第89話 視聴率、正義です!
さ、さすがに重かった。負荷が大きかったためか、俺の両足は膝がガクガク震えて、太腿がぷるぷる痙攣している。
気が付いてみると、焦げ臭いニオイが再び復活した。
……そうか、これはつまり、フォースフィールドの魔法が解けたのだ。だから周囲の空気を自由に吸うことができるし、であるからには現在の状況では焦げ臭さもセットでついてきてしまう。
校舎の方を振り返って見ると、俺と鈴木副工場長が脱出してきた所から、内田マネージャーも出てきた。他にも仲間を背負った従業員たちが次々と出てくる。
消防車と救急車がサイレンを派手に鳴らしながら、次々と旭川西魔法学園の敷地に入ってくる。プロが来たからには、もう俺が救助に行く必要は無いだろう。ヘタに動けばかえって足手まといになるだけだし。
ふう。
大きく息をついた。
疲れた。
……まあ、俺は何もしていないような気がしないでもないけどな……
それにしても、こうして取りあえず落ち着いて一息つくと、分からないことばかりだな、と思う。
製麺工場で起きた火災、爆発だという説もあったけど、本当なのだろうか?
とにかく状況が分からないばかりだ。
それはそうと、次々と工場の従業員らしき人が助け合いながら出てきているので、人的被害は最小限で済んでいるかもしれない。そこは不幸中の幸いか。
俺の居る場所から少し離れて、学校のグラウンドに、次々と救助された人が寝かせられている。あれは多分、二階堂ウメさんと同じだろう。火災でガスを吸って酸欠で意識を失ったのではなく、フォースフィールドの魔法を使ったために動けなくなった人たちが大部分なんじゃないかな。この状況だと。
消防や警察の人も多数やって来て、工場から脱出してきた人々に事情を聞いている。
俺も聞きたいな。俺だって地下製麺工場の従業員だ。関係者だぞ。
だけど……
俺は、自分の好奇心を満たすためだけに、他者に迷惑をかけてまで情報を聞き出しに行って現場を混乱させるようなことは、したくなかった。
ほら、よくいるじゃん。何か悲惨な事件が起きた時に被害者に対して取材攻勢をかけるマスコミ。被害者のお涙頂戴話は視聴率を取れるから放送するんだろうけど、取材される側にとっては迷惑きわまりないぞな。
そういうのと同類には、なりたくない。俺はトラックにひかれて死んで異世界に転生した底辺氷河期世代だけど、そういう精神性まで底辺に堕落したくないと思っている。それが最後の矜持だから。
部室に戻ろう。
俺は決意した。
俺は、地下製麺工場の従業員であると同時に、旭川西魔法学園の女子相撲部監督でもあるのだ。今は相撲部としての活動をするべき時間だ。
部室で待っているクロハと恵水も心配しているだろうから、まずは無事だということだけでも伝えておいた方がいいだろう。
それに、二階堂ウメさんを地面の上でずっと寝かせておくわけにもいくまい。確かに体重があって重くて運ぶのは大変なんだけど、一旦降ろしてしばらく休憩したから、ここから再び背負って部室まで運ぶことは充分可能なはずだ。
火災に関する情報集めは、後でいいだろう。今の時点だったらまだ諸々の情報が錯綜していて、デマも多いだろうし。
そう思った俺は、さっき地面に降ろした二階堂さんに再び近付く。
「か、監督。……今、噂で聞いたんだけど。事故じゃなくて、事件らしいよ。犯人がいる、んだって……」
まだ体力を回復しておらず、語る言葉もどこか億劫そうだけど、二階堂ウメさんは誰から聞いたのか、物騒なことを俺に伝えてきた。
犯人がいる? ってことは放火なのか?
俺は二階堂さんを再び背中に負ぶった。やっぱり重い。
それでも、背負われている側の二階堂さんが、完全に意識を失っている訳ではないから、背負われるにしてもバランスを保ってくれるので、意識を失った人間を背負うよりは随分と楽で軽いはずだ。
「犯人が、どうして、製麺工場なんかを狙ったのかは、まだ、分かっていないよう、なんだけど。たぶん、理由は一つしか考えられないんだって」
え、製麺工場が狙われた理由が、一つだけとはいえ、想像つくの?
それが普通なの?
俺は全然、そこに思い至らないんだけど。それって俺がアホなのか?
二階堂さんは俺に背負われて、素直に体重を預けている。だから俺の背中には、もんにょりと二つのやわらかさが当たっている。レオタードの繊維で抑えつけられているとはいえ、なかなか立派な大きさを持っているようだ。
「テロの可能性、が、高い、んだって」
……そう言われて、はいそうですか、と納得できるだろうか。俺はできないね。
何故、製麺工場がテロの標的になる?
人が多く集まる場所を狙うんだったら、そんな工場なんかよりもイベント施設なんかを標的にするのが普通じゃないか。
……いやまあ、テロ行為を実際に実行するという段階で、もはやそれは普通の思考じゃないけどな。
「だから、犯人は十中八九、魔族なんだって」
二階堂さん、アニメの見過ぎで現実と区別がつかなくなった、っていう、よく聞く可哀想なパターンか?
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