第123話 全ての川は石狩川に通ず


「川なんかあったっけ?」


 俺は旭川西高校出身ではあるけど、通っていたのは当然十代の頃で、アラフォーの現在から振り返ると大昔だ。学校周辺の地理は詳しくは覚えていない。というかそもそも、ここは俺が居た元の世界ではない。都市艦の上だ。流れている川だって、北海道の地上にある旭川市とは違っていたとしても不思議ではないのだ。


「あるのよ。川。全ての道はローマに通ず、っていう名言があるけど、それを言うなら旭川市の場合、全ての川は石狩川に通ず、なのよ」


 つまり石狩川に注ぐ支流ってことだ。


 で、川まで魔族の美女を運んで、それからどうするのだろうか。筏でも用意してあって、それに載せて運搬するとでもいうのだろうか。


「だから、この魔族の女を、川に棄ててしまえば、そのまま石狩川に流れて、いずれ海に流れ落ちて、処分完了でめでたしめでたし、よ」


 まるで石狩川に鮭の稚魚を放流してカムバックサーモンと呼びかけるかのような気軽さでクロハ部長様が発言したぞ。


 人道主義という掲げている錦の御旗がヘソで茶を沸かすぞな。


「おいおい、人を川に棄てるって、どういうことだよ。溺れ死んでしまうじゃないか」


「人じゃないわ。魔族よ」


 すぐにクロハが修正する。歴史修正主義者は細かな言い方の差異にも目くじらを立てるものだ。


「いやいや、人であっても魔族であってもだよ。川になんか棄てたら溺れてしまうだろう。それが人道的とは、俺にはとても思えないんだけどな」


 クロハは大袈裟に溜息をついた。そして無知なる俺に対して女神さまが知識を授けてくれる。


「あのね、赤良。チミモウリョウって知っている? 漢字で書ける?」


 ……いや、咄嗟に漢字で書けと言われると、ちょっと自信無いけどな。確か四文字とも鬼へんの文字だ。


「まあ別に漢字で書ける必要は無いんだけど、要は魑魅魍魎って、山や川の気から生じる化け物の総称なのよね。端的に言えば妖怪とかあやかしとか、そういった感じと解釈して大体間違い無い。


「それが人道主義とどう関係があるんだ?」


「魑魅魍魎って言葉は、ザコ敵というニュアンスで使われることもあるわね。でも、魔族っていうのは、そういった魑魅魍魎が更に力を蓄えて、人間の脅威になった感じだと思ってくれていいわ。だから、魔族を川に流すってことは、自然に返すってことなのよ」


 珍説登場。


「釣りの用語で、キャッチアンドリリースっていう言葉もあるでしょ。魔族は魑魅魍魎だから、水の中に返しても、溺れて死ぬことは無いから。それでいいんだって」


 クロハの説明は牽強付会にしか聞こえないな。こういう時は本人に直接尋ねてみるのがいいかな。


「なあ、今、クロハが言ったことは本当なのか? 魔族は魑魅魍魎だから川に放流されても溺れないっていうのは」


「ふっ。事実としては合っていても、ニュアンスが正反対ね。魔族をザコ扱いするとは笑止千万よ。魔族は、水に沈めたくらいでは仕留めることができないのよ。愚かで下等な人間が魔族を倒しきるのは難しいのよ」


 ……うん、なんか、本当らしいや。


 俺だって、じゃあ川に放流するのがダメだとしたら、魔族の美女をどう扱うか、と聞かれたら、持て余すしか無いんだけどな。


「もう。そんな、ああだこうだと議論している場合じゃないでしょ。もうこんな夜になって暗くなっているんだから。さっさと川に運んで片づけましょ」


 クロハに言われて、俺と二階堂さんが天秤棒の両端を持つことになった。


 土俵に入る時は靴を脱いで裸足になり、土俵中央で、亀の甲羅型に縛られた魔族の美女を棒の真ん中に吊し、俺が前を持ち、二階堂さんが後ろを持った。二人で息を合わせて棒を担ぎ上げ、土俵を出る時に靴を履く。


 木の棒、肩の骨に当たって痛いな。なんだかんだいって亀の甲羅の形に縛り上げた成人女性一人分の体重は、人間であれ魔族であれ、軽いものではない。


「川って、すぐ近くだって言っていたよな?」


 これで遠くまで歩かされたら、たまったもんじゃない。


「そうよ。……っていうか、自分が勤めている学校の近くの地理を把握していないの?」


「出勤する時は地下を通って行ったんだよ」


 クロハと恵水は見ているだけか。ラクでいいな。クロハなんて、片手だけで個包装を外しながら羽二重餅をもぐもぐ食べている。あの調子だと一人で全部食べてしまいそうだな。まあ、魔封波で魔力を消費したんだろうから、仕方ないだろうけど。


 そういえば、こうやって天秤棒を担いだ状態で、石段を下りなければならないのかな。キツいな。


 俺は、灯籠が並んだ参道の先、石段のある辺りに目をやった。


 そこには、巫女さんが立っていた。


 巫女???!!!???


 いや、確かに人が居る。幻じゃない。長い黒髪で、いかにも和風ファンタジーアニメに登場するような美人の巫女さんだ。


「あなたたち、旭川西魔法学園の相撲部の方々ですね?」


 巫女さんが俺たちに語りかけた。相撲部に用があるってことは、厳密な対象はクロハと恵水だけってことになるな。


「お初にお目にかかりますわ。わたくしは、東神楽高校相撲部三年生、岩野夏風と申します」


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