第81話:うどん

凛音目線――

 ここどこだろ?声が出ない。起きなきゃ…と腕に力を入れると

「あぐっ…うっ。」

 い、痛い。腕には包帯が巻かれている。それと知らない服を着てる。

 私の声を聞いて誰か入ってきた。

「こんにちは。」

「こんにちは…あなたは…?」

「桐谷と言います。」

 そう挨拶した人はキリッとしている30代くらいの男性…。

「私…。」

「君はね、道で雨の中ぐしょぐしょだったんだよ。それで怪我もしてたから連れてきたんだよ。覚えてない?」

「すみません…。」

「いいんだよ。多分ショックで心の回復が遅れてるんだよ。」と布団を掛け直してくれる。

「食べたいものある?これから仕事行くから嫁に伝えておくよ。」

「ありがとうございます。でも…。」

「いいよ、しばらく居ればいい。それにその状態じゃここから出てもすぐ動けなくなっちゃうかな。」

 一瞬背筋がぞくっとした。この人は相手の強さや弱さ、状態まで見極めれる人だ。

「怖がらなくていいよって言っても怖いかな?うちには中学生や小学生の息子がいて少しうるさいかもしれないが、数日休んでいくといい。」

「ありがとうございます。」

 桐谷さんは嬉しそうに笑ってじゃあと出ていった。

 ぼーっとする頭で考える。雨の中に居たってことかな?なんでだろ…。頭の中のモヤは晴れてくれず思い出せない。私なんで寮から出てるんだろ…。なんで怪我してるんだろ…。

 気づいたら寝ていたみたいだ。起き上がって部屋から出る。すると

「こんにちは。起きた?ご飯うどんでいい?」

「あ、えっと…。」

「妻です。」

「奥さん。」

「そうね。お母さんでもいいわよ!」と太陽のように笑うこの人。

「は、はぁ…。」戸惑っていると、とりあえずそこに座ってと言われて普通に食卓に座る。お昼の情報バラエティ番組がやっていた。秋の長雨がどうだこうだと言っている。2日前はひどい大雨で各地土砂崩れとかあったみたい。

「はい、出来たわよ。」

「ありがとうございます。いただきます。」

 うどんには卵とネギ、油揚げ、かまぼこがのっていて美味しそうだ。でも…

「あ、毒はないわよ。ほら、いただきます。」

 美味しそうに食べる姿を見て私も食べてみた。美味しい…。全部食べきってまた寝て、気づいたら夕方だった。

「ただいま。母さん、あの子は?」

「おかえり!目覚ましたわよ。」

「そっか。あいつは?」

「公園で友達と遊んでる。お父さんは18時くらいに帰ってくるみたいよ。」

「そっか。」

「今日塾はお父さんに送ってもらう?」

「いやいいよ、1人で行く。父さんは多分話したいだろうし。」

 そうねぇと笑っている声が聞こえる。この家はなんで見ず知らずの私を助けてくれるんだろうか。思い出せないことは沢山あるけど、身元を明かしてはいけない気がする。全てが信じられない。信じたら死ぬということは覚えてる。怖い。何も考えられないようにまた布団に籠って寝た。

「失礼する…って寝てるか。」

 朝の男の人の声だ。近づいてくる。そして横に座り、頭を撫でてくる。お、起きにくい…。

「まだ小さいのに、あんなに雨の中怪我をしてうずくまってたんだな。」

 んー、起きよう。さすがにこれ以上寝た振りは出来ない。

「あっ、起こしてしまったか?」

「あのっ…。」

 頭を撫でられ続けている。

「名前は?」

「私は…。」

 言ったらだめだ。だめだ。

「じゃあ何て呼べばいい?名前ないと、呼びにくくてさ。」

「じ、じゃあ…りんで。」

「りんちゃん。年齢聞いてもいい?」

 私は首を振る。これはまずい。

「そっか…言えないってことかな?」

「はい…あの…!」

「大丈夫。覚えてないなら問題だけど、覚えてるなら大丈夫。言わなくていいよ。俺は黒軍の大和中学の先生をしてるんだ。色んな子見てきたから、言えないっていうのも分かるし、たとえどの軍の生徒でも追い出したりはしないよ。」

「なんで…?」

「傷ついた人を助けるのがこの国のあるべき姿だと思っているからだ。黒軍なのに変だろ?黒軍でいるのは、改革には必ず多くの犠牲が出るからな。だから黒軍でいるだけだ。」

「私っ…!」

 この人は私が大和の高等部だと知ったらどう思うのだろうか。…だめだ、言ったら。殺される…!!

「今日はゆっくり寝てね。りんちゃん。」と何かを察して部屋から出ていってくれた。なんで大和だって言えないんだろ。関係者じゃんか。一気に体温が下がるような気がして、布団に潜り込んだ。

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