第76話 異世界両国国技館
「まあ、普通は大会出場、だろうな」
部活である以上、全国大会とかあるだろう。そこへの出場を目指す、というのが目標設定としては、ありきたりではあるけど有効なんじゃないだろうか。
ラグビー部だったら花園出場。サッカー部だったら国立競技場。野球部なら甲子園だ。
相撲部であるからには、両国国技館ってことになるんかな?
あるのかな、この世界に、異世界両国国技館。
俺の元居た世界では、両国国技館での相撲では、女子は土俵に上がることはできなかったけど、こっちの世界ならもちろんOKなんだろうな。
でも、全国大会があるってことは、地方大会もあるんだろうな。
そのへんの事情はよく分からない。明日にでもクロハあたりに聞いてみようか。
その上で、何か目標を定めてみよう。そうすればモチベーションも上がる。それは、クロハや恵水たち力士だけではなく、監督である俺もだ。
生徒たちを大会で勝たせたい。
勝たせたい。
勝たせたいし、もし、勝ったら、俺の監督としての功績も評価され、もらえる給料も上がるんじゃないかな……
まあ、お金に関しては、自分がきちんと健康で文化的な生活を送ることができて、あー、消費税が高いことも含めてだけど、家賃も滞納せずに払うことができて、……あっと、忘れずに梅風軒さんに借りた金も利子付けて返すのも忘れずに。って、忘れずにを二回言ったな。
生活の基盤としての金をほしいのは当然として、それプラス、やっぱり承認欲求というのもある。
氷河期としてアカン人生を送ってきた元の世界では、褒められる機会なんて少なかった。上司にドヤされてパワハラされて苦労してきた。
でも、こちらの世界で女子相撲部監督として名を挙げることができれば。
そ、そして、エラくなれば、俺でもモテちゃったりなんだりしないかなぁ、なんて。
……そう考えてみると、改めて、モテるチャンスがあるなら、モテたいと思う。
向こうではモテる機会も無かった。モテないまま年を取ってアラフォーまで来てしまった。
若い頃でさえモテなかったのに、アラフォーのオッサンがモテるはずもない。チャンスは既に失われたのだ。
でも、こっちの世界、別の旭川でなら、ワンチャンスがあってもいいんじゃないか?
そうだな、考えてみれば、生徒たちに目標を持たせるのは良いことだが、俺自身が個人的な目標を持ってもいいんじゃないかな。
もちろん、部を強くするのも目標の一つだ。収入アップは、目標というよりは生きる上では必須だろうな。消費税がアレってことは、元いた世界と比較したら額面上は10倍稼いでようやく同等ってことなんだし。
それらを達成した上で、モテたいんだ。
ほら、ネット小説とかでよくある展開じゃん。異世界に転生したら、元々冴えないコミュ障だったのに、何故かモテモテになっちゃうっていうパティーーーーン。
俺にだって人生の大逆転があっていいはずだ。
今までは、他人から認められる機会が無かった。自分の中で誇れるものも特に無かった。でも、これからは違う。相撲部監督として実績を作り、誇れるものを自らの力で築き上げるのだ。そうすれば他者からも評価されて……
ぐへ、ぐへへー。
妄想が膨らむ。まあ、妄想なんてのは酵母菌で発酵させたパン生地くらいよく膨らむもんだ。てか、妄想なんて膨らまなければ何の役にも立たないもんだ。乾いた犬の鼻みたいなもんだよね。
ふぁぁああああ。
あくびが出た。
本日もなんか色々波瀾万丈で、疲れちゃったかな。
寝るか。
布団は無くても、屋根の下で安心して寝ることができるだけでも大違いってもんだ。
そして。
俺は床の上で一晩を過ごした。……いや、いいかげん、これじゃ疲れが充分に取れないぞな。ただでさえアラフォーで体力が衰えつつある下降線なんだから、休息は大事だよな。
朝に関しては、今度は一人で通勤できるようになった以外は、ルーチン化が最適だ。
製麺工場に行って、鈴木副工場長や内田マネージャーの指示を聞きながらフォークリフトを運転して働く。
午後三時になったら、工場の仕事は一段落して、地下から地上に上がる。
フォークリフトを運転するのは嫌いではないが、生活するための糧を稼ぐための仕事にやりがいを見出すのは難しい。そもそも仕事で満足してやりがいを感じることができるのなら、俺らの世代は氷河期とか呼ばれていないしな。
だが、仕事ではなく、乞われて就任した相撲部監督は、やりがいが違う。
いやまあ、相撲部監督の方も、仕事といえば仕事の一環ではあるんだけど。内容的にいって、趣味に近いものだ。趣味なんだから、仕事とは違って、真剣に取り組むべきだ。
やりがいとは言っても、いわゆるブラック企業のやりがい搾取はノーセンキューだけどな。
そんなこんなで、仕事に行く時よりも高いモチベーションで、旭川西魔法学園の相撲部プレハブに向かう。まあ、待っているのがかわいい女子高生だしな。鈴木副工場長や内田マネージャーと四六時中顔を突き合わせているのとは、気持ちの盛り上がりが違うっていうものだ。
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