第99話 スパイをあぶり出せ!
CMの間に、俺は一生懸命ラーメンをすする。のびる前に食うのが当然だ。よく、ネットにアップするために写真を撮ることに夢中になってラーメンが伸のびるほど時間を費やしてしまう奴もいる、と時々聞く。
本末転倒、ってそういうのを言うんだよ。
ラーメンは、旨いから食うんだ。ネットで映えるから食うんじゃない。
チャーシューは、腿肉だろうか。あまり脂分が多くないタイプだ。脂分が多くて、箸で摘んだだけで崩れてしまうようなトロトロチャーシューも、それはそれで旨いが、こういうのも旨い。個人によって好みはあるだろうが、俺はどちらのタイプのチャーシューも好物だ。
テレビ画面には、再び大須賀先生が映った。
「端的に申し上げれば、人間の中に、魔族と通じているスパイがいる、ということです! まあ、本人が気づかずに魔族に情報を渡してしまっている、というケースも考えられますが……」
スパイかよ!
ひどい奴もいたもんだ。
でもまあ、世の中そんなもんか。
俺がいた現代日本にだって、非国民のサヨク野郎は存在していた。同じ日本人なのに売国奴になり果てるとか、情けないわ。
でも、今回のケースはサヨクよりももっとヤバいんじゃないのか。
愛国とか売国とかって、結局は同じ人間同士の勢力争いの話だけど、こっちの世界では、人間と魔族だろ。人間を撃って魔族に媚びを売ってどうすんだ。
「魔族に情報を渡しただけではなく、地下工場での爆発にも関わっていたかもしれません。警察が更なる情報提供を求めて公開した情報によりますと、防犯カメラに写った不鮮明な映像を解析したところ、魔族は青い車に乗った女の姿をしており、人間の男が手引きをしていたのではないか、とも言われている模様です」
むはっっっっ!
俺は、危うく口に含んでいた麺とスープを盛大に吹き出してしまいそうになった。が、慌てて唇を締めて、留まった。動揺する心を慰撫しつつ、とりあえず口の中にある麺とスープはごっくんする。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
荒く息をつく。心臓のドキドキが自分の耳にも音として届きそうな勢いだ。
ちょまって、ちょ待って。落ち着け俺。
魔族って、青い車に乗った女なの?
それマジ?
いやいやいやいや。
世の中に、青い車に乗った女って、何人いる?
一人や二人じゃないよね?
だから、偶然青い車に乗った女と遭遇することもあるよね? それが必ずしも魔族とは限らないよね?
や、やばい。体の小刻みな震えが止まらないよ。
箸を持つ右手も震えて、箸の先がラーメン丼に当たって、カチカチカチカチと小さく音を立てた。
万が一、あ、あるいは億が一くらいかもしれないけど、俺が世話になったあの女が、治部は魔族だったりしたら、どうだろうか……あまり考えたくない想定ではあるけど。
俺に対してあれこれと親切にしてくれたのは、俺を車に乗せて工場に入り込むためだった、とか……?
……いやいや、違う違う。あの女は、俺と知り合う以前から、梅風軒の女将として、製麺工場に出入りしていたはず。……だよな?
だけど、梅風軒の女将とかいう経歴も、こうなってくると、本当なのかどうなのか怪しいような。そもそも梅風軒といっても、旭川市内だけでもいくつかのチェーン店が出ている。どこの支店の女将なんだろうか?
まさか、俺が今、来ている、この店ってことは無いよな? あるわけないな。だって、仮にそうだとしたら、青い車に乗った女、とテレビで言っていた時点で、厨房に居る大将がピンと来ているはずだし。
「いやあ、しっかし、製麺工場で爆発事故か。明日からの麺の仕入れに影響が出そうだなあ。ほんと、魔族の奴、とんでもないことをしやがって」
ラーメン店の大将が、テレビ画面を眺めながら憎々しげに呟いた。そりゃ、一般人であったとしても、船の内部で爆発を起こすなんて安全保障上度し難い暴挙であるのだが、ラーメン屋にとっては、仕入れ先が無くなって明日からの営業にも影響が出るということだ。
そりゃ、怒りを覚えて当然だろう。
「人間が魔族に手を貸している、っていうのも、信じられないけど、そんなことをやる奴がいるのか……魔族に手を貸すくらいだったら、一人で海に飛び込んじまえばいいのに」
……まあ当然といえば当然だが、魔族に手を貸したという人間に対しても怒りの矛先が向いている。
いやいやいやいや、俺は違うぞ。俺は魔族に手を貸してなんかいないし。
「ん? あれ? お客さん? どうしました? なんか、顔色が悪いというか、真っ青じゃないですか? 大丈夫ですか?」
やばい。動揺が隠しきれない。
もちろん、無関係だと確信しているけど、青い車の女の知り合いがいる、というだけで冤罪をかけられる危険だってあるわけだ。
むしろ、そっちの方が危険じゃないかな?
梅風軒の女将と名乗っていた青い車の女は、魔族とは無関係だ。そのはずだ。
でも、魔族じゃないかと疑われてしまう危険はある。
疑われてしまった場合、俺にもとばっちりが来るかもしれない。
やべーじゃん。
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