいたんだ。男性の方が二十四時間付いていられるじゃないかとかね。でも常に密着される多駆郎君への配慮も必要だろうということと、あからさまに助っ人が付いていますと知らせることになるんじゃないかとも考えられて、今回の形が採用されたのさ」
「で、密着時間は?」
「今のところ、朝七時から夕方五時と朝八時から夕方七時の二パターンを考えている」
「曜日ごとの時間は?」
「実はランダムにしようと思っている。多駆郎君にも敢えて伝えずに。やりにくくさせてしまうのは承知の上でお願いしたい」
「密着されるだけでやりにくいんだから一緒だ。ランダムね、やればいいんでしょ。その代わりこちらからも無茶ぶりはさせてもらうからね」
「もちろん! あ、僕が言える立場ではないんだけど、上には改めてそう伝えておくよ」
「よろしく」
多駆郎は学生らしい生活をさせないような新たな環境を設定されるだけの話に辟易しつつ、応接コーナーから離脱する。
三人でロビーまで移動し、多駆郎は挨拶をした。
「それじゃ。って、それいつから?」
「うわ、肝心な事伝えていなかったね。今日からと言いたいところなんだけど、まだ彼女に伝えておくことが色々とあるんで、早くて明日からになると思う。また今日の夜にでも連絡させてもらうよ」
「わかった。寝て出ないようにするよ」
「勘弁してくれよ~。僕が決めているわけじゃないんだからさ。それじゃよろしく」
多駆郎は到着した時と同じように軽く手を挙げて自宅へと向かった。
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