第65話 何のために生まれてきた?

「二階堂さんは大きい。そして相撲においては、大きさは、そのままイコール強さ。二階堂さんが強いのは、それはそれで当然というか、それでいいと思う。でも、だとしたら、体に恵まれていない私はどうなるんだろう、と思うの」


 背負っているので、恵水の顔の表情は見えない。だが少しだけ、さっきのような涙声になっているのは感じた。


「私が相撲で頑張る意味ってあるのかな? 私って必要なのかな? 私がこれ以上相撲を続けて頑張るべきなのかどうなのか、分からなくなっちゃって」


 なんというか、青少年らしい、青春の悩みというか、おそらくは誰もが一度は通るであろう大人への道というか。


 要はこれも、自意識をこじらせた中二病の延長線上なのだという感じもする。ハシカみたいなもんだろう。


 俺みたいなアラフォーの大人から見れば、とっくの大昔に通り過ぎた今更ながら的な悩みだけど、本人的には深刻だ。それこそ今までの人生の全てが覆るくらいの事態なんだ。大人の感性だと、たったそれだけのこと、と思ってしまうかもしれないけど、そこは監督である以上、本人の悩みに寄り添って、他人事ではなく、自分のこととしてきちんと受け止めなければならないんじゃないかな。


 それに、悩みは誰にだってあるはず。若者だけでなく、アラフォーのオッサンである俺にだって、自己肯定が揺らぐといった悩みはある。


 生まれてからここまで、俺は残念なことに女性にモテたことが無い。まあそれは、それこそ中学時代に自意識をこじらせてモテない自分を妙にかっこつけて表現していたことが起因として、そこからボタンの掛け違えが生じたような感じだと自分では思っている。


 現代日本、、、あ、俺が居た元の世界での話だけど、全くモテずに中年アラフォーまで来てしまった残念男子は、俺だけではなく、けっこうたくさんいるらしいけどな。いわゆる氷河期世代で、仕事面で苦労が多くて恋愛をしている余力が無かったのもあるし、恋愛した人でも収入が少なくて結婚できなかったり、結婚しても子どもを持てなかったり、と、渋く世知辛いニュースを、まんま自分の問題として聞いていたもんだ。


 女にモテないってことは、俺を認めてくれる人がいないってことだ。顔、職業、収入、性格、などの観点から、俺を選んでくれる女性は存在しなかった。


 俺って、何?


 俺って、この世に何のために生まれてきたの?


 生まれてきて、40年くらい生きてきて、リアルが充実した経験が無かった。若い時ですらダメだったのに、オッサンになってこれから先、何かが良くなるチャンスなんて巡って来るのか?


 挙げ句の果てに、もうお前はこの世には居る必要がありません、って宣告されたかのように、4トントラックにひかれて死んで、異世界に飛ばされてしまった。まあ、ていのいい左遷だよな。


 俺だって、ちょっと油断したら、心が折れそうになるよ。


 中学生の時、自意識に目覚めた時は、俺は周りのみんなとは違う、特別な人間なんだと思っていた。当時は都合良く、良い方向性で俺は特別なはずだ、と根拠もないのに信じていた。


 光陰矢の如し。そこから年を経るにしたがって分かってきたことは、俺は勉強とかスポーツとかそういう能力的な部分ではごくごく凡人でしかないということ。身長はあるし、筋トレはしているけど、だからといって何かのスポーツ競技で結果を出すことはできていないので、メリットになっていない。


 俺に特別な要素があったとしたら、それは、奇跡的なまでにモテない、ってことだった。今にして振り返ってみると、そういう反省しか出てこないや。


 勉強にしてもスポーツにしても、あるいは恋愛などにしても、他人と比べたら、自分の不甲斐なさに落ち込むばかりだ。


 高校までは、勉強もそこそこはできていたし、高一の頃から受験を見据えて頑張っていた。でも受けた大学は全滅した。


 努力に対して、結果に恵まれなかった。いや、努力が足りないと言われればそれまでかもしれないが。特に、モテるための努力というのは、早々に諦めていたこともあって、これといってしてこなかった。恋愛シミュレーションゲームをプレイするのは努力のうちに入らないであろうことは当然俺にも分かっている。


「恵水よ、他人と比べたって、しょうがないんだよ。問題は、自分自身がどうしたいか、なんだ」


「私自身がどうしたいか?」


「そうだよ。二階堂選手が来たのが気に入らない、的なニュアンスのことを言っていたよな。だったら、二階堂選手との合同練習をお断りして、二階堂選手を西魔法学園相撲部への出入りを禁止すれば、それでいいのか? そうすれば恵水は、相撲部に戻って稽古を再開するのか?」


「そ、それは、、、、、」


 あまりにも心がモヤモヤしすぎていて、自分が何に対して怒り何に対して悲しみ何に対して悩んでいるのかを、恵水は明確に認識できていないのだ。


 そういうもんだろう。それが分かっているなら、最初から中二病に罹患したりはしないもんだ。


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