第42話 努力は万能ではない。だけど尊い

 その二階堂選手、土俵の上で相撲を取っている様子が写真として写っているということは、当然対戦相手もいる。四つに組み合っているので、二階堂選手は顔が見えていて、対戦相手は背中が見えている、というアングルだ。


「なんか、デカくねえか?」


 対戦相手はもろ差しの体勢になっている。二階堂選手が両方から抱え込んで両上手を取っている。


 二階堂選手と対戦相手の体格差が歴然だった。


 それこそ、巨体の横綱曙と小兵力士舞の海の対戦を見ているようだ。


 記事の文章を読んでみると、二階堂選手は身長185センチメートル。体重は現時点で80キログラムだが、最近順調に増えつつあるらしい。


 身長も体重も、俺より上ってことじゃないか?


 あー。この二階堂って選手と俺が対戦すれば、たぶん俺の方が負けちまうんじゃないかな。


 さっき俺は佐藤恵水と結果的に三番ほど相撲を取った。変化もあったけど、全部勝った。変化はともかく、基本的に俺の方が体格と膂力で上回っているというアドバンテージを前提とした相撲だった。


 藤女子の二階堂選手相手だと、そうはいかない。体格では若干相手の方が勝りそう。


 力では、男女差があるから、たぶん俺の方が上だろう、とは思うが、さすがに写真だけでは相手のパワーまでは分からない。俺も日頃から筋トレをしているとはいっても、アラフォーのオッサンだ。肉体的な衰えはある。


 体格と力で明確な差が出ないのであれば、あとは勝負を決する要素は技、相撲経験の差ということになる。そうなると、相撲部で日々鍛錬している二階堂選手の方が相撲素人の俺なんかよりは当然上だろう。


「あ、赤良。二階堂ウメさんを見ているの?」


 洗い物を終えたクロハが、俺と並んで新聞をのぞき込んだ。


「二階堂さんは藤女子の三年生で、たぶん旭川市内の高校生の中では一番強いと思う。私たち、この二階堂さんに勝てるくらいに強くならなくちゃいけないのよね」


 無理でしょ。


 心の中だけで。俺は即答した。


 たぶん、今から俺が相撲の練習を始めても、無理だろう。


 ましてや、クロハや佐藤恵水が俺の監督のもとで稽古を積んだとしても、この大型力士に勝つのは難しいんじゃないか。体格が違いすぎるでしょ。それに、三年生ってことは、クロハや恵水よりは先輩ってことになるはず。相撲経験もそれだけ豊富ってことだ。


 勝てる要素、無いんじゃない?


 この二階堂選手に勝てそうっていったら、こっちに小さい写真が載っている内田選手くらいじゃないかな。


 男子柔道の対抗戦の様子として写っている内田秀斗選手。この選手の顔が、かつて俺のいた日本で活躍した女子柔道選手の谷亮子に似ていて、確かに強そうだぞ。


 でも、こっちの世界では、相撲は女子のものなんだよなあ。余所から体の大きい男をスカウトしてきても無意味だ。


「とにかく、二階堂さんに勝てるくらいに強くならなくちゃいけないの。だからそのために、赤良を監督として抜擢したんだから。とにかく、努力しかないわね」


 努力、か。


 万能ではない。だけど目的達成のために、それに勝る有効な手段も他には無いのも事実だ。


 子どもの頃の俺は、近所の公園で、ハワイアン大王波を撃つ練習をしていた。当時の子どもなりに努力していた。だけど結局ハワイアン大王波は撃てるようにはなれなかった。まああれは、アニメの中のファンタジーな技だから、魔法を使えるわけでもない生身の一般人にはできなくて当然なんだけど。


 だけどその時、俺は、努力が必ずしも万能ではないということを学んだのだった。


 ファンタジーな技の習得目指して努力しても無意味だ。努力は的確な努力でなければならない。


 最近、俺が努力したことがあったかな、と省みると、佐賀県擬人化アニメに登場するサングラスのプロデューサーの特技が羨ましくて、努力して真似したというのがあったな。


 そちらは、子どもの頃のようなピント外れの努力ではなく、きちんとした的確な努力だったので、今の俺は、プロデューサーの特技を習得している。


 佐賀県の人口を、小数点以下まで言えること。


 つまり俺は、努力によって困難で難関な壁を超えて成功にいたったことがある、ということだ。成功体験と言っていい。


 あの二階堂ウメ選手に勝つこと。俺自身がではなく、俺が監督として指導して生徒たちに勝たせること。


 目の前に分かり易い目標ができた。これはこれでいいんじゃないかな。


 目標を達成するためには、俺も努力しなければならないだろう。


 でも、本当に努力が必要なのは、俺以上に、実際に相撲を取る生徒たちだろう。


 クロハたち、頑張ってほしいなあ……


 人ごとだよ、言い方が。


 だって実際に人ごとだしな。


 でも少なくとも、光明はあると思っている。恵水がどうかはともかく、クロハは努力を惜しまない人らしい。


「さ、もう食後の休憩も充分でしょう? だから、私に付き合って」


 女性に「付き合って」なんて言われたのは、もしかしたら生まれて始めて、、、くらいのメモリアルかもな。


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