第122話 π/


 棒は何に使うんだろうな?


 というシンプルな疑問はともかくとして。


 相手が無抵抗なので、作業はクロハ一人でも順調に進んだ。


 両手を使って、魔族の女を複雑に縛り上げる。


 クロハの場合、両手と言っても、片方は魔族に吹っ飛ばされたので、半袖分の長さしか残っていないんだけど、そんなハンデなんて全く感じさせない器用さだった。


 そんなことより、緊縛が進めば進むほど、明らかになってきた。この縛り方って……


「ちょっと。これって、あの縛り方なんじゃないの? 古代中国の殷王朝時代に、亀の甲羅を使ってなんとかしたやつ……」


 と言ったのは二階堂ウメさん。


 残念だな。惜しい。亀の甲羅、という部分までは合っている。


 でも古代殷王朝の亀の甲羅といえば、甲骨文字のことだろう。二階堂さんは混同しているようだ。


 今、クロハが魔族の美女を緊縛している禁断の縛り方。それは、亀の甲羅の形を想像させることによって名付けられた、世にも忌まわしい縛り方だった。


 その名を口に出すのは憚られる。


 もうなんというか、色々なものが拮抗しているのだ。


「ちょっと、あんた、なんでこんな、ヘンタイ的な縛り方をするのよ?」


「そりゃ、相手が動けないようにするだけなら、単に簀巻きにするだけでいいけど、魔族に屈辱感をあたえるのが大きな目的なんだから。この縛り方で行くべきでしょ」


 ちなみにクロハは、マニュアルを見ながら縛っているわけではない。縛り方を頭の中でちゃんと覚えているということだ。


 魔族の美女は、巨乳だ。


 その、二つの乳房が、黄色黒縞々のトラロープによってそれぞれが六角形の枠に区切られている。パイスラッシュの六角形版だと思えばいい。


 こ、これは、目の毒だな。


 ……なんというか、目の毒、という表現、マジでビミョウだよね。眼福? こっちの方がいいかな。


 そうこうしているうちに、クロハはトラロープを完全に自家薬籠中のものにして、魔族の美女を亀の甲羅の擬人化で縛り上げた。今は縛られた状態の魔族の美女は、俯せで土俵の中央に居る。縛られているせいで少し海老反り状態になっている。というよりは、お中元かお歳暮で送られてきた値段の高めのハムみたいだな、と、ついつい俺は思ってしまった。不謹慎だろうか。


 俺、マジで恐ろしい世界に転生してしまったんだなあ。


「なあクロハ。彼女を縛ったはいいけど、これからどうするんだ? こんな縛り方をすること自体が人道に悖るようにも思うんだけどな」


 そうである。魔族には法律が適用されず裁判も無い。そこにただ一つ残る良心は人道主義だけなのだ。


「運ぶのよ。そのために棒を持ってきてもらったんだから」


 まるで夕焼け空をみて明日の天気は晴れだねと言うかのような気軽さで、クロハは言った。


「屋根付きの土俵という強力な結界があるから今はこの魔族の女も自由に動けないけど、運搬するためにはどうしても結界から出るでしょ? そうなると、暴れられたり逃亡を図られたりしたら困るから、だから保険として縛っておいたのよね。分かる?」


 それだけならともかく、わざわざ亀の甲羅縛りをやるというのは理解できねえわ。


「縛った生ハムは、そのままでは運搬しにくいから、ここで棒を使うのよ。棒の真ん中に括り付けてぶら下げて、棒の両端を二人で持って担ぐの。丁度、時代劇に出てくるカゴみたいな感じで」


 こっちの世界にも江戸時代あたりを舞台にした時代劇があるのか。時代劇があるなら、色々なお約束も存在するのかな。エロいお代官様が若い娘を手籠めにしようとする時に、良いではないか良いではないかと言いながら帯を引っ張ると娘がくるくる回るのとか。あるいは悪徳商人がお代官様に対して山吹色のお菓子を贈って、お主もワルよのう、いえいえお代官様ほどではありません、などと無駄に謙遜するやつとか。


「でもな、クロハが言っているのは、そりゃ運搬方法の話だろ? どこに運搬して、どうするのか、を聞いていないんだけど?」


 クロハは、亀の甲羅の緊縛で体力を消耗したのか、置いてある紙袋の側まで行って、そこから羽二重餅を取り出して器用に個包装をはずしてもぐもぐタイムしている。……クロハの奴、青汁じゃなくて羽二重餅だから指示通りじゃないとか言って怒っていたけど、こうやって疲れた時の甘味補給としてちゃんと結果的には役に立っているじゃないか。


 ほら、俺の持ってきた羽二重餅、役に立っただろ。俺の判断も必ずしも誤りではなかったってことになったじゃん。というかこれ、伏線回収したよね?


「魔族の女なんて、体重の塊だろうから、運搬するならやっぱり体が大きくて力が強い赤良と二階堂さんに頼むしかないわね」


 またまたクロハの口から名言、というか謎言が爆裂誕生してしまったな。その言い方だと、どんな痩せた人だって体重はあるんだから、誰だって体重の塊だろう。


「いや、そりゃ俺と二階堂さんで運ぶのは、まあいいとして、どこまで運ぶんだよ。長い距離だと、いくら夜で暗くなったとはいえ、人目について目立ってしまうだろ」


 魔族が、俺たち以外の人間に見つかってしまうのはヤバいだろう。


「神社から出てすぐそこの川よ」


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