第14話 邪神
――“間月の森”
王都の北東に広がる森である。
その森では全ての植物が通常の何倍も、何十倍も大きく育つ。
そのため、木の高さは十メートルを優に超す。
枝から生える葉の量は通常よりも多いため緑の天井が何層にも重なっている。
そのせいで、太陽の光は内部に届くことは無く、入ってすぐに森の中は暗闇だ。
また、内部の足元は巨大な木の根が入り組み、そこには苔が全面を覆っており、歩きづらくもしていた。
僕とドゥルヒブルフ神が特定した邪神の現在地は“間月の森”。
度々、発見された眷属化した魔物だが、少し前にここにのみ生息する固有種の魔物が眷属化して発見された。
その情報を手に入れてから今までの眷属化した魔物の出現分布などを再確認した結果、ここを中心に出現しているということが判明したのだ。
だが、今まで内部の調査がほとんど進んでいない。
暗さがその一因にあるのだが、それ以外にも、木々が巨大に育ちその根が絡み合うため内部では上下が激しくなっていることと、固有種の凶悪性が挙げられる。
固有種は虎型の魔物なのだが跳躍力が高く、さらには静謐性があるので暗いロケーションともかみ合った結果、気づいた時には仲間が消えているという事態が何件も起こったそうだ。
僕は森の中に入って歩いていたのだが森のスケールと比べると自分が小さくなったのでは無いのかと錯覚するほどだ。
僕は照明の魔法を先導させて進むが、灯りが届くのはせいぜい十メートルほど。
先が見えぬまま歩いて数時間。
足元は、苔だらけなので滑らないように特に下りには注意が必要だ。
さらに、魔物が襲い掛かって来るのでそちらにも注意する必要がある。
「うぉっ!」
ふとした瞬間、僕の体は足場を失って一気に落下する。
木の根の上から一気に降りようとバランスをとりながら気持ちよく根の上を滑り降りていたのだが着地先にあったのは根と根の隙間にできた穴であり、足を地面につけることは出来なかった。
そのまま落下に身を任せ続けること約十秒。
先行させた灯りが地面を映した瞬間に体制を整えると苔のびっしりと生えた地面に音を立てることなく着地した。
落ちた先には、苔の花がいたる所で開花し発光しており辺り一面が幻想的に照らされていた。
僕はしばらく、辺りを見回して周囲の確認をする。
そんな中、少し暗がりになっていて見えずらいが斜め後方に木の根が裂かれて道が作られているのを発見した。
僕は、そこに近づいていく。
その隙間が出来ていた近くの地面には木の破片が大量に散らばっており、人工的に作られたものだと分かる。
そのまま隙間の周辺の観察を続けていた次の瞬間。
奥から濃密な魔力の波動が飛んできた。
波動自体はそんなに強いものでは無かったのでそのまま受けたところで問題は無い。
ただ、この魔力の波動は何者かによる意図を感じた。
僕は呼吸を整えるとゆっくりとその中へと入っていく。
入り口は手が加えられていたが、そこから先はほとんどが自然物のようで道はくねくねと曲がりくねっており、足元の凹凸も酷かった。
上下左右に広がる木の壁には苔がびっしりと生えているのだが、よく観察してみれば所々に何かを擦ったような跡が残っている。
何度か曲がり奥へと進み、前方に明かり見えてきたところで紫色の光線が一直線こちらに飛来した。
僕は反射的に左に避け、次の光線が飛んでくる前にと一気に駆け出す。
そして、たどり着いたのは広々とした木で囲まれたドーム状の広間。
光る苔が一面に生えており、部屋全体が明るく照らされていた。
この光景を見た人は自然の織りなす美しさに感嘆の息を漏らすだろう。
だが、その光景にそぐわない圧倒的存在感と禍々しさを持つものがあった。
ドーム中央で宙に浮かぶ謎の球体。
見るだけで嫌悪感を抱かせるその球体ただそこに存在するだけで何の動きも無い。
次の瞬間、その球体が辿ってきた道の入り口で感じたものと同じ魔力の波動を発した。
通常魔力は目で見ることができないのだが、今回は濃密だったせいか魔力を紫色と認識できる。
僕は波動を受け止めてから即座に<鑑定>をおこなった。
名前:ミェースチ
種族:■神 ■■■■
レベル:1■3
称号:追放されし邪神 ■■■■■
見えたのはこれだけ。
それ以外はほとんど文字化けしていたが、称号の欄に【邪神】と確認が取れた。
「邪神!」
僕が、そう声を上げた瞬間に邪神の周囲の魔力が一気に増加したのが分かった。
即座に<魔力障壁>を発動させ、障壁を前方に展開し防御態勢を整える。
球体の動きが停止したと思った瞬間、一気に膨張して破裂した。
破裂した球体の内部からは紫色の液体が周囲に飛び散り、辺りを侵食していくように広がっていく。
ピチャッ ピチャッ
球体のあったはずの場所からそのような軽い足音が聞こえてくる。
「我はミェースチ。
世界を統べる神」
そこに居たのは濃い紫毛の九尾の狐。
九尾の狐は魔法を極めた妖怪と知られているがその上位の存在は神へと昇格する場合もあると真美さんに聞いたことがある。
今回の討伐対象の邪神もそう言った存在であるのだろう。
邪神に意思があるのならばと、僕は声を掛けてみることにした。
「残念だがあなたはここで討伐させてもらう」
「お前のような矮小な存在が神たる我に敵うとでも?
ははっ!
面白い!
寝起きの準備運動がてら相手にしてやろう」
邪神ミェースチはこちらを見下すような目線を向けながら、腹を抱えて笑った。
こんな所に追いやられてまでこの高慢さを保持し続けるなんて、僕はこの邪神が哀れに思える。
「準備運動で済むといいね」
僕は憐れみも込めてそう声を掛けた。
が、邪神は弱者の戯言とでも思っているのか僕のかけた言葉など無視だ。
「そこまで言うならば、我を楽しませてくれよ」
態度が高慢な邪神はそう言って笑った。
本気にしないのならばしょうがないと僕は邪神を即座に討伐する態勢に入る。
ひとまず、邪神をこの場から逃がさないためにその辺りの対策から整えることにした。
「『エリアアイソレイト』『エリアロック』」
現在の空間を一部隔離して、独立した空間として存在させる。
箱の中に箱を作成し、周囲の被害をなくす。
そして、邪神を作成した空間内に一定時間縛り付け、この空間内からの転移による逃走を防ぐ。
そして、一呼吸置き<完全魔法>を使って対神特攻の魔法を作成する。
「『炎の剣。星飲む狼。三度、冬は訪れ広がる終焉。
命の円環に枷は解かれ、黄昏・黄金に。
幻想と現実の狭間。
これは仇なすもののみに剥かれた牙。
邪神の足元に金色の巨大な魔法陣が展開される。
何かを悟った邪神は高笑いから一転、一気に顔を青くして魔法陣の中から脱出しようと後ろ脚を強く蹴った。
が、もう遅い。
魔法陣の内部から黄金の鎖が射出されると足、胴、尻尾など邪神の体の至る所に巻き付き厳重に締め上げる。
同時に邪神全体を四方八方より小さな魔法陣が幾重にも展開し囲む。
小さな魔法陣からは即座に金色の光線が放たれ、邪神の体を抵抗なく貫通させていく。
光線が打ち止むと、小さい魔法陣は光の粒子となって消えていった。
そして、魔法は最終フェーズに入る。
鎖により捕縛され、光線に貫かれたことにより息も絶え絶えな邪神の真上に新たな魔法陣が展開された。
魔法陣のサイズは足元に広がる魔法陣と同一なのだが、それとは裏腹に魔法陣の中から出てきたのは水一滴ほどの小さな火種。
火種は水面に落ちる雫の如く、邪神に向かって落ちその体に触れると、閃光を放ち真っ白な無音の爆発を起こした。
光は邪神を飲み込むほど広がってから収束し何事も無かったかのように消え去る。
邪神はその光と共に消滅したようでこの場には何も残らなかった。
それを確認した僕は自身の転移で第三世界線の“花園”へと帰還する。
そうして、久々に帰ってきた花畑。
そこでは三人の女性が一つのモニターを囲んでお茶をしていた。
左側に座っている金髪の現第三世界線神皇の真美さん、右側に座る和装の黒髪の第五世界線神皇の茜さん。
中央に座っていたのは、ショートカットで雪のように真っ白な髪をしてそれとは対照的な黒いドレスを着ている知らない女性だ。
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