第64話 魔法は寝る前が効果的

 保健室の先生は、かなり年配の女性だった。


 どういう治療をするのか気になっていたが、恵水の足の裏の汚れを洗ってから、市販の消毒薬を塗っていた。


 ……なんか不満というか、不十分というか。俺が期待していたのは、魔法での治療だ。やっぱり保健の先生も魔法を使うとしばらくはポンコツ化してしまうから、ずっと温存してしまうのだろうか。


 んで結局、恵水が受けた治療は、珍しいものではなかった。俺が元居た世界でも、これくらいの治療をやるだろうという感じだった。


 ほんと、この世界における魔法の立ち位置が掴みきれない。なんなんだ?


 治療を終えた保健の先生は、恵水に対し、「寝る直前に自分で魔法を使って治癒しなさい」と言っていた。


 おお!


 寝る直前なら、魔法を使って力尽きたとしても問題無い。むしろ、そこで疲労することによってすんなり睡眠に入れるかもしれないし。


 魔法も、使い方の工夫次第だ。


 ……まあどっちにせよ、俺は使えないけどな。


 そういうことなら、今日はもう恵水は相撲を取るのは難しいかもしれないけど、明日には回復して、また稽古に励むことができそうだ。


 ……てか、この方式を使えば、治癒魔法を使える人だったら、ちょっとした怪我だったら魔法で何でも治せるってことになるじゃないか。


 やっぱり、魔法って、便利なのかも。


 俺が魔法を見直したところで、恵水に声をかけられた。


「ねえ、監督。私、部室に靴を置きっぱなしだった。歩いて戻るわけにもいかないから、また、おぶってって」


 ……さっきは、散々、おんぶされることをイヤがってあれやこれやと言いがかりをつけて回避しようとしていたのに、今度は図々しくも、またおんぶしてくれ、と来たもんだ。


 まあいいけどな。こういうのを、毒を食らわば皿まで、っていうのだろうか。


「ああ、いいよ。ほら」


 俺は再び恵水に背中を向けた。もちろん電話帳など挟まず、普通におんぶした。


 保健室から相撲部の部室に戻る途中、背中に背負った恵水が独り言のように話し始めた。


「ねえ城崎監督、さっきは、勢いで飛び出しちゃって、それで結果的に怪我して保健室に運んでもらうことになって、迷惑かけてごめんなさい」


「……いいってことよ」


 おおらかな気持ちで、俺は答えた。


 ウソや社交辞令ではない。


 俺は現実世界でトラックにひかれて死んだんだ。そんな俺にとって、ちょっとくらいの迷惑など、小さなものだ。


 それに、まだ高校生という若さであるにもかかわらず、他人に迷惑をかけたことを自覚し、きちんと素直に謝罪できるのは、立派なことじゃないか。そこは素直に賞賛したい。


 それこそ、SNSあたりだと、謝罪したら死ぬヤマイの人がたくさん居るような気がするしな。


 そうエラそうに言っている俺だって、旭川西高校に通っていた高校生の頃は、素直な性格じゃなかった。不良、というわけではないが、真面目な優等生はダサいという感じで、世の中をハスに構えて見るのがカッコイイ的な風潮があった。中二病の延長線上で、俺もまたプチアウトロー的なスカした感じを気取っていた。


「部室に戻るまえに、城崎監督には話しておきたいの。私の気持ち、……というか、どうしてさっき私が、部室から飛び出してしまったか、を」


「……別に無理して言わなくてもいいよ」


 なんか、さっきとは違って、恵水の身体が重く感じる。というか、俺の一歩一歩が重い。来る時とは違って部室のプレハブから保健室までのルートは分かっているのに、さっきよりもむしろ遠く感じる。


「別に無理するわけじゃないから。というよりも、監督に聞いてほしいのよ」


「生徒の話を聞くのも、監督の役割だろうな。……仕事だから義理で聞くってわけじゃないが、恵水が幾分かでも俺のことを信頼してくれるっていうなら、その信頼の分だけでも、恵水の気持ちを聞かせてくれ」


 あいかわらず、俺の背中には、二つのやわらかいふくらみの感触が当たっている。


 気のせいなんだろうけど、恵水の胸がドキドキしているような、鼓動が俺の背中にも伝わって来ているように感じる。


「私ね、二階堂さんが来て、びっくりしちゃったんだよね」


 そりゃ俺だってビックリしたわ。


「確かに、二階堂さんが来てくれたら、練習相手という意味では、最強レベルだと思う。自分よりも体格が大きくて力の強い人と稽古をしたいとは思っていたけど、クロハが相手ではどうしてもそこまでだし。まさか城崎監督と土俵で稽古するわけには行かないし」


 やっぱり、あくまでも土俵は男子禁制なんだな。まあそこについては、こっち側の世界の決まりなんだから、郷に入り手は郷に従え方式で、異を唱えるつもりは無い。


「二階堂さんが大きくて強いことは、話には聞いていて知っていた。でも、間近で本人を見て、その大きさを目の当たりにして、びっくりしたのよね」


 だから俺もビックリしたっつーの。


「すごいなあ、という感嘆の気持ちが三分の一。残りの三分の二は、身体の大きさの時点で素質に恵まれていてズルいな、って非難して妬む不純な気持ちだったの」


 純情な感情は三分の一で、残りの三分の二は不純な感情、という実例を見た。


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