第146話 イヤな思い出はリレーする


 ……小学生の頃といえば、もう一つ、今、思い出したわ。


 小学校一年生の時だったか。俺は不器用なので球技は苦手だけど、基本的な体力はあったもんだから、短距離走は早かった。ということで俺は、クラスで運動会のリレーの選手の補欠に選ばれた。


 正式な選手ではなく補欠ってあたりが、どこへ行ってもハンパ者の俺らしいといえば俺らしいエピだ。


 まあそれはそうと、補欠とはいえ、どちらかというと運動に対して苦手意識のあった俺が、運動部門においてリレー選手の補欠になれたのだ。正直なところ嬉しかった。


 なので、クラスは別だけど仲の良い友達に自慢半分にリレーの選手の補欠に選ばれたよ、と言った。そうしたら。


「おケツ!」


 と笑われてしまった。まあ今にして思い返してみれば、小学校一年生の語彙力からいったら、補欠なんていう難しい概念よりも、お尻の方が直感的に結ばれたということなのだろう。


 別に、その友達に対して恨みを抱いているとかではない。その友達だって悪気があったわけではなく、単純に補欠という語からおケツを連想して可笑しかったから笑っただけなのだろう。罪のない子どもの素直な行動だ。


 なお、運動会本番では、リレーの選手に欠員は出ず、補欠の俺に出番は無かった。あまり美しい思い出じゃないな。


 補欠じゃダメだということを学んだ俺は、公園でハワイアン大王波の練習をするだけではなく、走る練習もした。練習っていったって、科学的なノウハウがあるわけじゃないから、ハワイアン大王波の練習に飽きた頃に、単純に短距離ダッシュを疲れるまで繰り返すだけだった。


 練習の成果は実った。ハワイアン大王波は撃てないままだったが、足は速くなった。


 二年生の時には、正式のリレーの選手に選ばれた。嬉しかった俺は、他のメンバーとバトン私の練習もしっかりやった。しかし運動会当日、俺はインフルエンザに感染してしまい、39度の熱が出てとても参加できる状態ではなかった。イヤな思い出だ。


 三年生の時には、またも俺はリレーの選手に選出された。こうなると完全に実力だ。だが、本番の運動会の日、張り切りすぎた俺は走っている最中に転んでしまった。俺のクラスはそれまでトップだったのに、俺が転んだせいで他のクラスに追い抜かれてしまい、結局最下位に終わってしまった。おケツである。イヤな思い出だ。


 四年生の時、俺は三たびリレーの選手に選ばれた。運動会当日は、午前中は好天だったものの、午後からは急速に空気が冷たくなって天気が崩れ冷たい雨が降り始めた。今にして思えば寒冷前線が来たのだろう。冷たい雨が降る中で走った俺は、途中で足が攣ってしまい、その場に倒れ込んでしまった。またも最下位だ。それも、去年はチームは完走はしたけど、今年のチームは完走すらできずに途中棄権という結果に終わった。イヤな思い出だ。


 五年生の時には、ここまで毎年、俺が何かやらかしてチームの足を引っ張ってきたことが他のみんなに認識されてしまっていた。純粋な短距離走の速さなら当然リレーの選手に選ばれて良かったはずなのに、俺は選手に選ばれなかった。補欠にも入れなかった。理不尽だと思ったが、クラスみんなの総意なので、俺がたった一人で反対だと言っても封殺されるだけだということは分かっていた。イヤな思い出だ。


 六年生の時も、足の速さは無関係に、俺はリレーの選手の選考から除外された。分かっていたよ。去年で学習した。ムカつくので、運動会当日の土曜日はインフルエンザにかかった、という仮病で休んでやった。……ところが、月曜日からまた学校に行こうと思っていたら、インフルエンザの場合は体力が回復したとしてもまだ菌を保持しているので、出席停止と言われてしまい、結局一週間学校を休むことになった。授業は置いて行かれてしまうし、月曜日の給食で出るプリンを食べ損ねてしまった。イヤな思い出だ。


 ……俺の苦い過去回想はともかくとして、大須賀氏のヘイト色の濃いスピーチは続いている。


「このような事態を受けまして、魔族との戦いは、もはや一刻の猶予も無く日本本土を取り戻す戦いを開始しなければならない状況にあると考えます。というか、以前から考えていました」


 大須賀先生はスーツの内ポケットからハンカチを取り出して、広い額の汗を拭いた。ハンカチ王子かよ。


「日本は魔族に占領され、国民は都市艦での避難生活を余儀なくされています。都市艦ですから、世界各地の海にバラバラです。こうなってしまった時に最も憂慮すべきは、全国民の足並みが揃わなくなることです。都市艦ごとに考え方に差が出るということが想定されました。国土回復戦に積極的な艦もあるかもしれない。その一方で悪名高い日本国憲法第9条の文言を振りかざして不戦平和を唱える意見が主流となってしまう艦もあるかもしれない。そして、これも私が想定していた通りとなっています。魔族に日本を占領されてからどれくらい時間が経ちましたか? その間、各都市艦は何をしていましたか? 何の準備も進んでいないじゃないですか。人間というのは慣れる生き物です。国土を奪われてしまっても、都市艦での生活がそれなりに快適だと、それでいいやと妥協してしまうのです。それが子孫の代まで永遠に持続可能というのならば、私も文句は言わないかもしれません。しかし都市艦は経費がかかる。そのため、市民のみなさまには高い税率の消費税の負担をお願いしています」


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