第8話 “悠久の蒼天”

「えっ!?

 ドゥルヒブルフ様と同じ気配?」


「リリィちゃん、正解!」


 リリィが正解を言い当てたので華奈が答えた。

 ドゥルヒブルフ神は神として広く知られているため威厳を保つためにもあまり能力に制限は掛けていないので一般人でも感じ取れるレベルで神気が放出されている。

 そして、現在僕と華奈は能力の全開放をしているのでそれ以上の神気を放っているはずだ。


「ナギ様、それはどういうことですか⁉」


 これからゆっくり説明していくため、華奈に目配せして再び能力制限をかけ直すと僕はテーブルとイスを取り出した。

 リリィに座るように促してから僕たちも座ると説明を開始する。

 リリィは終始真剣な顔をして僕たちの説明を聞いていたのだった。


「なるほど! 

 ナギ様は神様だったのですか」


「神の中でも隠された最高位だよ」


「すごいです! 

 ……けど、逆にナギ様と私が結婚してもよろしいのですか?」


「だいじょ~ぶだよ! 

 リリィちゃん。

 私なんてリリィちゃんとは違ってただの一般人だったんだから」


「そうなんですか?」


 華奈も最初は戦闘力なんて一切ない。

 あの時は華奈に結婚を迫られて後から僕のことを説明した。

 その後、華奈は真美さんに稽古をつけてもらって特訓し、僕の仕事を手伝えるレベルまで力をつけたのだ。


「決めました。

 私もナギ様に釣り合うよう頑張ります!」


「その意気だよ! 

 リリィちゃん」


 僕と華奈の話を聞いてリリィは決意を決めたようだ。

 僕に釣り合うようにってことは意思が固かったのだろう。

 そこは、元から受け入れるつもりだったので問題ない。

 だが、ここからが本題だ。


「リリィ、じゃあその決意を踏まえて一つ決めて欲しい。

 選択肢は二つ。

 一つ目はこのまま人として僕と結婚して一生を終える。

 二つ目は華奈と同じように訓練を積んで神となって永遠の時を僕たちと一緒に過ごす。

 どっちがいい?」


 これは華奈にも聞いた質問だ。

 人のままであれば寿命を迎えれば死んでしまう。

 逆に神になれば永遠の寿命があるが、長い時を生きるということには少なからず精神的苦痛が伴うだろう。

 ただ、この質問をしている間にもリリィの答えがどっちであるか予想がついてしまった。


「もちろん神になってずっとナギ様のそばにいます!」


 予想通りの答えだ。


「うん。

 ありがと、リリィ」


「そんなお礼なんて大丈夫です。

 私が逆にお礼を言いたいぐらいです」


 ここまで来たら後は僕が動くだけだ。

 ここからの流れはここに来る前に華奈に説明してある。

 僕はイスから立ち上がった。


「……よし! 

 リリィ手を出してもらえるかい」


「はい!」


 僕の差し出した手にリリィがそこに手を乗っける。

 それを確認するとその手を包み込むように握った。


「じゃあ、華奈。

 行ってくるね」


 華奈にそう伝えると僕は『転移』をおこなった。


 僕とリリィが転移したのは雲の中だった。

 だが、その雲は風によって流されすぐに僕たちをすり抜けていく。


 雲がすり抜けて見えた景色は……。

 一面の蒼にぽつぽつと見える白。

 僕たちが居るのは広大な空の只中だ。

 そこに二人で立っていた。


 ぐるっと辺りを見渡してどこにも大地は存在しない。

 ここはそのように創られた空間で太陽の光が照らす中、風に流される雲に果てしなく続く空。

 それしか存在していない。


「ええっ! 

 地面がない!? 

 ナギ様、ここはどこなんですか!?」


 リリィは周囲を見渡してそんな声を上げた。

 ここには足場は一切ないので僕が魔法を使って足場を作っている。


「ここはさっき説明した“花園”の中にある空間の一つ。

“悠久の蒼天”。

 リリィの綺麗な髪をモチーフに作った世界だよ」


「凄い……綺麗……」


 リリィは僕の説明を聞いて落ち着いたのか今はゆっくりと辺りを見回している。

 ただ、ここに来た目的はそれだけでは無い。


「リリィ」


 一言。

 優しくそう呼びかけた。

 リリィはそれに反応して僕の方に向き直した。


 それを確認すると握りっぱなしになっていたリリィの左手を少し持ち上げる。

 僕の手がリリィの手を下から持ち上げているように持ち直す。

 右手に用意していたものをリリィにも見えるように差し出した。


 キラリと輝く蒼い光。

 僕の手の中にあったのは空色の宝石が始まった指輪だ。

 リングはシンプルな造りで、リリィの名前から取ってユリのレリーフが刻まれている。


 僕はそれをゆっくりとリリィの左手の薬指に差し込んでいく。




 ――sideリリィ――


 私の左手に綺麗な指輪がはめ込まれていく。

 私の手を包み込むナギ様の手には優しい温もりが感じられます。


 ふと思い出したのはナギ様との思い出。

 ナギ様と最初に出会ったのは三年前。

 帝国にお忍び訪問した時の帰り道で護衛の騎士が一時的に減っている中で魔物に襲われた時のこと。

 私の騎士が魔物に押されてバランスを崩して殺されそうとしていた瞬間。

 そこに割り込んできたのがナギ様でした。

 綺麗な剣で魔物の攻撃を受け止めた後に神々しい魔法で魔物を纏めて討伐したのです。

 その時のナギ様に一目惚れしてしまいました。

 私には恋愛結婚が許されていようとも王族に取り入ろうとしてくる貴族は多いです。

 言い寄ってくるときに貴族たち揃って言う絵空事よりも私の目に移ったナギ様の行動は私にとって最高の輝きを放っているようでした。

 その後、少しの間は一緒に居られましたがやはりずっと一緒に居られることは出来ませんでした。

 ナギ様にもすべきことがあり去って行ってしまいました。

 けれど、ナギ様がいなくなってからナギ様のことを忘れた瞬間など一切ありません。


 ナギ様が出て行くときに衝動的に婚約のネックレスを渡したのは今でも驚きです。

 後から思い返して赤面したのはナギ様にはヒミツ。

 けど、今となってはそれが良い方向に転んだのであの時の自分を存分に褒めてあげたいです。

 こうして、ナギ様にと結婚することになったのですから。


 ナギ様が居なくなってからも私の頭の中では常にナギ様のことを思っていました。

 何をしているのだろうか……。

 私の事を覚えてくれているのか……。

 なんてずっと考えていました。


 ただ、そんな中で私は一つ思ってしまいました。

 ナギ様に護ってもらうだけで良いのか。

 ずっと傍にいるつもりではないのかと。

 彼はLランクの冒険者、対して私は王女様。

 私は守ってもらうだけの立場であり、ナギ様だけに危険を押し付けることになってしまいます。

 それでは不公平です。

 私の思い描く夫婦と言うのは共に助け合うような関係。

 であれば、私も戦えるようにならなければなりません。


 それからの私は今思い返しても壮絶な行動力を発揮していたと思います。

 最初にしたことはお父様への直談判。

 ナギ様についていく実力をつけるために冒険者にしてほしいというお願い。

 事の次第をすべてお伝えするとお父様は条件付きで許可を出してくださいました。

 お父様の条件に従い、それから一月ほどは騎士の練兵場に通い詰めて自主練や騎士に頼み込んで訓練を付けてもらいました。

 そうして、晴れてナギ様と同じく冒険者ギルドに登録し活動を開始しました。


 そこから時は流れ、ナギ様との再会に至りました。

 今の気持ちは嬉しくて嬉しくて、暖かい何かが自然と込みあがってきて溢れそうです。


「ナギ様、末永くよろしくお願いします♪」


 私はナギ様にそう言って出来得る限りの満面の笑みを向けます。

 その時の私の頬には何か暖かいものが伝っていきました。




 ――side凪――


「それじゃあ宣誓をしようか」


「はい♪」


 僕はリリィにそう伝えた。

 これは、リリィと結婚するために必要な儀式だ。

 リリィがただの人のままであればただの宣誓で済むのだが今回はリリィも神になるということで神誓と言う段階が上がったものをおこなう。

 これは、世界システムへの誓を立てる儀式でこれをおこなうことでリリィを神としてかつ僕の妻として認めてもらうためのものだ。


「『神誓する。

 果てなく続く蒼い空。

 ここに《慈愛》たる我は愛を宣言する。

 蕾に秘めたる思いが《傾慕》として花開く。

 君と共に遥かなる時を共にすることを誓う。

 神皇朔月凪は第二にリリィ・ドゥルヒブルフ・フィアルを妃として愛することを誓う』

 どうかな、リリィ?」


「はい!

 私、リリィ・ドゥルヒブルフ・フィアルもナギ様……。

 朔月凪様に永遠の愛を誓います」


 ここに神誓が成立した。

 僕の紋章が勝手に発動し、空色に染まった。

 僕はリリィを引き寄せるとその唇にそっと優しいキスをおこなう。

 互いに握り合っている左手に嵌められていたそれぞれの指輪が萌黄色と空色、それぞれの色の光を淡く放ち始めた。

 指輪の光は広がり僕たちを淡く包み込む。

 気づけばリリィの指輪に嵌った宝石の中には僕の紋章が映りこんでいた。


「リリィ、よろしくね」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 お互いにそんな言葉を交わして儀式が完了した。

 そうして、華奈のいる“花園”へと帰還した。


「ただいま~」

「ただいま戻りました」


「お帰り~」


 華奈が笑顔で出迎えてくれた。

 手を振る華奈の左手の薬指にもリリィと同じような指輪が嵌っている。

 華奈の指輪は白金のリング桜のレリーフ。

 桜色の宝石が嵌っていてその中には僕の紋章が映っている。


「わぁ!

 華奈ちゃんの指輪も綺麗です!」


 と、そんなことを言いながら華奈の方へとリリィは駆けていく。

 そうして、僕たちは“花園”にてお茶を飲みながらゆっくりとすることになった。

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