【KAC2】お題:2番目

第2話 転生先から戻っても、彼女は俺をテイムする。

「はい、あーん♡」


 向かい合わせにくっつけた机越しに、みちるがフォークに刺したお手製の卵焼きをこちらへ向けてきた。


 昼休みの教室でこのイチャラブっぷりはかなり小っ恥ずかしいが、幼馴染みから彼氏へと昇格した今、“みんながいる前でできない” なんて子供っぽい理由で彼女の好意を無下にするのは、男としての器量の狭さを露呈するようなものだ。


「あーん」


 羞恥心を捨て去り大口を開けて身を乗り出すと、真っ黄色の卵焼きは開けた口の前を通り過ぎ、俺の頭上へと掲げられた。


 パクッ。


 モッ、モッ、モッ……ゴクンッ。


 俺の頭を巣にしたが、卵焼きを咀嚼して飲み込む音が聞こえてくる。


「わあ、美味しそうに食べてくれたっ! もう一個食べる?」


「俺にくれるんじゃなかったのかよ!? ってゆーか、トリに卵焼き食わせちゃまずいだろうがっ!!」


 大口を開けて待ってしまった恥ずかしさと、カノジョお手製の卵焼きを他の奴に食われた悔しさとで、湯気が立つほど頭に血が上った俺は思わず荒々しいツッコミを入れてしまった。


 しかし、当のみちるは俺の全力二段構えツッコミなどお構いなしの様子でまなじりをデレっと下げて微笑む。


「テイマーのあたしがトリにご飯をあげるのは当然のことでしょ? それに、この子は異世界の生き物なんだから、ニワトリの卵は共喰いにならないよ」


「俺がフクロウだった時には、『獲物は自分で見つけてきてね』って言って、エサくれたことなんてなかったのに」

「だって、あっちの世界にはハルトの獲物になる小動物がそこら辺にいたじゃない。こっちの世界でトリに狩りをさせるわけにはいかないし、そもそもこの子が狩りなんかできるようには見えないし」


 俺からの敵意を察する気配もなく、頭上ではトリがもっともっとと卵焼きを催促している。


「はい、あーん♡」

 トリに向かって再び卵焼きを差し出してくる愛しきカノジョを前に、俺は最大限の不満を込めたため息を吐いた。




 三ヶ月前、ニケツした自転車で事故に遭った俺たちは、あろうことか異世界に転生してしまった。

 さらにあろうことか、セイシェルとかいう駄女神が転生者枠は一名だと言い出したせいで、俺はフクロウに転生させられ、テイマーとなったみちるに飼い慣らされることになったのだ。


 俺の活躍で魔王を倒し、こっちの世界に戻ってきて(人間に戻れてマジよかった!)、お互いの想いを確かめ合えたまではよかったが──


 みちるの持っていたリュックから、異世界で拾ったタマゴがころんと一個出てきたのだ。

 元の世界へ返すすべもなく、みちるがダメもとで温めてみたところ、一週間ほどでタマゴからヒナがかえった。


 ボールのようにころんと丸い体に、トサカのような羽をつけた頭。

 翼や嘴があることから鳥類かと思われるが、異世界でも見たことのない生き物だった。

 不思議なのは、胸の辺りにカギカッコを組み合わせたような鮮やかな青い宝石のようなものが嵌っていること。

 孵化した時からついているからどうやら体の一部のようだが、それにどんな機能が備わっているのかは謎だ。


 とにかく、そんな生き物が出てきたものだから、みちると俺はそいつを “トリ” と名づけ、世話をすることにした。

 異世界でも雛の刷り込みがあるのか、はたまたみちるのテイマーとしてのスキルが生きていたのか、トリはみちるを親鳥のように慕いよく懐いている。

 その一方で、俺のことは巣にちょうどいい頭をしていると見定めたようで、俺がみちるの隣にいる時は必ず俺の頭上にのってくるのだ。


 この不思議な生き物に、クラスメイトや教師達は最初こそ興味を示したり、学校に連れてこないように指導してきたが、置き物のように動かないトリに飽きたのか、ここ数日は完全にスルーされている。




「……ところでみちる。トリのことで何かわかったことはあるのか? スキル発現の兆候が見られたりとか」


 みちるの意識をトリから奪おうと、俺は声のトーンを一段下げて尋ねた。

 デレデレとトリに見入っていたみちるは、それでようやく俺へと視線を戻す。


「トリが孵化してまだ二週間だよ。成鳥になるまでどのくらいかかるのかわからないけれど、種特有のスキルが発現するまでにはもうしばらく時間がかかるんじゃないかな」


「万一トリの持つスキルが火炎放射とかブリザードとか、周りに危害をもたらすようやつだったらどうするんだ。 俺らの手に負えなくなったら、しかるべき所へ渡すことを考えなくちゃいけない。あんまり情をかけると後が辛くなるぞ」


「もしもトリのスキルが危険なものだったら、この子を暴走させないよう余計にしっかりテイムしなきゃでしょ。ハルトだってもうフクロウじゃないんだし、トリにヤキモチ焼かなくたっていいじゃない」


「ヤキモチなんか焼いてねーし!」


 図星をさされてカッとなった俺は、頭にトリをのっけたまま席を立って教室を出た。




 子供っぽいのはわかってる。

 けど、仕方ないだろ。

 今までみちるの笑顔は俺に一番に向けられていたのに、突然二番目に降格させられたんだから。




「あーあ、せっかく人間の姿に戻れたってのに、うまくいかねーなあ……」


 とりあえず来た校舎の屋上で、フェンス際にしゃがみ込み、空を見上げた時だった。


 頭上の空間から突如二本の腕が現れ、そろーりそろりと伸びてきた。

 かと思うと、その腕が俺の頭上にいるトリを持ち上げたのだ。


「おい、駄女神。何をしている」


 がしっとその手首を掴んで問うと、華奢な腕がビクッと反応した。


「なんだ、バレたか」


 チッという舌打ちと共に全身を現したのは、異世界の女神セイシェル。

 そう、俺をフクロウに転生させた張本人だ。


「あらー、ハルト、人間に戻れてたのねー。ナイスラッキー♪」


「ナイスラッキー♪じゃねーよ。なんであんたがトリを連れ去ろうとしてるんだ」


「あ、このカク・ヨームのこと? だってコイツ、うちの世界の生き物でしょ。勝手に持ち出したものは返してもらわなきゃ困るわ」


「トリを返すのはやぶさかじゃないが、せめてみちるにお別れを言わせてやってくれよ。この二週間、みちるはテイマーとしてそいつに惜しみない愛情をかけて育ててきたんだ」


「えー。こっちはかなり急いでるんだけどー。カク・ヨームの卵が持ち出さてれたなんて上司にバレたら、始末書どころじゃすまないし」


「だったら、一名分の転生枠に俺をフクロウにして無理矢理ねじ込んだり、元の世界に戻すときに人間の姿に指定し忘れたりしたことも、上司に報告すべき重大なミスなんじゃ──」


「ちょ、声が大きいって! もう、わかったわよ。待っててあげるから、急いでみちるを呼んできなさいよ」


 駄女神が逃げたりしないよう、人質ならぬ鳥質にトリを抱きかかえ、俺は急いで教室に戻った。

 みちるに事情を伝え、セイシェルの待つ屋上へ彼女を連れて戻ってきた。


「やっぱり、トリにとっては元の世界に戻る方が幸せだよね……」


 突然訪れた別れのとき。

 目に涙をためたみちるが、自らを諭すように呟いてトリを抱きしめる。

 大好きなみちるの胸に抱かれ、トリは気持ち良さそうに目を細めた。


「さようなら。トリのことはずっと忘れないよ。向こうで元気に暮らしてね」


 ぎゅ、と腕に力を込め、トリのとさかに頬ずりすると、みちるはゆるゆると腕を解く。

 セイシェルにトリを差し出すと、駄女神は「じゃねー」と感慨の欠片もない言葉を残し、あっさりと姿を消してしまった。


 屋上には、俺とみちるの二人だけが残された。

 トリがいたのはたったの二週間だったのに、ぽっかりと心に穴があいたようだ。


「トリは、元の世界に戻るべきだったんだよね……」


 みちるの呟いた言葉からは、この別れが正しい選択であって欲しいと願う気持ちが滲み出ている。


「トリが成鳥になった時の大きさは計り知れないし、万一何らかのスキルが発現した日には、周りが騒ぎ出して、トリを追い詰める事態になっていたかもしれない。駄女神が取り返しに来たくらいだから、あいつはやっぱり異世界にいるべき存在なんだよ」


「うん、そうだね……」


 俺の言葉に同意はしても、みちるの笑顔にいつもの輝きは戻らない。


「俺がテイムされてやろうか?」


「え?」


「テイムする相手がいなくなって寂しいんだろ? トリの代わりに俺がいくらでも飼い慣らされてやるよ」


 冗談めかしてそう言うと、みちるはふふっと笑って俺の肩に頭をのせた。


「そうだね……。こっちの世界に戻ってくる時、ハルトがどんな姿になってもあたしがテイムして、ずっと隣にいてもらうんだって宣言したんだったよね」


「言っとくけど、フクロウだった時と違って、人間の俺をテイムするのはなかなか難しいからな」


「そうなの? じゃ、まずは餌付けから始めないとかな。明日のお弁当の卵焼きは、ハルトにあーんしてあげる」


「でも、餌付けだけじゃまだ足りないな」


「じゃあ、他には何をすればいい?」


「テイマーにとって、俺が一番の存在だって思わせてくれないと」


 俺の要求を聞いたみちるが、頭をもたげて俺を見上げた。


 半月みたいに細められた瞳の揺らぎに魅入られた瞬間。


 柔らかいものが俺の唇にそっと触れる。




 背伸びをした上履きの踵をコンクリートに下ろすと、頬を染めたみちるがにっこりと微笑んだ。


「そんなの今さらだよ。いつだって、あたしの中の一番はハルトに決まってる」


 恥じらいを含んだその表情と今も残る唇の感触に、俺の心は目の前の幼馴染みテイマーに完全に囚われてしまったのだった。

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