俺たちを異世界転生させた駄女神がひどすぎて泣けるんだが。

侘助ヒマリ

カクヨム3周年おめでとうございます

【KAC1】お題:切り札はフクロウ

第1話 幼馴染みと転生したら、彼女が俺のテイマーになっていた。

「ハルト! 偵察お願いね!」


 みちるが俺を送り出すべく、牛革を巻いた腕を大きく前へ押し出す。

 長年かけて培った阿吽の呼吸で、俺は鋭い爪を彼女の腕から離し、翼を大きく広げて真っ暗な魔王城の回廊を玉座の間めがけ飛び立った。


 勇者一行の侵入を許した魔王軍は、城内の灯りを全て消して息を潜め、撃退のチャンスを窺っている。

 魔物たちよりも夜目が利き静寂飛行を得意とする俺は、天井の無駄に高い回廊を飛び回りながら、どこに敵が潜んでいるのかを確認した。


 よし。魔物たちの潜む位置はばっちり把握したぞ。

 みちるの元に戻って報告しよう。


 最奥にある玉座の間でUターンし音もなく飛行しながら、俺はふとこの異世界に転生する前のことを思い返した。


 俺とみちるは幼馴染みで、小学校に上がる前からいつも一緒に行動していた。

 事故にあったあの日も、体育の授業で足を捻挫したみちるを家まで送ってやろうと、自転車の荷台に彼女を乗せて坂道を下っていた。

 “ニケツ” なんて危険行為をした自分に過失があったのは否定しない。

 しかし、本来俺の過失を責めて罰を与える権利があるのは、閻魔大王さまだけなんじゃないのか?

 なぜ、異世界の女神に「転生枠は一名しかないのにどうしてくれるのよ!?」なんて責められて、俺がフクロウに転生させられなきゃいけないんだ。

 しかも、みちるが俺のテイマーになって、冒険者グループに加わることになるなんて……。


 “異世界転生=チート勇者” の鉄板ルートを踏み外した無念さを胸に滲ませつつ、俺はみちるの元へと戻る。


「おかえり、ハルト! どうだった?」

 笑顔で俺を迎えるみちるが嘴に耳を寄せてくる。

「ホォー。ホォー」

 フクロウに転生した俺は言葉を話すことができないが、テイマーのみちるにだけは俺の言いたいことが伝わるようだ。


「三つ目、五つ目の柱の陰にストーンゴーレム、八つ目の柱には二体のオーク、さらにその奥の謁見の間の扉の脇にはリザードマンが控えているそうよ」

 みちるがパーティメンバーにそう告げると、パーティのリーダーでもある勇者ケンが大きく頷いた。

「この暗闇で敵の潜む位置が把握できるのはありがたい。よし、魔王のいる玉座の間まで突き進むぞ!」

 臨戦態勢を整えたメンバーは無言で頷き合い、ケンを先頭にしたいつもの陣形を組んで奥へと進み始めた。


 ☆


「くうっ! これが魔王の強さか……!」

「最高位魔法も歯が立たないなんて……これじゃエクスカリバーの斬撃チャンスが掴めないわ!」


 回廊に潜む刺客は返り討ちにできたものの、玉座の間に控えるボス級の魔物たちはやはり桁違いに強かった。

 そいつらを何とか倒し、魔王ラスボスと対峙したはいいが、これまでの激戦で疲弊しきったメンバーが圧倒的な力を持つ魔王を倒すことなどまず不可能だった。


「あたしにドラゴンがテイムできていれば……!」

 全身傷だらけになったみちるが歯噛みする。

 大切な幼馴染みの危機を前にして、俺の中では激しい後悔が渦を巻く。


 勇者ケンのパーティに加わって旅を続ける間、みちるは何度か魔獣をテイムするチャンスを得ていた。

 実際にみちると主従を結んだ魔獣もいたが、俺の他にみちると親しくする奴がいるのが面白くなくて、俺はそいつらを仲間として受け入れることができなかった。

「残念だけど、ハルトと上手くやれないのなら仕方ないね……」

 せっかく手懐けた魔獣でも、俺が嫌だと言えばみちるはそう言って手放した。

 その結果テイマーとしてのレベルが上がらず、その後上級魔獣と遭遇してもみちるがテイムすることは叶わなかったのだ。


 みちるが危機にあるのは、俺のせいでもあるんだ。

 俺がこいつを助けなきゃ──!!


「ホーッ!!(うおおおおっ!!)」

「あっ、ハルト!?」


 みちるの肩から飛び立った俺は、すべてを一瞬のうちに灰にする炎の攻撃をひらりひらりと躱しながら魔王に迫る。


 巨大な魔王からすれば、フクロウの俺など獅子にまとわりつく蝿のような存在だろう。

 目障りな様子で勇者や魔道士への攻撃の合間に俺に仕掛けてくるが、持ち前の動体視力と視野の広さで素早く避けつつ、魔王の顔に近づいた。


「ホーーーッ!!(これでもくらえっ!!)」


 俺の唯一にして最強の武器、鋭く尖った鉤爪かぎづめを魔王の右眼に突き立てた。


「ぐああああっ!!」


 堪らず魔王が右眼を両手で押さえる。

 すんでのところで俺が飛び去ると、

「今だっ! くらえ、聖剣エクスカリバー!!」

 と叫んだケンが剣を振り上げ、薄暗い玉座の間を一筋の閃光が支配した。


 ☆


「終わった──何もかもが」


 土塊つちくれと化して崩れ落ちた魔王の遺骸を前に、半ば呆然とした様子でケンが呟いた。


「ハルト……。飛び出した時は心臓が止まりそうだったけど、大活躍だったよ。ありがとう」

 肩に止まる俺を労い、俺の羽根を繕うように細い指先を滑らせるみちる。

 心地良いその感触に目を細めていると、エクスカリバーを鞘に収めたケンがみちるに歩み寄ってきた。


「魔王を倒した今、ようやく俺は自分の思いを伝えることができる。……みちる、平和を取り戻したこの国で、これからは俺の妻として共に過ごしてくれないか。もちろん、ハルトのことは俺も家族として大切にする」


「えっ、ケン……!?」


 突然の愛の告白に、俺もみちるも目を白黒させた。

 みちるの頬の熱さが、肩にのった俺にも伝わってくる。


 悔しい。

 みちるの隣は俺の指定席だったはずだ。

 そこになぜこいつが割り込もうとしてるんだ。

 そりゃあ俺はフクロウになっちまったし、

 こいつは男の俺から見ても強くてイケメンでいい奴だし、

 みちるだってまんざらでもないのが伝わってくるけど。


 でもっ────


「ホ……」

「ごめんなさい」

「えっ?」


 俺の鳴き声を遮ったみちるが、ケンに向かって頭を下げる。


「ケンの気持ちはすごく嬉しいよ。でも……あたしの隣にハルト以外の男性がいる未来なんて、考えられない」

「でも、ハルトは猛禽類だぞ? みちるの伴侶になれるわけじゃ……」

「わかってる! けど、やっぱりあたしの隣にはハルトがいてほしい!  隣にいてほしいのは、ハルトだけなの……っ」

「ホー……(みちる……)」


 その時、がらんとした玉座の間に光り輝く荘厳な扉が現れ、あの駄女神が姿を現した。


「はーい、皆さんおつかれっしたー」

「あなたは……女神セイシェル」

「転生者の寄せ集めだったけど、まさかほんとに魔王を倒しちゃうなんてびっくりー」


 今の今まで命を賭して魔王と戦っていたメンバーを前に、駄女神は最大級の失言を臆面もなく言い放った。


「まあこれでアンタ達もこの世界にいる理由はなくなったわけだし、元の世界に戻る選択肢を与えてあげるわ。もちろん、ここに残って魔王を倒した伝説のパーティとして富と名声と酒と女(または男)を欲しいままにするっていうのならお好きにどうぞ」


 事後処理を面倒くさがる表情をあからさまに見せつつ、駄女神が上から目線で告げる。

 顔を見合わせたパーティメンバーは、元の世界に戻るか、この世界に留まるか、それぞれの希望を表明していった。


 そして、みちるは──


「あたしは、ハルトと一緒に元の世界に戻りたいです」

 駄女神を真っ直ぐに見据え、きっぱりとそう宣言する。


「ホー(俺も同じく)」

 俺も駄女神を睨みつけるように見つめた。


「あっそ。んじゃ、お望みどおり二人一緒に帰してあげる。おつかれー」


 セイシェルがかったるそうに指先をちょちょいと振ると、頭上から降りてくる光の粉が俺とみちるを包み込んだ。


 失恋の痛手を引きずるケンも、その他のメンバーも駄女神も、やがてその姿は光で見えなくなっていく。


 みちる──

 フクロウになった俺でも、かけがえのない存在だって思ってくれてありがとう。

 元の世界に戻ったら、俺もきちんとお前に伝え……


「あっ、言い忘れてたけど、元の世界に戻ったからって、ハルトが人間に戻れるとは限らないからー」

「ホゥッ!?(ええっ!?)」

「ええっ!?」


 聞き捨てならないセリフが、真っ白で何も見えなくなった空間にエコーする。


「ホーーーゥッ!!(ちょ、どういうことだよっ!!)」


 力の限りツッコミを入れたが、俺の鳴き声も虚しく響くだけ。


「だいじょうぶ。たとえどんな姿で戻ったとしても、ハルトはあたしの大切な幼馴染みだよっ」


 事故にあった河原の風景が微かに戻ってくる中で、みちるが微笑む。



「ライオンになったって、ダンゴムシになったって、ハルトのことはあたしがちゃんとテイムして、ずっと隣にいてもらうからね!」


 悪戯っぽくそう言うと、みちるは肩にのせた俺に手を添え、硬い嘴にキスをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る