第173話 三半規管はウソつかない


「でね、情報が漏れているなら、日本本国に防衛対策される前に突入すべきだってことになったらしいよ。だから、出発時間が繰り上がるんだって」


 ほんとかよ。


 でもなんというか、これって、インパール作戦じゃなくて、ミッドウェー作戦のような気がしてきたぞ。


 アメリカの奇襲によって帝都東京が空襲されてしまった。それで慌てた大本営サマが急遽ミッドウェー作戦を決めた、みたいな。


 インパールでもミッドウェーでも、どっちもかなり悲惨な失敗で大損害を受けているはずだから、歴史は繰り返すパターンをやってもらいたくないんだよな。だって今回の場合俺も一緒に犠牲になるだろう。


「繰り上がるっていうけど、いつになるの?」


「即刻。って言っていた」


 細川アリサのその発言がトリガーになったかのように。


 地震が起きた。いや、ここは学園艦……じゃなくて都市艦旭川の上だ。地震は無い。


 でも揺れている。小刻みに揺れている。地震でいうところの最初のガタガタっていうやつ。中学校の理科で習ったP波だったっけか?


 地の底からゴゴゴゴゴゴと湧き上がってくるかのような低い音。


「あれ? なんだこの轟音? 火山でも噴火するのか? 雌阿寒岳か?」


 俺の呟きは渾身のボケと思われたのだろうか。


「これ、国技館が都市艦からパージされて飛び立つってことでしょ?」


 クロハが上を見あげて右手で真上を指さした。……といっても見えるのは大空ではなく体育館の天井だけど。


 僅かな浮遊感というか、ヘンな感覚が身体を捕らえた。三半規管を直接揺さぶってくる感じ。いや、浮遊感だと一瞬思っちゃったけど、車で急加速した時のようなGに似ているようにも感じる。


「あー、私たちの国技館、発射したみたいだね」


 細川アリサが言う。15歳のボクは肥大化して尖った自意識を持て余してしまい盗んだバイクで走り出しました、的な気軽さのセリフだ。


「発射したって、マジか……もっと、ロケットの打ち上げみたいな強烈なGがかかるんかと思っていた。これじゃあ、昇りのエレベーターよりも速度遅いんじゃないの?」


「当たり前だけど、ロケットなんかよりも遥かに重いモノが空を飛んでいるんだからね。莫大な推進力であっても、空に浮かぶだけでも一苦労なんだよ。普通だったら落ちるところを魔法の補助を得て宙に浮いているんだから、そんな爆速で日本本土に到達できるわけじゃない」


 俺に対してエラソーに講釈垂れたのは細川アリサだ。コイツ、スイーツ店の娘で見た目はちょっとだけヤンキーっぽいけど、頭は悪くないというか、割と賢い部類なのかもしれない。


 俺、今、空中に居るってことか……


 近場に窓が無いから、外の様子を確認することはできないので、飛んでいるかどうかの実感は体感だけしかない。飛行機に乗った時のような浮遊感だけが空中に滞在している証明書のようなものだった。三半規管はウソつかない。


「心の準備が整う前に出発しちゃったけど、これ、いつ京都に着くんだろうなー?」


 改めて、京都に行くとなると、色々楽しみだなあ。つじりの抹茶パフェとか食べてみたいな。……魔族に支配された京都にもスイーツは存在するのだろうか? やっぱり魔族の若い女性、セクシーダイナマイツなおねいさんたちが並んでいるのだろうか? 他に京都の名所といったら、京都産業大学とか、陶板名画の庭とか、それとなんといっても漢字検定協会だろうなあ。


 はっ……イカン、イカン。俺が修学旅行気分になってどうするんだ。


 気を緩めずに緊張感を保たなければ。


 そういえば、空を飛んでいる時が最も無防備なので、敵の攻撃を受ける可能性がある、的なことを言われていなかったか?


 でも、今の国技館、それこそ飛行機に乗っているかのような感覚だぞ。エンジン音ってことでもないだろうが、小さな振動はあるし、浮遊感はある。でも、それ以上のことは無い。


 つまり、特にこれといった攻撃は受けていないんじゃないかな?


 まさか、いまさら何かの仕込みで粉塵爆発するとか、無いだろうな?


「この国技館って、普通の飛行機よりは速度はかなり遅いみたいだから、日本に到達するまではそれなりの時間はかかるみたいだよ」


 完全にアリサに情報量で負けているよな、俺。アラフォーのオッサンとジェーケーのアンテナ感度の差か。


 でもでも、だよ? 飛んでいる時間が長いってことは、それだけ無防備タイムが長いってことにもなりませんかね?


 俺の内面の不安は顔の色に出ていたのか、いたづらに。


「赤良! 相撲部監督のクセに、なにをシケたツラしているのよ。敵の攻撃なんて、現実的には日本本土に接近しない限りは来ないだろうから、心配する必要は無いでしょ」


 プリンを食べて元気が出たのか、明るい表情で言ったのはクロハだ。


 つまりそれは裏を返せば、日本本土に接近すれば敵の攻撃が容赦なく襲いかかって来るって言っているんだよな、それは。情報が魔族に筒抜けになっているらしいので、当然京都でも邀撃準備を整えて待ち構えていることだろう。


 決戦はフライデーだ。今日の曜日は知らないけど、たぶん仏滅だろう。


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