【KAC9】お題:おめでとう

第9話 異世界の駄女神にとうとうぎゃふんと言わせてやった話。



 マズい。

 このままではマジでヤバい。


 何がヤバいって、危機が差し迫っているのだ。


 俺の貞操の危機が────


 ☆


 俺には幼馴染みであり、恋人でもあるみちるがいる。

 二人揃っての異世界転生を経て、俺は彼女をどんな時も一番大切にするって心に誓った。

 それなのに、俺たちを転生させた駄女神セイシェルの策略で、俺は異世界の聖獣カドカワン(愛称はトリ)のつがいにさせられそうになっている。

 あろうことか、先日あのクソ駄女神は、俺たちの通う高校に人間の姿となったトリを転校させてきたのだ。

 おかげで、俺は毎日トリにまとわりつかれるし、ヤキモチを焼くみちるとはギクシャクしてしまうしで、平穏なはずのこちらの世界でも心休まる時がなくなってしまったのだ。


 このままではマジでヤバい。


 切羽詰まった俺は考えに考えぬき、ある日みちるとトリ、そしてセイシェルを呼び出してこう提案した。


「俺とみちるが異世界に行って、トリに相応しい番候補を必ず見つけてみせる。だから俺をトリの番候補から外してほしい」


 それに対しての反応は、三者三様のものだった。


「聖獣カドカワンの聖なる力を受け継ぐ生命が育めれば、カドカワンの番は誰でもいいんだけどー」

 と、女神。


「ウチはハルトがいいポ! 巣として申し分のない頭をしてるから、幼体カク・ヨームを育てるにも都合がいいポ」

 と、トリ。


「ハルトの頭はゆるふわパーマをかけてるんであって、 本人はおしゃれのつもりなんだからね!」

 と、みちる。(抗議するのそこかいっ)


 そんなこんなで、いつものように俺はフクロウ、みちるは俺のテイマーとして異世界に転生し、トリの番探しに奔走することになったのだった。


 ☆


 俺とみちるは何日もかけて聖獣や魔獣の棲む森を渡り歩いた。

 俺が上空を旋回し、木々の間を飛び回り、良さそうなターゲットを見つけて勝負を挑む。


 聖獣カドカワンは、魔王の再誕を阻む特別な力をもった存在だ。

 魔王復活を目論む魔族たちから常に生命を狙われているため、番となるオスにはトリを守れる強さが第一に求められる。


 そのために、俺はめぼしい魔獣聖獣のオス達に本気の勝負を挑んでいるんだが、俺よりも強い奴に出会うことができないでいた。


 相応しい相手が見つかり次第、みちるがテイムしてトリの元へと連れていく算段になっているのだが、なかなか成果が上がらない。


「ホー(フクロウの俺に勝てないような奴ばかりなんて、異世界の獣は不甲斐ない奴ばかりだな)」


「猛禽類は食物連鎖ピラミッドの頂点に君臨する生き物だもの。それに、ハルトは歴戦を経て経験値が上がってるから、並のフクロウの強さじゃない。セイシェルがハルトをトリの番として推すのも当然なのかもしれないね」


 今日もまた遭遇した数匹の魔獣と戦ったものの、俺より強いオスを見つけることは出来なかった。

 テイマーにも使える初歩的な魔術で結界を張り、野宿の支度を整えたみちるとため息混じりに会話を交わす。


「ホー(それでも俺はみちるが好きだ。元の世界でみちると幸せに過ごすのが俺の願いだ)」


「ハルト……。あたしもハルトが好き。ハルトの傍にいるのはあたしでなきゃ嫌。だから、何としてもトリの番として申し分のない相手を見つけないとね!」


 改めてお互いの気持ちを確かめ合うが、異世界ではフクロウになってしまうこの体が恨めしい。

 今すぐにみちるを抱きしめて、キスをしたいところなのに……。


 そんな悔しさが胸に込み上げたところで、カサカサと茂みを分け入ってこちらへ近づく何者かの気配がした。


「ホー!(誰かくるぞ。気をつけろ)」

「う、うん!」


 みちるを守るべく己の鋭い嘴と爪に意識を集中させ、茂みの奥を見据える。


 すると、そこに顔を覗かせたのは……


「ケンッ!?」


 俺たちと共に魔王討伐を果たした勇者であり、かつて思いを寄せていたみちるにフラれ、俺と語らうことで失恋の痛手から立ち直った剣聖ケンだった。


「ミチルとハルト!! 元の世界に戻ったと聞いていたが、またこちらへ来ていたのか」


「ホー(ああ、ちょっと野暮用でな。ケンこそ、どうしてこんなところに?)」


「アルファポ国王からの要請で、魔族の討伐にこの森を訪れたのだ。野宿にちょうど良い場所を探していたところだが、まさかこんな場所で旧友に会えるとは思わなかった」


 以前セイシェルがかけた魔法は生きているらしく、フクロウの俺の言葉を理解して答えてくれるケン。

 ケンと語らったあの時に、駄女神が三分間という時間制限を設けた意味がますますわからないと思いつつも、こうしてケンと再び話ができる機会ができたのはありがたい。


 何せ前回の再会の折には、トリと駄女神に迫られて逃げ出したせいで、ケンとの再会を喜ぶことは叶わなかったからな。


 再会の奇跡を互いに喜びつつ夕食を共にし、今晩はここで三人して野宿をすることにした。


 しかし、懐かしく楽しい時間の後にやってきたのは、まさに生命の危機だった。

 魔族の中でも凶悪なオーガが、就寝中の俺たちを襲撃したのだ。


「ホー!(みちるは結界から出るな!)」


 魔物の気配に気づいた俺とケンはすんでの所で奴の攻撃を躱し、すぐさま臨戦態勢を整えた。


 俺が飛び回りながらオーガにアタックすることで奴を翻弄し、その隙をついてケンが鋭く斬りつける。

 ヒヤリとする場面は何度かあったものの、俺とケンの連携プレーで見事オーガを倒すことができたのだった。


「こいつこそ、今回討伐を依頼されていたオーガだよ。ハルトの助けがあって倒すことができた。ありがとう」


「ホー(いや、礼には及ばないさ。やはりケンは強いな)」


「二人とも無事でよかったよ!」


「どうやら終わったみたいね」


 その時、喜び合う俺たちの前にあの光り輝く扉が現れ、中から駄女神セイシェルが顔を出した。


「魔物の邪気と聖剣の清気の衝突を感じて、慌てて異世界こっちに戻ってきたのよ。さすが勇者ケンね。ブランクヒキニート時代を感じさせない剣技のキレは素晴らしかったわ」


「女神様、お褒めの言葉ありがとうございます」


 セイシェルに向かって恭しく一礼するケン。

 イケメン勇者の前では普段の駄女神ぶりを見せる素振りもなく優雅な笑みをたたえるセイシェルの後ろから、金髪ツインテールの美少女が顔を出した。


「この人が魔王を倒した勇者ポ? 噂に聞くとおりカッコイイポ」


「トリ! あなた異世界に戻ってきたのに、人間態のままなの?」


「当面は異世界こっちでもこの姿でいた方が安全だとセイシェルさまが言ってたポ」


 トリとみちるのやり取りを聞きつつ、何とはなしにケンの方を見ると、彼は超絶美少女の姿をしたトリに呆然と見蕩れていた。


 ケンはこの女の子が聖獣カドカワンだとは知らないし、そもそもカドカワンの元の姿を見たこともないだろうからな。

 金髪ツインテ美少女胸も結構あるに見蕩れても無理はない……




 ……ん?


 ちょっと待てよ────




「ホー(灯台元暗し。ベストマッチの逸材がここにいたじゃないか)」


「ハルト? どうかした?」


「ホー(トリの番の候補だよ。勇者ケンならば、トリの生命を守り抜ける申し分のない強さを持っている。おまけにイケメンで性格も良い)」


「なるほど! トリが人間態でいるならば、ケンとも釣り合うね!」


「ちょっと待ってよ! 勇者ケンはダメッ! 彼は私が目をつけてるんだから!」


 盛り上がる俺とみちるを遮り、ケンの腕に自分の腕を絡めるセイシェル。


「……ホ?(……はぁ? お前、女神のくせに勇者に色目使ってんのか?)」


「だって、魔王を倒せるほどの強さを持った勇者でしかもイケメンって、何百年女神をやってたって滅多に出ることのないレアガチャなのよ!」


「だったら、なおのこと聖獣の番に相応しい逸材ってことじゃないの?」


「ダメー! ケンにはもう私が唾をつけてるのよっ」


「ホー(トリの聖なる力が受け継がれるなら、番は誰でもいいんじゃなかったか?)」


「それとこれとは話が別よ!」


「……さっきから何の話をしているんだ?」


 やんわりと女神の腕を解いて首を傾げるケンに、俺は単刀直入に尋ねた。


「ホー(ケン。正直に答えてくれ。お前は目の前にいる金髪美少女の彼女を見てどう思う?)」


 俺の問いに瞬時に頬を赤らめたケンだったが、トリの姿を真っ直ぐに見つめながらきっぱりと答える。


「……ひと目見た時から、とても美しく魅力的な女性だと思っているよ」


「イケメン勇者にそんな風に言われたら照れるポ」


 ケンの視線と言葉に、頬を赤らめて恥じらうトリ。

 これはイケる!


「ホー(トリ。俺は確かにお前の生命を救ったが、ケンは俺以上に強いし、ご覧のとおりのイケメンだ。お前の番として彼の方が適任なように思うが)」


「確かに……ハルトの柔らかい頭髪は居心地良くて捨てがたいけど、ケンの方がはるかにイケメンで魅力的だポ」


「ホー(こうもあっさり乗り換えられるのは複雑な気分ではあるが……)」


「ケン。トリもあなたのことまんざらでもないみたいだし、新しい恋に踏み出してみるのはどう?」


「……彼女さえ良ければ、まずは食事にでも行って、互いのことを少しずつ知っていけたら、嬉しい」


「望むところポ。何なら色んな手順を一気にすっ飛ばして番になるのもやぶさかではないポ」


「ホー!(おめでとう!! これでカップル成立だな!)」


「ちょっと、何勝手に話を進めてるのよ! しつこくおねだりして、やっとケンにLINE繋げてもらえたところだったのにぃ!!」


「ホー(黙れ駄女神。お前は異世界の平和を見守るのが務めなんだろ? ケンとトリが番になれば、この世界も安泰じゃないか。お前も女神らしく二人を祝福しろよ)」


「おのれハルト……。この恨みは近いうちに必ずはらしてみせるからね。覚えときなさいっ!!」


 悪役そのままのセリフを吐き捨て、駄女神はプリプリと怒りながら光の扉をバタンと閉めた。


 不安要素は残りつつも、こうして二つの世界にまたがって俺に降り掛かっていた災難は消え去り、俺とみちるはようやく平穏な日常を取り戻せたのだった。

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