第54話 女子部員、股割りします
社員食堂は、ほどよく混雑していた。どうも、シフトで昼休みの時間をズラす工夫をしているらしい。当たり前だけど、レストランのような瀟洒なものではない。殺風景な長テーブルがいくつも並んでいるだけだ。
出ててきたスープカレーは、予想通りではあるがご飯もルー、というかスープも、見た目にも量が少ないよな、と思えるものだった。だけど具の大きさだけは妥協しなかったのか、ゴロンと大きな玉ネギが赤っぽいスープのど真ん中に曼荼羅図の大日如来のように鎮座していた。
量の物足りなさを不満に思っていても仕方ない。お金が足りないのが悪いのだ。
ライスをスプーンですくい、それをスープのカレールーに浸して、ぱくり。
をっ!
カライ。辛い。けっこうずっしりとパンチのある味だ! トマトによる赤みだけでなく、酸味もいい感じで辛みをアシストしているようだ。
ん、でもこの味、どこかで食べたことがあるような。どこでだっただろうか? 東京秋葉原のスープカレー屋だったかな? 違ったかな? まあ、思い出せないならそれでいい。
ゴロンとした玉ネギも含めてあっという間に完食する。いや、スープカレーだから完飲か?
昼休みといっても、食事時間も含めて一時間というとあっという間だ。
午後の仕事が始まる。
が、やっぱり亀山マネージャーは来ない。
俺はちょっと落胆したけど、仕事は仕事。頑張ってフォークリフトの運転をする。
フォークリフトは、前進すると同じくらいバックするものだ。普通の自動車なら大部分が前進で、車庫入れとか方向転換の時くらいにバックするだけだから、フォークリフトというのはバックばかりしているという感覚になるものだ。
なんというか、俺の人生を象徴している乗り物と言えるような気もする。前に進むこともある、が後退もアリ。大学受験を目指して勉強を頑張った。が、合格できずじまいで結局就職することになった。勉強した時間と労力は大部分無駄になったといえよう。勉強したこと自体が無駄だとは思わないし、思いたくもないが、それでも、高校三年間という貴重な青春の時期を無味乾燥な勉強にリソースの大部分を捧げるくらいだったら、もうちょっと遊ぶ方向にも労力配分をしても良かったように思える。そうすれば、もっと女性の扱いも分かるようになっていて、幾分かでもモテる人生を歩むことができていたんじゃないだろうか。もう、取り戻すことのできない時間だ。もう今更どうしようもない。俺はフォークリフト乗りだ。今後も死ぬまで前進とバックを繰り返し、二本のフォークで荷物を運び続けるだろう。……あ、死ぬまでって言ったけど、死んでからも、だったわ。
それでも午後からの仕事は一五時までということが分かっている。内田マネージャーの指示のもと、フォークリフトを操って荷物を移動させる仕事を地道に続ける。
そして。午後三時になった。おやつの時間だけど、俺にとっては製麺工場から地上の魔法学園相撲部に移動するという手間があるため、休むヒマは無かったりするし、もぐもぐタイムを楽しむどころではないのだ。
まあおやつと言っても、ビタミンカステラを買うお金だって惜しい俺にとっては贅沢きわまりない概念だぞな。
ついに最後まで亀山マネージャーの姿を見ることができなかったな、と、ちょっと寂しい思いを抱えつつ、俺は貨物用エレベーターのボタンを押す。
ありゃ、ボタンを押してもライトが点灯しない。二度、三度と押すが、それでも全然反応しない。疑問に思いつつその場でエレベーターが来るのを待っていたが、来る気配が無い。
おいおい。また遅刻になっちまうじゃないか。三時まで仕事だったから、既に三時は過ぎている。早く行かなかったらクロハと恵水にダブルで文句を言われることは必至だ。
待っても来ないエレベーターにしびれをきらした俺は、諦めて階段を昇って行くことにした。
まずそもそも、階段の場所を探して少し迷ってうろうろしてから、ようやく階段を発見する。
あまり幅の広くない階段だった。たまたま見つけた場所にあったのがこの階段だったというだけの話か、まるで船の中にあるような、狭い場所に窮屈に設計された昇降スペースという感じがした。
「赤良! 来るの遅いって! 監督なんだから自覚持ってよね!」
部室プレハブに到着すると、やっぱりクロハにドヤされたわ。
クロハと恵水の二人は、既にレオタードに着替え済みだった。まわしも装着済みだ。ばっちり戦闘服を着込んで、準備運動をやっていた。主に四股踏みだ。
恵水は股割りをやっていた。……といっても割れていなかったけど。
股割りというのは、両足を横に開いて、一八〇度まで開いて地面にベタンと密着させる柔軟運動だ。
大相撲ならば、入門したばかりの力士でない限り、誰でもできるという。要は、それくらいの身体の柔軟さが無いと危険だし、強くもなれない。
恵水は、まだ始めたばかりだろうから、完全に一八〇度に割ることができなくても、まだ仕方ないだろう。
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