死後年金、今から積み立てしてる?

ちびまるフォイ

<はらえ! はらえ! さっさとはらえ! しばくぞ!

「こんにちは、死後年金の徴収にまいりました」

「え?」


玄関を開けると役所の人が立っていた。


「若い人はニュースを見ないので興味ないかもしれませんが

 実は今年の4月から死後年金を納めることになりました」


「納めるとどうなるんですか?」


「死んだ後に幸せになれますよ」

「新興宗教か!!」


「これは国民の義務ですよ。納めないんですか?」


「なんでそんな怪しいものを払わなくちゃいけないんだよ!」


「あなた生前に信号無視とかしませんでしたか?」

「……まあ、それは急いでいるときとかに」


「そういう悪事があるとあの世では地獄に落ちます。

 でも死後年金を払っておけばもう安心。

 地獄に落ちても死後年金が支給されるのでハッピーライフです」


「帰れ!!」


役人を追い出すと、祖父が驚いた顔をしていた。


「今の、死後年金の人かい?」


「ああ、でも安心して。俺がちゃんと追い返したから」


「呼んだのはわしなんじゃよ」

「えっ!?」


「わしの知り合いはあの世でも幸せになりたいと

 みんな死後年金払っているからのぅ。

 わしもこのびっぐうぇーぶに乗り遅れるわけにいかないんじゃ」


「いやいやいや! おじいちゃん、騙されてるよ!」


「でも、新聞でもちゃんと年金の徴収が始まると買い取るぞ?

 さっきの人もちゃんとしたお役人さんだろう?」


「本当にあの世の年金なんて信じてるの!?」


「信じとらん。でも、もしも、という場合に備えてじゃよ」


これじゃ高齢者を狙った新手の詐欺に近い。


祖父の話では知り合いはみんな払っているということで、

死後年金について必死に資料を準備して説明を繰り返した。


「……と、いうわけで、あの世のことなんてわからない。

 なのにどうしてあの世でお金が戻ってくると思うんですか!」



「だって国の偉い人が決めたんじゃろ?」

「遺産を残してもしょうがないしのぅ」

「今となっては、手元の金も使いみちがないし」

「そんなことより磯野。ゲートボールやろうぜ」


のべ6時間におよぶ大説明会は半分以上の居眠り観客を出すほどの惨状となり

誰ひとりとして俺の言葉に耳を傾けることはなかった。


そして、その夜のこと。


"あいつだな"


"ああ、どうやら国を相手取っているらしい"


"了解。オペレーション奇襲を開始する"


トランシーバーで会話していた役人に夜道で背後から襲われてしまった。

羽交い締めにされて脇の下を一方的にくすぐられて死んでしまった。


「悪く思うな。国の制度を批判する人間はこの国にいてはならないんだ」


遠のく意識の中で役人の声が聞こえた。



あの世のトンネルを抜けると、そこは天国だった。


「ここが……天国……!」


GoogleMAPでもピンが立っているので間違いない。

天国のビザチェック部分では多数の行列ができていた。


「次の方どうぞーー。

 おや? あなたはどうやら死後年金を支払っているようですね」


「はい! あの世でも酒池肉林を味わいたいと

 生前にめちゃくちゃ金を貯めて、年金納めてから死にました!」


「……そうですか、では地獄行きです」


足元の板が抜けて真っ逆さまに落ちていった。

天国に似つかわしくない無慈悲なやり取りに驚いた。


「ちょっ……どうして地獄行きなんですか?!」


「なんですかあなたは。順番を守ってください」


「それよりさっきの人ですよ!

 せっかく死後年金を納めていたのにどうして地獄へ!?」


「そりゃ死後年金なんて結局は自分のための金でしょう?

 あの世でもお金を溜め込んで、自分だけの幸せを考えたもの。

 そんな自己中心的な人間は天国にふさわしくない」


「そんな……。で、でも地獄でも死後年金は使えるんですよね!?」


「は? 何いってんのお前?」

「え」


「地獄で幸せになれるわけないでしょ。苦しめるための場所なんだから。

 現世には大金持ちの受刑者なんてのがいるのかい?」


「死後年金意味ないじゃん!!」


「意味なくはないさ。ほらここから現世を見てご覧」


天国の雲が晴れて現世の様子が見て取れる。


「死後年金を始めてからというもの、役所に金が貯まる貯まる。

 お前も生前は役人にでもなっていればこの大量のお金で

 悠々自適な暮らしを満喫できただろうさ」


「俺の、俺のおじいちゃんは!?」


「あ、今思いっきり死後年金を収めちゃってるね」


「ちくしょーー!!」


「まあ、もう諦めることだ。あの世に来たからには現世を忘れる。

 それがここで快適に過ごすためのコツで……ん? なんか透けてね?」


天国役人が目をぱちぱちとさせた。

俺の手が透け始めていることにやっと気づく。


「うあああ!? な、なんだこれ!?」




ふたたび目を覚ますと病院だった。


「どうやら死の淵から戻ってこれたようだな。 

 私は天才外科医。どんな傷でも私の持っている機械が治してくれる」


「ありがとうございます、助かりました。

 あやうく天国の門をくぐるところでした」


「死後の世界を見てきたのかい?」


「ええ、バッチリと……って、こんなこと話してる場合じゃなかった!

 はやく死後年金を止めないと!!」


病室を出ると黒いスーツの役人が待ち構えていた。


「お前ら……! お前らのやっていることは詐欺と同じだ!」


「それがどうした。そのためにこの立場になったのだ。

 なにかと批判されるストレスにさらされるんだ、これくらいの見返りは当然。

 それより、下手なことはしないほうがいい」


「なに……!?」


見えない位置で俺のお腹に拳銃が突きつけられた。


「この銃口からは生きた善玉ビフィズス菌が発射される。

 貴様の腸内環境が改善されてお通じがよくなるだろう」


「そんなことされたらトイレから出られなくなる!」


「そう。死後の世界を見てきたと言ったな?

 余計なことを言ってみろ。今この場でなにかできなかったとしても

 我々の関係者が必ず貴様を追い詰めてみせる」


ごくり、と自分のノドから音が聞こえた。

この場で逆らうことなどできない。


「いいか、死後年金は誰にも邪魔させない。

 邪魔をすれば貴様だけじゃなく、その家族と、そのフォロワーを粛清する」


「わ、わかった……俺はもう抵抗しない……」


「良い返事だ。わかってくれると信じていた」


「……そして、お前たちの味方になるよ」

「ほう」


「俺は死後の世界を見てきた。だからわかるんだ。

 生きているうちに楽しいことはやっていたほうがいいと。

 ここで逆らわないほうがずっと現世を楽しく生きていける」


「一度、死んだことがいい薬になったようだな。

 ようし貴様には死後年金の受付にしてやろう」


「ありがとうございます」


死後年金の窓口として晴れて役人になったということは、

最もひと目に付く場所で監視されることを意味していた。


「下手なことはするなよ? 貴様が窓口で死後年金の裏をバラしたり

 ちょっとでも情報を流すような真似をすれば……わかってるな?」


「もちろんです。俺は心を入れ替えて死後年金を推進していきます。

 徹底的に無駄をなくして、死後年金をますます広めてみせますよ!」


そして、俺は宣言通りに無駄をなくして効率化を突き進めた。


これまで書類ばかりだったものを電子化し、

いちいち送付していた資料もデータでのやり取りに変更。

窓口でごちゃごちゃ説明していた内容もマニュアル化して説明負担を軽減。


そして――。




「うーーん。よくわからないわ。なんだか難しいし。

 いんたーねっとを操作しなくちゃいけないなら死後年金入らないわ」



ついに死後年金を払う人を駆逐することに成功した。

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