第75話 寝ても覚めても

 必要物資は揃った。ただし薄い財布は更に薄くなって、存在自体が風前の灯火である旭川市並みとなってしまった。


「どうせなら、当座の生活費も梅風軒さんに借りておくべきだったな。どうせ魂を売ってあの人のモノになってしまったんだ。負債額がちょっと増えたところで、毒を食らわば皿まで、ってやつでしかないぞな」


 俺は考え事をしながら、時間が経つのを待つ。カップラーメンにお湯を入れて、3分を待っているのだ。


 俺はあくまでもラーメン好きだ。あれこれ食材を準備するには懐が心許ないため、安価で手軽に腹がふくれるカップラーメンを選んだ。ちゃんと蛇口を捻ったら水も出たし、ガスコンロも使うことができた。


 見たところ布団が無い。が、布団無しでも寝ることはできる。昨日経験済みだし。住む場所が決まったから、布団もなんとかして調達しよう。


 衣食住が暫定的ではあるけど安定したことによって、これからどうしようかという思いが湧き上がってきた。


 金銭的な不足に関しては、目先のものは梅風軒さんに借りるという方向性でいいだろう。あとは、製粉工場で働くことになったのだから、地道に働けばいい。家賃も最初の一カ月分以降は給料天引きだし。


 仕事自体は、さほど不安は無い。フォークリフトの運転は慣れたものだ。


 問題は。


 やはり、女子相撲部監督、という部分だろう。


 考える必要があるのは、そこだ。


 といっても。


 そんな簡単に強化できる方法なんて、無いだろう。


 クロハにしても恵水にしても、基礎的な練習は俺が来る前から真面目に取り組んでいたようだ。そこは素直に頼もしい。


 だが、だからといってすぐに相撲が強くなるわけじゃない。


 そこに二階堂ウメが加わる、というのが、どう影響するか、だな。


 せっかく大柄で力の強い力士が参加するのだから、四股踏みとかテッポウみたいな基礎練習だけでなく、取り組みもやらせてみたい。


 それと、忘れてはならないのは、クロハと恵水だけではなく、二階堂ウメ選手も今以上に強くさせたい。


 正規の部員ではないとはいえ、ウチの練習に参加するというからには、預かっているようなものだ。ウチに来たことによってかえって弱くなってしまった、なんて言われたくはない。俺は無能監督じゃないってことを照明してやる。預かったからには、利子を付けて返してやるんだ。


「まあ、ここであれこれ考えるだけじゃなく、実際に取り組みを見て、じゃないとアドバイスもできないぞな。……できれば、ビデオ撮影して、それを見ながら取り口を研究すれば……」


 大相撲の力士もかなり大昔から、ビデオを観て対戦相手の研究なんかをやっているらしいよな。そりゃ、研究は当然やるだろう。


「でも今の俺の場合、そういった機材が不足だな。ビデオ撮影も、単一の方向からじゃなく、複数の方向から同時に撮影したいから、カメラも複数ほしいし」


 でも金が……


 二言目にはそれが出てきてしまう。


 まあ、現状、クロハ、恵水、二階堂の三人の特徴すら、まだよく把握していないのだから、そこをしっかり覚えるのが先決だろうな。それはビデオ撮影どうこう以前の話として、実際に取り組みを見て把握しよう。


 ん、なんか忘れているような……


 って、もうとっくに三分経っているんじゃないかな?


 相撲のことを考え始めたら、思わず夢中になってしまって、目の前に置いてあるカップラーメンのことを忘れかけてしまった。


 慌てて蓋を取って、麺をほぐし、いただきますをする。


 はふはふ。ズルズル。


 真っ赤なパッケージの激辛味を選んだんだけど、やっぱり辛い! パンチが効いていて旨い! カップラーメン一杯ではあるけど、食べ応えがある! やはりこれを選んで正解だったな。ナイスチョイス俺。


 それからは、相撲のことは一時保留してラーメンを食べることに集中した。ラーメンはさっさと食べてしまわないとのびてしまうからね。


 麺を全部食べ終えると、カップを両手で拝むように持って、スープを少しずつ飲む。ラーメンのスープを完飲するのは健康に良くないと聞く。次男系ラーメン好きの人が完飲を繰り返す様子をSNSに投稿し続けた結果、ドクターストップを食らって消えてしまったという伝説もある。


 でもまあ、今はスープのひとしずくまでもが惜しい。とにかく金が無いのだ。金に不自由しなくなって、ちゃんと自炊できるようになったら、完飲はやめて、完食までにとどめておけばいい。


 ごちそうさますると、また相撲のことが思い浮かんできた。


 なんか、すっかり寝ても覚めても相撲部監督のマインドになっちゃっているんじゃないかな。


 良い傾向なのだか、どうだか。


 まあ、二階堂ウメが来たことによって、目の前に良い目標ができた。クロハと恵水にとっては大きな刺激になった。


 だけど、二階堂ウメだけが目標では、ダメなような気がする。それに二階堂ウメは何を目標にすればいいんだ?


 目標。……そうだよな。言葉にすることによって課題が明確になった。


 ただ漠然と部を強くする、と志を持つだけでは上手く行きようもない。目標を設定すべきだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る